チョコ作りは大変だ

 ――次の日


 結局、妹は寝やがった。

『おにい、あたしには無理だ……。あとは、任せた』とか、言いやがって。

 でもな、兄ちゃん、頼られると弱いんだよ。

 だからな、調べ上げてやった。


「ちょっとさ、これ、買いすぎじゃない?」

「いいんだよ、これで」


 母親という最強のお財布と共に、妹を自由の森ヶ丘まで出かけさせた。ここは有名なスイーツ店がたくさんあるし、製菓用のチョコも売ってるからな。

 妹には俺がスマホからリストを送りつけたから、チョコの準備は問題ない。


 因みに、母親からひと足早いバレンタインチョコを貰ったが、なんかよくわからん1粒。味わって食えとか言われたが、俺は知っている。

 母親が自分用に箱でなんか買ってきたのを。これなら、俺も一緒に行っておけば弱みを握れたのに!! 父親に内緒ねって事で、もっと買ってもらえていたに違いない。

 まぁ俺は俺で、他に必要なものを用意するため、家で作業を進めていたんだが。


「じゃあ、始めるぞ!」

「おー!」


 妹には湯煎用のお湯を沸かしてもらい、俺はキャラチョコを作る準備を進める。


「あのさ、いくら好きなアニメだからって、それ、喜ぶかな? シンプルにハートだけでいいんじゃない?」

「甘いな!!」


 何がシンプルにだ。

 お前はもっとえげつねーもの入れようとしてただろうが!!


 文句をグッと我慢して、俺は説得する。


「ハートなんてな、いくらでも貰うだろ? そのハートだらけの中に、お前の愛を込めたチョコを埋もれさせていいのか? 違うだろ? だったらインパクトが大事だ。違いを見せつけてやれ!!」


 どうやら妹の好きな相手はモテるらしい。だったら、似たり寄ったりのチョコなんか印象に残らない。

 だからこその、キャラチョコ。これ、今は映画もやってるし、喜ぶだろ。ま、ちゃんと作れるか心配だが。

 で、こっちは俺が作る事に。

 器用なのは自覚があるが、今日は気合を入れて仕上げてやる。

 俺の手に、妹のチョコの勝敗が託されたからな!


「……わかった。おにいの事、信じるからね」


 妹への信頼に応えるように、俺は親指を立ててみせる。

 その時、お湯が沸いた。


「まずは土台のチョコから溶かすか」

「らじゃ」


 妹は製菓用のタブレット型のチョコをボウルに出し、そのまま沸騰したてのでかい鍋に持って行こうとした。


「待て待て待て!」

「えっ?」

「あのな、チョコに水入ったらやばい」

「少しぐらい平気っしょ」


 こいつ! 甘いのはチョコだけにして、その考えを改めろや!

 しかも、俺がわざわざわかりやすく要点だけメッセしたの、見てねーな!!


 開始早々、俺が沸騰しそうになった。が、俺は妹より1個上だからな。兄ちゃんだからな。

 だから、気合いで笑顔を作る。


「少しもだめだ。お前の分のお湯はこのボウルに移すぞ。キャラチョコの方はあとで小鍋にもらう」

「はーい」

「あ、待て!」

「なに?」

「チョコは熱に弱い!」

「当たり前っしょ」

「溶かす時の温度も決まってんだよ!!」

「まじで!?」


 そうなんだよ。まじで!? だよ。

 すぐ溶けるだろうからって、高温でやったら分離する。そんなデリケートなやつなんだ、チョコは。


「60℃ぐらいがベストだってよ」

「へぇー」


 そう言いながら、料理用の温度計をつっこむ。

 少し待って、ようやく作業開始。

 

「よっしゃ。やっぱタブレットは溶けんの早いな!」

「すごいね。じゃ、あとはハート型に流し込んで終わり――」

「まだだ!!」


 妹がまたも勝手に暴走しそうだったので、大声で止める。


「チョコなんて溶かして固めて終わりじゃん。他に何かあるの?」

「ここからが大事なんだよ!!」


 そうだ。ここからが勝負だ!


 俺は思いを込めて、大切な言葉を贈る。


「愛を込めて、テンパリングだ」

「愛を込めて……。わかった」


 お? なんだ、俺のメッセ読んでんじゃん。


 まかさ妹がテンパリングを知ってるとは思わず、満面の笑みで頷く。

 すると、妹はスマホを手に取った。


「なにしてんだ?」

「え? テンパリングが必要なんでしょ?」

「そうだ。だけどな、スマホは必要ないだろ?」

「えっ? じゃあどうやってテンパリングを手に入れるの?」

「は?」


 テンパリングを手に入れるってなんだ?


 妹が何をしようとしているのかわかない。なら、聞くしかない。


「テンパリング、どこにあんの?」

「友達に天使の天然パーマがいるから、その子からテンパのリング部分を貰う」


 テンパのリング部分ってなんだよ。

 髪の毛なんかいらねーんだよ。

 いい加減黒魔術から離れろっ!!!


 思わず怒鳴りそうになるのを堪えて、俺はなるべく冷静に声を出す事に専念した。


「いらんわ、そんなもん」

「えっ!? じゃあどうすんの!?」

「こうすんだよ!」


 1度ボウルを湯煎から上げ、混ぜながらチョコを冷ましていく。


「あのな、テンパリングをすると、ツヤも出て口溶けもよくなる。らしい」

「へぇー!」

「とりあえず、28℃ぐらいを目指す」

「ふむふむ」

「いや、お前やれよ」

「え……。失敗したくない」


 気持ちはわかるが、俺だって成功するかわかんねーぞ。


 なんて、しゅんとしてしまった妹には言えず、俺は笑ってみせる。


「わかった。任せとけ!」

「ありがとう!」


 そして、しばし無言。

 また料理用の温度計を入れ、適温を確認。

 ここからがまた面倒で、再度湯煎につけ、31℃前後になった時、また湯煎から上げる。

 で、これを繰り返しながらこの温度を保ちつつ、大きなハートの型へ流し込む。


「よし。これは冷蔵庫だ」

「がってん!」


 妹が大切そうに運ぶ姿を見て、俺は満足しかけた。


「ここからが本番か……」

「おにい、頑張って!」


 任せろ、妹よ!


 チョコペンとなるコルネというものを、俺はクッキングシートで作っていた。

 それを準備し、コピーしていたキャラクターのイラストの上にシリコンシートを乗せ、お絵描きをする準備を整えた。

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