52 俗物のための宗教

(リゼ視点)



 ローレンツ・ホーエンベルク。

 ザルツブルク王国宮廷魔法使い筆頭であり、王国において賢者の称号を与えられる魔法使い。



 国最高の魔法使いとして、彼は王都に存在する図書館ライブラリと呼ばれる禁書庫の管理を行っている。



 この図書館ライブラリという代物を、私も見せてもらったが、内容は大量のデータ化された情報を閲覧するための施設だった。

 つまりは名前そのままに図書館だ。


 ただし、私が知っている紙媒体の情報でなく、全ての情報が魔導科学によって量子情報化されていて、それを映像スクリーンで見ていく。

 驚くほどに高度な技術で、映し出される映像は現実と変わらない3次元映像で表示される。


「まったく、このような物を生み出していたとは。つくづく、千年前の技術が失われたことが悔やまれる」


 だが、図書館の真の価値は、保存されている情報にこそある。


 私がいた大戦時代の記録はもとより、その後の人類の歴史と、様々な魔導科学技術に関する記載もある。


 図書館には膨大な情報が蓄積されているため、一朝一夕で読み切れるものでない。



 また私がいた時代には影も形もなかった技術も存在し、理解が及ばないものも多かった。


 だが、千年後の時代を生きているホーエンベルクや他の魔法使いたちにとっては、さらに理解不可能な技術だという。


 私の方が、直近の時代を生きていたということもあり、図書館ライブラリの情報をより深く理解していくことができた。


 私には、直近の目的として、軍備を増強していく必要があるため、そのために時間と労力を割かねばならない。

 だが、いずれはこれらの情報も読み解いていき、大戦時代以降に生み出された技術を、いずれは復活させていきたい。




 さて、そんな図書館ライブラリを管理するホーエンベルク。


 彼は国から賢者の称号を与えられているが、魔法使いとしての格は魔導士ウィザード級に留まる。


 魔導士ウィザード級の魔法使いとなれば、下位戦術級の大規模魔法を使用可能になり、老化が普通の人間より遅くなる。

 実年齢は140を超えるそうで、普通の人間ではありえなくとも、高位魔法使いとしてはありえない年齢でなかった。


 ザルツブルク王国現国王ハインリヒⅢ世の、幼年時代からの教育係であり、王国最高の知者として国王の傍に仕える。




 そのような大人物であるため、当然彼の持つ権力は絶大で、多くの貴族からも仰がれている。


 国王からの信頼はもとより、彼がこの国でもつ権力は非常に大きいと言えた。


 そんな老賢者を味方につけたことで、私と戦友のこの国での立場は、そこそこ上昇している。


 ただし、現状の我々は創世魔法という圧倒的な力によるプレゼンで、国家を脅迫した状態にある。

 力で強制的に国に潜り込んだ状態であるため、我々の立ち位置はそれほどいいものではなかった。


 ホーエンベルクの力をもってしても、これは如何ともしがたい。




 ところで、ここ最近は戦友が歩兵の訓練を行い、ゴブリンやオークの集落を次々に潰している。


 我々にとってはただの雑魚に過ぎないが、オークは人間が単体で狩れる魔獣ではないとされている。

 そんなオークが巣くう集落ともなれば、軍隊を派遣して壊滅させなければならないほどの脅威だそうだ。


 そんなオーク集落を、犠牲ゼロで壊滅させる部隊。

 それもたった100人の歩兵で成し遂げていると知って、この国の人間たちは、その力を恐れた。


 特に王都の近隣でライフルの実弾演習をしてみせれば、その射撃音が城壁を超えて王都の中にまで響いてくる。


 創世魔法によらずとも、オーク集落を簡単に潰せるライフルの射撃音は、王都の民すべてに圧力をかけていた。


 もっとも、民などただのおまけでしかない。


 私たちが実際に威圧しているのは、この国の権力者たち。



 王都にいる貴族や軍人たちは、僅か100人とはいえ、近場に強力な軍隊が存在している事実に、日々威圧されている。


 我々に手を出すことがあれば、その軍隊が王都の城門を超えて襲い掛かってくる。


 その事実を想像するだけで、奴らの精神は安泰でいられないだろう。



 現に、王宮内にいる権力者は、私に対してごますりをしてくるか、あるいは内心では敵意を持ちつつも、表面上はにこやかな仮面を張り付けて接してくる。



 いずれ派閥づくりが必要なので、敵と味方を少しずつ見繕わせて貰おう。


 味方は有用に使うが、対立する者と不必要な者は、敵として排除するために。




 また、敵味方の概念で言うと、宗教が存在する。


 聖光教会と呼ばれる組織で、この宗教団体は私たちが居た千年前にも存在した。

 そればかりか今の時代から数えると、成立時期が三千年前にまで遡る、古代からの宗教だ。


 帝国ライヒはもとより、それ以前に存在した国々も、それ以後に誕生した国々も、数多くの国々が興亡盛衰をしていながらも、三千年も絶えることなく続く化け物染みた組織だ。


 大賢者グランドマスターが人の理を様々な意味で離脱した存在とすれば、宗教もまた、国家以上の意味を持つ存在として、時代を超越して世界に君臨している。


「教義の内容は、確か世界を創生した唯一神を讃えるものだったな」


 中身は魔法使いの伝説にある、創世の魔法使い、始まりの魔法使いの内容と、大差ない。


 偉大なる神が、古き世界を滅ぼして新たなる世界を創造した。

 そんな感じで、教義が始まる。


 ただし聖光教会は宗教組織であるため、慈しみや慈悲などの要素が重要視されている。


「ふん、そんなものが人間にあれば、今頃世の中から貧しい人間など消えているだろうさ」


 教えている内容は高尚だが、私からすれば唾棄すべき愚物ゴミでしかない。



 現に聖高教会の高位聖職者たちは、どいつもこいつも脂ぎった巨大な腹を突き出している。

 街行く女性を見る目は、常に好色で、獲物を物色する男の目だ。


 あんなのが口では清貧の素晴らしさを説き、自分は必要最低限の食と金しか使わずに生活しているなどと抜かしている。


 着ている聖職者の服装は、どいつもこいつも金や銀の糸がふんだんに使われ、王侯貴族よりさらに金がかかっている有様だ。



 要するに奴らは、宗教と言う道具を利用して、信者から金を巻き上げる略奪者の一派でしかない。



 また、高位聖職者だけでなく、中間以下の聖職者たちも、大抵は重度の飲兵衛ときている。


 聖光教会は、酒造の独占製造権と独占販売権を有しており、教会でしか酒を造ることが許されていない。


 聖光教会の教えに従って、葡萄酒ワインが主な製造販売物だが、北方地域では気候的にブドウが取れないため、エールを作っていることが多い。


 酒を一手に作っているので、当たり前だが聖職者の多くは、試飲と称して酒の出来栄えを確認し、そのままアルコール依存症に陥っている。



 アル中の集まりが、聖光教会の実態だ。


 とはいえ彼らは酒を造り、それを一般市民や貴族、王族相手に売っている。


 教会は酒の販売を独占的に行い、しかも国からの税は完全に免除されている。


 王や貴族にとっては、大変面白くない相手だが、教会を敵に回すと各地にいる信徒たちが暴動を起こすため、王も貴族も敵対できない相手ときていた。




「だが、所詮は凡人が集まる組織でしかない。

 懐柔は容易だな」



 いくら宗教の教えが崇高であろうとも、運用しているははただの人間。

 話で聞く限り、この時代の聖光教会内部の腐敗はすさまじい。

 いくらでも付け入る隙があり、それは高位の人間になるほど顕著になる。


 頂上付近にいる高位聖職者ともなれば、教皇や枢機卿などと言った、教会組織全体の運用を行う立場となり、莫大な金と権力を握れるようになる。


 当然、それを目指せる位置にいる高位聖職者たちは、何が何でも教皇と枢機卿の椅子に座りたがる。

 だが、教皇も枢機卿も、椅子の数は限られている。


 椅子に座るためには、他者を蹴落とし、金をばらまいて他の高位聖職者からの支持を集める必要がある。


 つまり、金で容易に懐柔できるのだ。



「幸いなことに、帝国の地下秘密基地には金塊まで保管されていた。

 宗教者を大人しくさせるために、少々蓄えを切り崩すとするか」


 ザルツブルク王国王都の教会を預かる司教は殺してしまったが、その上にいる大司教は、近隣の国々の聖職者を監督する立場にある。


 大司教はザルツブルク王国にいないので国境をまたぐ必要があるが、大司教宛てに、寄付と言う名目の賄賂を送り込んでおいた。



「聖者とは仲良くなれないが、凡俗な俗人同士、ぜひとも仲良くしなければな」

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