第7章

53 行軍

「ザールラント王国の使者より宣戦布告を受けた。

 今より1か月後に王国北部国境の地にて、決闘試合にて勝負をつけることになる。

 各々軍勢を用意し、期日までに北部の地へ集結よ!」


「「「オオオーッ!」」」


 ある日、王城にある謁見の間に呼ばれたかと思えば、軍の将軍や貴族たちが整列して、国王からのお言葉を賜った。


 まあ、実際にしゃべっているのは国王の近侍の1人、

 国王は既に棺桶に片足突っ込んでいる年齢なので、大声出してしゃべるのが辛いのだろう。



 それにしても、


『ザルツラント王国北部に、ザールラント王国が侵攻してきた』


 と聞いて、俺はこの場に駆けつけた。



 なのに、この時代は他国との戦争でさえ、ただのスポーツ試合の遊びでしかないようだ。


 正々堂々日時を指定して決闘ごっことか、相変わらずスポーツマンシップに溢れているな。



 すぐ傍にチビ助がいるので視線を向けたら、向こうも俺の方を見ていた。


(皆殺し?)


(当然だ)


 俺もチビ助も、アイコンタクトだけで会話が成立。


 どっちもイッテル目をしてるからな。



 と言うわけで、俺とチビ助、そして麾下にいる連中たちに、早速戦争の準備をさせることにした。




△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 ところでいざ戦争。

 と、いきなり場面が変わることはない。


 戦争とはいざ始まるよりも、そこに至るまでの経緯の方が長い。


 千年前の大戦クラスの戦争になれば、経緯もクソもなく常時徴兵して、戦力を前線に送り出し続けたが、あれはある種の例外だ。



 通常の戦争では、兵と物資を集めるために、方々駆けまわって事前準備。

 さらにそれらを前線へ送り込む必要がある。



「進めー、遅れるなー」


「荷馬車をおせー!」


「おい、後ろの奴はもっと力を出せ。日頃の訓練に比べりゃ、羽みたいに軽いだろうがー!」


 ちなみに現在、集めた物資と共に、部隊を率いて前線へ輸送している途中だ。



 訓練した歩兵が100に、チビ助お手製の砲兵部隊。


 銃火器は強力な兵器だが、現代戦と言うものは、とにかく武器弾薬の消費が激しい。

 それを前線にまで輸送する必要がある。

 そしてこの時代には、列車がなければトラックすらない。


 そのため輸送に使えるのは、馬車という有様だ。


 しかも木製なので、重量の関係で山ほど弾を積み込むなんてできない。

 山盛りにすれば、荷車の底が抜けるか、車輪の軸が折れ曲がるかのどちらかだ。



 なので、小分けにした武器弾薬を、複数の馬車に積んで輸送している。


 なお、馬車と言ったが、正確には馬でなく人型の巨人が荷車を引いている。



「あのデカ物、一応役に立つんだな」


「時間を見つけて、多少改良を加えておいた。

 といっても、片手間でやったことだから、それほど性能が向上したわけではないがな」


「へー、流石チビ助先生」


 例の機動騎士という、巨大人型兵器だ。


 人間の倍以上の大きさがあり、パワーと重量、防御力に関しては、人間の追随を許さない。

 といっても、足が遅くて近接戦しかできない木偶だ。


 この時代だと、兵士が密集している所に突っ込んでこられたら、かなりの脅威になるだろうだが、大戦時代だったら、戦車砲1発で吹き飛ばしてお終いだ。

 装甲のおかげでライフル弾は防げるので、肉壁にはなるかもしれない。



 そして、馬代わりに馬車を引かせるには十分な性能をしている。


「行くぞ、いっせーの、せ!」


「「「うおりゃー!!!」」」


 ただ、残念なことにここ最近雨が続いていた。


 道路は舗装されたアスファルトでなければ、セメントでもない。

 石畳ですらない。


 旅人や商人が各地を往来することで踏み固められた、ただの土の地面。

 泥濘に車輪が嵌ってしまい、それを歩兵たちが後ろから押している状況だ。



「余裕ができれば、街道の舗装も必要だな。

 今のところ石油が手に入る目途が立っていないので、コンクリート製だな。

 それとも、いっそ鉄道を敷設した方がいいか?」


 一体いつになったら、この行軍はまともに進むのだろう。


 俺がそう思う横で、チビ助先生は相変わらず考え事をしている。

 考えるのはチビ助の担当なので、丸投げだ。


「師匠、師匠も手伝ってください」


「おうっ」


 それより、レインくんにも助けを求められた。


 泥濘にはまり込んでいる馬車は1、2台ではきかない状況。

 手が空いてないので、指揮官である俺まで加わらないといけなかった。




「よーし、それじゃあ行くぞ」


 とりあえず泥濘にはまっている馬車のひとつを押す。


「将軍、流石に1人で……うおおお、動いた」


「1人で馬車を押し出すとか、どんな力してるんだ」


「やっぱり将軍は人間じゃねえ」



 魔法使いは普通の人間に比べて身体能力が高く、大賢者グランドマスターになれば規格外になる。


 兵士が束になって動かなかった馬車も、俺1人で泥濘から押し出すことができた。


「ハッハッハッ、皆もこれくらい強くなるんだぞー」


 そして歩兵なんてのは、基本的に脳筋。

 自分より強い相手には、従う性質がある。


「俺も将軍みたいになるぜー」


「そこに痺れる憧れるー」


「閣下にどこまでもお供いたします」


 そんな感じで、兵士たちからは割と受けた。



「やっぱり、人間じゃない」


 でも、この光景を見ていたレイナちゃんから、呆れられてしまった。

 なぜだ?


「安心しろ、レイナ。お前も、規格外の化け物の側だ。

 お前たち兄妹ほどの魔力量があって、この程度の事ができない方がおかしい」


 現にチビ助も、馬車の一つを人差し指の先で押せば、泥に嵌っていた馬車がガタゴトと動き始める。


「……」


「ほら、レイナちゃんも突っ立ってないで、さっさと押すのを手伝う」


「は、はい……」


 その後、レイナちゃんはレインくんと一緒に馬車を押して、2人で泥にはまった馬車を押し出した。



 今回は2人だったが、そのうち1人でできるようになるだろう。




 そんな2人のことを暖かい目で見つつ、俺はさらに手助けが必要な馬車を押していく。


 次に泥にはまっていたのは、野戦砲だった。


「アチャー、戦場の神様もこうなったら形無しだな」


 戦場では大活躍してくれる野戦砲は、歩兵から見れば神様のような存在。

 一撃で敵の歩兵を大量に吹き飛ばすお姿は、まさに神様。


 破壊力に関しても、戦略魔導歩兵の扱う爆裂弾より広範囲の敵を、一撃で吹き飛ばすことができる。


「閣下、よろしくお願いします」


「おー、任せておけ」



 なお、野戦砲をなんとかして泥から押しだそうとしていた兵士だが、女性兵だった。


 てか、俺に色仕掛けをしてきた、例のお色気女騎士だ。


「……よっ、と」


「ありがとうございます、閣下」


「ああ」


 野戦砲を泥の中から押し出したが、なんとも微妙な空気になってしまう。


 実は扱いに困って、チビ助に預けた丸投げしたのだが、どうやら砲兵になっていたようだ。


「まあ、頑張れよ」


「はい」


 ぎこちない空気のまま、それだけ話して別れた。

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