谷川さんちのご兄妹

ソラノ ヒナ

妹よ……

 俺は今、見てはいけないものを見てしまった。驚きすぎて、3度見はした。


 だってな、ソファに座る妹のスマホの画面には、『このチョコで、意中の彼もイチコロ!』って文字があったから。

 これが1度目だ。


 あぁ、バレンタインだもんなって、納得したんだ。で、どんなチョコを作るのか気になってもう1度見た。

 そうしたらな、見えたのはなんと、『準備するものは自分の血液か髪の毛。もしくは爪』って書いてあって、俺は思わず目を擦った。

 これが2度目だ。


 俺、疲れてんのかなって思って、もう1度見た。

 それなのに、見間違いじゃなかった。

 なんだこのイカれたサイトはと思ったら、妹が画面をスクロールして、さらになんか見ちゃいけないものが見えて……、うっ。


 今時の中学生はみんなこんなチョコを作ってんのか? いや、もしかして、女子の手作りチョコって……。いやいや、そんな事はない。あってはならない!!

 チョコには夢が詰まっている。そうだろう!?


 だからな、その夢をぶち壊そうとする妹に声をかけようとした。その時、ようやくこのサイトの正体がわかった。

『誰でも簡単に始められるラブ黒魔術』って文字がデカデカと映し出されて、俺は戦慄したね。


 黒魔術は黒魔術だ。

 ラブなんてつけたところで中身は変わんねーんだよ!!!


 これが3度目。

 きっと俺の心の叫びが聞こえたんだろう。妹が振り返った。


「なに?」

「お前、そのチョコ、本気で作んの?」

「あ、見えた? あたし、本気なんだ」


 いやあのさ、ポッと音が聞こえそうな感じで頬染めてんのは可愛いよ。ただのチョコ作りサイトを覗いてたら、完璧だった。

 でもな、お前がやろうとしてんのは犯罪だ。あれだろ? イチコロってたぶん、命を奪う系だろ?

 だからな、兄ちゃんは家族として、いや、男子代表として、お前の行動を阻止してやる!!


 そう意気込んで、俺は仁王立ちした。


「お前、そんなチョコで好きな男を手に入れて満足か?」

「なにが言いたいの?」

「そんなもんに頼って、好きな男の心が手に入れられるかよっ!!」


 よっしゃ! 俺、かっこよくない?


 自分のセリフに酔いしれれば、妹が睨んできた。


「おにいにはわかんないんだよ。どんな事をしてでも手に入れたい、この乙女心がっ!!」


 まじかーー!!


 どんな事ってお前、犯罪に手を染めてもいいって事か!?

 今ので考えを変えてくれると思った俺が甘すぎたのか。今回、チョコが問題だもんな。それなら、ビターにするしかねぇ!


 心を鬼にして、俺は自分の甘々な考えに苦味を加える。


「あのな、そんなまじない、真実の愛の前じゃ無意味なんだよ。愛っていうのはな、2人で作り上げていくんだろうが。一時的に恋愛感情を抱かせるだけで、お前は本当に満足なのか?」


 俺の言葉に、妹が泣きそうな顔をする。

 でもこれで、呪いの代物の誕生は阻止できたんだ。

 俺は、1人の男子の命を救ったんだ!

 そんな達成感の中、妹の頭をぽんとなでる。


「……じゃあさ、どうしたらいいの?」


 本当に、好きなんだな。


 泣くのを堪えた、か細い声。

 妹の気持ちがわかった俺は、全力で協力する事に決めた。


「それなら、その乙女心ってやつを正攻法でぶつけろ」

「正攻法?」

「まずチョコだ。もう準備してんのか?」


 お願いだ。

 変なチョコは用意してませんように!


 もしかしたらさっきの黒魔術サイトで購入済みかと思い、俺は天に祈る。

 すると、神は俺に応えてくれた。


「明日、お母さんと買いに行く」

「よしっ! どこ行くんだ?」

「えーっと、スーパーのバレンタインのチョコ売り場と、なんか高いチョコ屋さん」

「2種類作んのか?」

「作んないよ。もう作ってある高いチョコ混ぜれば美味しくなるっしょ!」


 あまーい!

 その考え、甘すぎるぞ!!


 思わず妹の頭を叩きそうになったが、ぐっと我慢する。女子供に暴力はいかんからな。

 そして俺は、冷静にチョコ作りを調べた。


「おい……。俺達はチョコを舐めていた」

「は? なに言ってんの?」

「ほら、ここ読めよ」


 スマホを押し付けるように見せれば、妹が真剣に目を通して、眠った。


「ぐぅ」

「おい、寝んな!」

「……はっ! このサイトのよくわかんない文字が、あたしの魂を連れて行こうとしてる!!」


 こいつ!

 黒魔術は真剣に読んでんのに、チョコ作りは興味ねーのか!


 俺が本気でチョコ作りを応援する相手のこの態度に、怒りが爆発しそうになる。

 しかし、我が母親の声がそれを鎮めた。


「ほら! ご飯できたから食べちゃいなさい!」

「「はーい」」


 そうだ。腹が減っては戦はできぬ。


 そうと決まればこの食欲を満たし、チョコ作り大作戦を練るエネルギーに変えるぜ! と、俺は決意を新たにした。

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