51 現代魔法の進歩
(リゼ視点)
戦略魔導歩兵の装備の一つ、魔導量子ストレージ。
これは物質を量子レベルに分解することで、物質をデータ化して保存することができる。
また量子データ化した物質を再度物質として構成することで、保存したものを取り出すことができる。
この技術は、
だが、魔導科学は常に発展していく。
当然、ここからさらに一歩踏み出した技術が存在する。
魔法を用いることで、量子レベルで物質の構造を変化させる技。
言葉で説明すればそれだけだが、この技術を用いれば、古の錬金術師たちが目指した、ただの土くれから黄金を作り出すことが可能となる。
あるいは、黄金から爆薬を作り出すこともできれば、水をタングステンへ作り替えることもできる。
合わせれば、タングステン製の高価な銃弾を作ることもできるな。
「おお、おおおーー、素晴らしい、素晴らしいですぞ、リゼ様!」
さて、そんな量子レベルでの物質の再構成を、この国の筆頭宮廷魔法使いであるローレンツ・ホーエンベルクの前で実演してみせた。
土を黄金に変える技。
量子レベルでの物質の再構成には膨大な魔力を絶えず投入し続ける必要があり、高位魔法使いにとっても、簡単にできることではない。
特に、原子構造が違う物質を作り出そうとすれば、要求される魔力量が桁違いに跳ね上がる。
だが、私にとっては集中力を要求されることはあっても、ささやかな魔力を使った作業でしかない。
「これが
魔力量の関係で扱える魔法使いが限られているうえに、大量生産にも向かないが、小量の物質を作り出すには重宝する技だ」
「
「そうか、
私たちが生きた時代においては、誕生したばかりの魔法体系。
それが千年後の世界では古代魔法と呼ばれ、失われた魔法とまで呼ばれているのは、酷く悲しい話だ。
このホーエンベルクに、私はいくつかの
魔法の深淵を覗くことは、高位の魔法使いにとって生きざまのようなもの。
私は魔法使いとしての深淵に興味はない。
だが、学問の徒の1人として、この時代の魔法使いたちに、失われた技術を伝えることは使命といっていい。
彼の弟子たちは、非常に熱心に私の講義を聞いてくれた。
「ですが、残念なことは
講義をあらかた終えると、ローエンベルクが嘆息する。
「無詠唱を可能とし、一度に複数の魔法行使を可能とする技。
しかし、
その核心たる演算結晶は、
優れた
「私のいた時代でも、この欠点を取り除くことが
この問題を取り除くことができれば、数多くいる
しかし、残念ながらこの欠点が解決する瞬間を知ることなく、私は|長い眠り(コールドスリープ)に着いてしまった。
「千年の時があったのだ。
それだけの時間があれば、この程度の欠点を解決していてよかっただろうに、まさか失われた技術になっていたとはな」
まったくもって残念だ。
魔導科学が発展するどころか、今の時代は文明レベルの低下と共に、魔導科学まで衰退している。
私は思わず天を仰いで、嘆かざるを得なかった。
だが、この時代が間違いなく千年後の世界だと、実感させてくれることもある。
「巨大魔力結晶だが、あれはどのようにして作っているのだ?」
以前イェーガーの街で、巨大魔力結晶に魔力を注ぐ作業をした。
あの時見たのと全く同じ巨大魔力結晶が、この王都にも複数存在した。
私のいた時代において、魔力結晶は人工的に作り出すしかない物質で、ある一定以上の大きさにする技術が存在しなかった。
正確には、作れないわけではないが、国家の国力を傾けて行わなければならないほどの大事業になるため、非現実的だった。
「巨大魔力結晶ですか?
あれは魔獣からとれる魔石を、融合させることで作り出しています。
まさか、リゼ様はご存じないので?」
「知らない。
少なくとも私がいた時代にはなかった技術だ」
「なんと!
ですが、あの技術は千年前には既に存在したと伝わっていますが?」
「千年前と言っても、私が寝た後に生まれた技術までは知らんぞ」
千年前に起きた、世界中の文明を崩壊させるほどの大戦。
私と戦友が戦ったのが、第一次大戦ならば、文明を滅ぼしたのは第二次大戦と言ったところだろう。
宮廷魔法使いしか利用できないという、国の
だが、逆に言えば私たちが寝た後も、百年間は魔導科学が発達した時代があったわけだ。
その間の空白になっている技術を、私は何一つ知らない。
「では、実際に製作している現場にご案内しましょう」
「頼む」
「断片とはいえ、私たちの時代に存在しなかった技術を見ることができる。これは学問の徒として喜ばしいことだな」
その後、私は実際に魔石同士を融合させて、巨大魔力結晶を製作していく現場を見せてもらった。
巨大魔力結晶を生み出すには、膨大な数の魔石が必要になり、一朝一夕で作られるものではない。
それでも複数の魔石が溶け合い、それがより巨大な魔石へ変化していく光景は、私が初めて見る技術だった。
そして巨大魔力結晶には、いくつかの特性がある。
第一は巨大魔力結晶には、魔力を投入することで、魔力バッテリーとして使用することができる。
第二に、劣化演算結晶としての性質を持っていて、内部に術式を刻むことで、
ホーエンハイムは、
「結晶の密度が低いせいで、軍用の演算結晶には全く及ばんが、それでもいくつかの術式を刻めるか……」
「この巨大魔力結晶ですが、機動騎士の
「機動騎士?
あの木偶の坊のことか」
イェーガー男爵に傭兵として雇われて戦った戦争で、動く機動騎士を見る機会があった。
人間に似せたただのデカ物が近接戦をし合うだけで、非常にくだらない遊びにしか見えなかった。
「機動騎士は金属に覆われた巨人。
戦争では、剣や槍を完全に防ぎ、強力な体で生身の兵を圧倒することができる兵器です。
魔法攻撃にも、かなりの耐久性を持っております」
「ふーん、そうか」
ホーエンベルクは熱く語るが、私から見ればただの欠陥兵器でしかない。
こんな玩具を使うより、戦車の方がよほど強力な兵器だ。
何なら動けないトーチカの方が、砲撃できるだけまだ価値がある。
「ホーエンベルクは高く評価しているが、あれはただの木偶だぞ。
以前貴族同士の戦争で戦う姿を見たが、まったく役に立たん」
「そ、そうですかな?」
「火炎弾を撃ち込めば、中にいる人間が蒸し焼きになるか、酸欠になるかして、あっさり無力化できた」
「ム、ムウッ……」
以前戦争に参加した際、敵側にいた機動騎士は簡単に戦闘不能にできた。
自慢の兵器があっさり無力化されたと知って、ホーエンベルクは落ち込む。
「ただし、巨大魔力結晶に刻む術式を改良すれば、機動性を上げることができるかもしれんな。
どのような術式を刻んでいるのかは見てみなければ分からないが、時間があれば、改良に取り組んでみるのもいいだろう」
「おお、
是非にお願いいたします、リゼ様。
私も、その光景を直に見とうございます」
「時間があればだ、バカ者」
期待に満ちて、私にすり寄ってくるホーエンベルク。
鬱陶しい爺だ。
まあ、そんなポンコツ兵器などどうでもいい。
それよりも巨大魔力結晶は、魔力のバッテリーとして使われている。
イェーガーの街でも、王都でも、街中には魔力の力で光る魔力灯が、街路に沿って設置されているのだが、そこへの魔力供給を行っているとのことだ。
これのおかげで、夜でも街の中が明るく照らされ、都市の住人の活動が夜になっても営まれる。
私の時代にも魔力灯は存在したが、並行してガス灯や、電灯などもあった。
様々な規格が乱立した状態にあったが、大戦の経過によって戦況が不利になると、敵国からの夜間爆撃を警戒して、灯火管制が敷かれるようになった。
夜の街の光は全て消され、人が夜間に活動できる状況ではなくなってしまった。
ただ、この千年後の世界では、街中にある魔力灯への魔力供給を、”無線”で行っているとのことだった。
私の時代には存在しない技術だ。
低出力の魔力を無線で送信し、通信として利用する技術は存在した。
だが、魔力灯を光らせるだけの魔力量を、無線で送信する技術は存在しなかった。
それだけの魔力を無線で送り出せば、高密度魔力の放射となってしまい、魔力の送信側と受信側の間にある物質が熱を持ち、燃え上がることになってしまう。
建物に使われている材木などであれば、激しく燃え上がって火事になり、人間がいれば自然発火を起こして焼死体になってしまう。
戦争ではいざ知らず、そんな危険な技術を、平時の街中で使えるわけがなかった。
「一体どうやって、大出力の魔力を無線で送り出しているのだ?
大変興味深い。これはぜひとも原理を知らねばならん」
いくらでも応用の利く技術なので、学問の徒として、私はその原理をホーエンハイムから学ぶことにした。
ああ、やはりここは千年後の世界なのだ。
多くの技術が衰退したとはいえ、それでも確かに私の知らない進んだ技術が、断片として残っている。
これらを研究していけば、面白いことができるだろう。
興味深いものの中には、千年前の文明に崩壊をもたらした、大量破壊兵器である魔導核融合弾がある。
国の
「たった1基で、大都市を壊滅させる火力か。
上位戦術級の大規模破壊魔法に匹敵する威力を、
ク、クククッ。素晴らしいじゃないか。
私のいた時代において、
そのせいで、
だが、それと同じことを
「いずれ時間ができれば、この技術について研究していかねばな」
私は嬉しさから、笑った。
気にすることはない。
私や戦友が良く浮かべている笑みだ。
ただの大量殺戮者が浮かべる笑いでしかない。
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