笹森さん

 ――バレンタイン当日


 俺は授業中、ずっとぐったりしていた。だってキャラチョコ、すごい大変だったから。

 縁取りやら、色付けやら、シートから剥がす時に欠けてしまった部分の修正やらに、めちゃくちゃ時間がかかった。

 だけどな、仕上がりは素晴らしかった。

 頑張った、俺。

 チョコを作っている全ての人達に感謝を!!

 それぐらい、チョコの有り難みがわかった。


 あいつの気持ち、届くといいな。


 なんて、昼休みが終わる頃の教室で、妹を想う。

 ラッピング、気合い入れてたし。なにより、1番最初に渡すって約束していたらしい。その行動力はすげーわ。兄ちゃんも見習いたい。だけどな、俺はクールを装う。


 がっついてるの、知られたくない。

 だけど、笹森ささもりさんからのチョコ、貰えやしないだろうか。


 チラチラ視線を送るのは許してほしい。好きな子はずっと見ていたいじゃん? でもな、俺と全然釣り合わないなんて、言われなくてもわかってる。


 綺麗なのに、気さくなんだよなぁ。

 あれは誰でも勘違いするぞ。


 その気持ちが届いてしまったのか、笹森さんと目が合った。


「――っ!」

「えっ!?」


 目が合っただけなのに、なんで!?


 泣きそうな笹森さんが教室から飛び出し、彼女の友達が追いかけて行った。


 俺、もしかしなくともめっちゃ嫌われてる!?


 チョコが貰えるどころか奈落へ突き落とされ、俺のハートは暗黒と言う名にふさわしい、甘さの全くないダークチョコへ変貌した気がした。


 ***


 俺という存在が憎い。


 午後の授業中、俺はそれだけを考え続けた。

 だってさ、好きな子を泣かせる俺ってなに? 俺は、笹森さんの笑顔を守りたい。

 帰りまでにその決意に至り、俺は笹森さんと極力接点を作らない努力をする事を心に誓う。

 だが、笹森さんの方から近づいてきた。


「あのね、話があるの。だからね、一緒に帰ろう?」

「……わかった」


 笹森さんの友達が心配そうにこっちを見てるのがわかって、苦いチョコを食べたような、なんとも言えない気持ちになった。



「寒いね」

「うん」


 帰るはずが、なぜか校舎裏に俺達はいる。

 話があるらしいのに、笹森さんはなかなか切り出してこない。

 きっと嫌いな俺と一緒にいるのが苦痛で、どうしていいのかわからないんだろう。

 だから、助け舟を出した。


「あのさ、話ってなに?」

「えっと……」


 途端に笹森さんの眉が下がり、俺の胸がズキリと痛む。


 早く終わらせてあげよ。


 もうこんな顔をさせちゃだめだと、俺は自分に言い聞かせる。


「直接話しにくい事なら、メッセでもいいし。今日はもうかえ――」

「あのね! 谷川たにかわくんって、シンプルなチョコ、嫌い?」


 ん? シンプルなチョコ?


 なんでいきなりそんな事を聞かれたのかわからず、俺は返事に困る。


「やっぱり男子って、凝ったチョコが好き?」

「いや、どんなチョコでも嬉しいはず」

「谷川くんは?」

「俺? 俺はどんなチョコも好き」


 そう。

 どんなチョコも尊い。

 作ってみて初めて知った、チョコの有り難さ。

 だからどんなチョコも大好きだ!


 そんな気持ちを込めて、笹森さんを見つめる。

 すると、彼女は笑ってくれた。


「そっか。ふふっ。そっかぁ……」

「どうしたの?」

「ホッとしたの」


 そう言いながら、笹森さんは手に持っていた紙袋を渡してきた。


「これ、私の手作りなんだ……」

「え……」


 嫌いな奴にまでチョコ渡すとか、天使なのか?


 でもこの行動は勘違いする奴が出てくるはず。だから俺は、それを伝える。


「ありがとう。だけどな、手作りとかは好きな奴だけに渡せよ。勘違いされたら笹森さんが困るだろ?」

「……私、谷川くんに、勘違いしてほしい……」

「えっ」


 はっ? うそだろ!?

 これ、もしかして、もしかすんの!?


 急に口の中にミルクチョコを放り込まれたような、ほんわかした気持ちになる。

 しかし、その余韻を自分で消し去る。

 じゃあ、あの昼の出来事はなんだったのかと、疑問が浮かんだからだ。


「あの、さ。昼、俺と目が合った時、泣きそうになってたのはなんで?」

「えっ!」

「俺、笹森さんになにかしたんだよな?」


 これを解決しないと、俺は先へ進めない。めんどくさい性格なんだろうけど、これは変えられない。

 そんな俺に、笹森さんはまたも泣きそうな顔になった。


「あのね、弟からすごいチョコの写真が送られてきて……。あ、男子ってこういうチョコなら特別に見てくれるんだって、思って……」

「すごいチョコ?」

「弟がハマってるだけで私はよく知らないんだけど、今、映画にもなってるアニメのキャラクターがチョコに描かれてて、見た目はその、お化けみたいなやつなんだけど、すっごい上手だった」


 お? もしかして俺と同じような考えに至った女子がいるのか? 

 そうだよな、あれ、人気だもんな。


 たぶん、映画でのメインキャラクターを描いたであろう見知らぬ女子へ、心の中で賛辞を送る。

 だってあれ、書くの大変だったから。

 でもお化けみたいになっても好きな人を守ろうとするなんて、純愛だよな。

 そうしてアニメにも思いを馳せれば、笹森さんに現実へ引き戻された。


「それに比べて私のチョコ、だめだなって思ったら、悲しくなって。だからね、来年、リベンジしたい」

「リベンジ?」

「今回はシンプルなチョコだけど、来年は私もすごいチョコ作るから」

「え、別にシンプルなままでいいよ」


 うん。

 好きな子からのチョコならどれも嬉しい。

 だからな、妹よ、すまん。

 シンプルイズベストだ!!


 今日だけで天国と地獄を味わった俺は、浮かれていた。

 だから、地獄が続いているとは思わなかった。


「ううん。私が許せないの。だからね、勘違いしたまま、来年まで待ってて!」

「……は?」

「来年、すごいチョコ作ってくるから。その時、私の気持ち、ちゃんと伝えるから」

「えっ!? 今でいいよ! ってかね、俺も笹森さんの事、す――」

「いやっ! 今はまだ聞きたくない!」


 えーーっ!?


 涙を拭いながら、笹森さんは走り去ってしまった。


「まじで……?」


 こんな生殺しを味わうとは思わなかった。同じ生なら生チョコをくれ。

 そんな口溶けの優しさを欲するぐらい、俺の心は荒んだ。

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