54 軍議という名の宴会

 近代化して列車が登場するまで、輸送手段は非常に貧弱だった。


 戦争で前線に大量の食糧を輸送しようとすれば、その分だけ輸送部隊を増やさなければならない。

 だが、近代化以前では、馬車や人足に頼るしかない。

 当然、輸送する馬や人間のためにも、追加の食料が必要になる。


 人手が増えすぎると、前線部隊より輸送部隊の方が食料を消費しているなんて、アベコベの事態になりかねない


 ここに距離の概念まで加われば、遠方から食料を運ぶことができなくなる。

 何しろ、遠ければ遠いほど、その間に輸送部隊が飯を必要とするようになる。

 距離がありすぎれば、何日何十日と輸送している間に、輸送部隊が飯を全て食ってしまい、届けるものが何もありません、となってしまう。



 そのため戦争における食料の確保手段は、略奪に頼ることになる。


 味方領内であれば、村や街からの徴発で済むが、敵地では略奪なしに軍隊を維持することができない。


 また、1か所に集まる兵数が多いほど食料の消費量が増えてしまい、略奪で賄うにも苦労してしまう。

 そこで、戦場に着くまでは部隊をいくつかに分けて分散進撃することで、食料の消費量を抑える必要があった。


 間違っても、全軍一丸となって王都から最前線まで行進なんてできない。


 何万もの軍勢が、途中の街や村に立ち寄り、そこにある食料を全部吐き出させても、軍を維持するための食糧が足りない事態になるからだ。




 てなわけで、俺が率いる部隊も分散進撃しているので、味方と同道していない。


 それでも、戦場にたどり着く前には味方部隊と合流する必要がある。


 その合流地点が、ザルツブルク王国北部にある都市、ヘッセンだ。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 それから3日後、各地を分散行軍していた友軍が、ヘッセンの街へ集結した。


 今回の戦争では国王直下の軍のみならず、各地の諸侯が率いた軍も集結している。

 総勢2万5千の数となり、数だけならば多い。


 ただし大半が臨時徴集された農民兵。

 木製の鋤や鍬を持ち、ただの作業服を着ている。

 この中でまともそうなのは、金属製の斧を持った木こりと、弓を持つ猟師ぐらいだ。


 仮にだが、この集団に対して、俺の率いてきた百人の歩兵が一度銃撃すれば、パニックを起こして、雲の子を散らすように逃げ出すだろう。

 一瞬で、軍でなくただの逃げ惑う群衆に変身だ。


 戦力の大半が混乱すれば、残った軍勢もそれに巻き込まれて組織的な戦力として機能しなくなる。


 つまり、ただの烏合の衆にすぎない。



 これ以外には、戦慣れした連中として傭兵がいる。

 といっても、以前イェーガー男爵の下で働いた時に見たから、農民兵より格段にマシだが、マシなだけで大したことはない。


 あとは、各地の領主の下にいる通常の騎士。

 空を”浮かぶ”ことができる飛行騎士に、木偶の機動騎士に、魔法使いと言ったところだ。



「張り子の軍隊。ただの寄せ集めだな」


 数こそ多いが、俺からはとても軍隊とは見えない集団だった。





 とはいえ、これでも一応は軍隊。


 今回の全軍を指揮するのは、オスヴァルト・クレーデル大将軍という御仁で、国王陛下からの御信任熱い武将とのことだ。

 王都にいるときに、何度か見たことがある。


 各諸侯軍が集結したとあり、大将軍命令にて、全ての指揮官クラスの人物貴族が集められた。



 そして、軍議のような代物が執り行われる。


 ただし、敵軍をいかに包囲して殲滅するか、はたまた防御に徹して時間を稼ぐ、なんて戦術的な話はゼロ。


「皆、よく集まってくれた。此度の戦争では敵国より兵を集めることができた。

 この威容をもってすれば、ザールラントの田舎人どもは恐れおののくことだろう。

 此度の戦、我が軍の勝利で間違いなし」


「ハハハ、大将軍閣下のおっしゃる通りですな」


「然り然り、決闘試合にて、奴らを完膚なきまでに叩き潰してくれるわ」


 よく分からんが、数が多いから既に勝った気分でいる大将軍。

 そしてワイン片手に、呑気に追従している貴族たちの歓声が続いた。


「チビ助」


「皆まで言うな、私も頭が痛い」


 こいつら、マジで戦争を何だと思ってるんだ。

 こいつらの頭の中では、戦争とは単なるスポーツ大会の延長でしかないらしい。


 事実、ザールラントと言う他国との戦争でさえ、聖光協会の聖職者が審判を務めて、例の決闘ごっこ大会が行われるというのだ。



「此度の戦いは魔王殿もおられる。勝利は間違いなしだ」


 さて、軍議という名の宴会で、大将軍も酒を飲んで赤ら顔になっていた。

 そんな飲兵衛が、俺に話題を振ってきた。


 それにつられて、この場にいる貴族たちの視線が俺に集中する。


「はて、魔王?初めて見る顔だが、一体どこの誰なのだ?」


「若い、若すぎるな。ろくな戦場に出たことがない若造にしか見えんが」


「身なりは良いので、貴族だろう。しかし初めて見る顔だな」


 貴族たちはひそひそと話し合う。


 俺は王都ではそれなりに有名だが、地方の領主たちには。あまり知られていない。



 そんな連中が注目する中、俺は笑って一同を見回した。


祖国ザルツブルクの勝利は間違いありません。

 なぜなら、この俺が本物の戦争というものを、教えてあげますから」


 もう、ニコニコの笑顔が収まらない。


「ハハハ、そうか本物の戦争か」


「若者はいいな。いつだって向こう見ずで、自分には無限の可能性があると信じ込んでいる」


「魔王殿……でしたか?決闘試合では、ご活躍を期待しておりますよ」


 俺の言葉をどう受け取ったのか知らないが、貴族たちはワイワイとはやし立てて、嬉しそうにする。



 なーに、どうせ戦争が始まれば、君ら全員俺の言葉の意味が理解できるようになる。



 だから、この場は貴族たちの呑気な顔を、笑って受け流しておいた。


「ヒイッ!」


 ただ、俺は笑顔なのに、なぜか近くにいた将軍の1人が、腰を抜かして椅子から転げ落ちた。


「おっと、大丈夫ですか?」


「ア、アバババッ」


 俺は笑顔なのに、どうしたんだろうな?


 手を差し出したのに、腰抜け将軍は俺からさらに距離を開け、逃げるように後退してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大戦の英雄と呼ばれていたけど、祖国が敗戦したせいで戦犯になったので、魔法で百年仮死状態になってやり過ごそうとしたら、千年経っていた -千年の眠りから大魔王と悪魔は目覚める エディ @edyedy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ