後編
🍫 🍰 🍪
学業に関係のないものを持ち込んではいけない、という校則の元、先生方が目を光らせているその隙を狙って、私たちは友チョコ交換にいそしんでいた。私もクラスの友人のみならず、他クラスに遠征してチョコレートを渡しに行ったりもしたし、三十個を越えるお菓子をゲットしたこともあるから、そんじょそこらのモテ男子よりもモテていた自覚がある。
しかし、同級生からのモテはもはや当たり前。
「○○先輩、いらっしゃいますかー?」
休み時間になると訪れる、中学一年生の女の子たち。――当時中学二年生だった私は、そういう訪問に強い憧れを抱いていた。
「まーたバスケ部の美保ちゃん、後輩からお菓子もらってる」
「ねー。かっこいいもん、同姓でも憧れるわ」
「わかるー」
女子校の王子さまキャラの子は、バレンタインを無双する。そんな姿を見ていると、私も羨ましくなってしまう。小柄で文化系、王子さまとはほど遠い私は、本当に憧れていた。
「ああ、私のところにも可愛い後輩が『菅原先輩、いらっしゃいますか』ってやって来てくんないかな」
「美波だって後輩さんいるでしょう、科学部に」
「科学部はねー、ちょっと人間関係が希薄だから、望みも薄いかな」
「そうかあ。たしかに、文化系はちょっとそういうの少ないかもね」
そんな会話をしていたときだった。
「あのー、菅原先輩、いらっしゃいますか」
そんな中、なんと私を呼ぶ声がしたのだ。
「菅原さん、呼ばれてるよー」
「今行くー」
何気ない風を装うも、私はとても鼻が高かった。見ろ、クラスの皆! 私にも、後輩がいるんだぞ。
わざわざ私にお菓子を持ってきてくれたのは、案の定科学部の中学一年生の後輩で、普段から友達感覚で会話をするような関係の子だった。――くれるとしたら、この子だなっていうのはなんとなく予想していた。
「あの、菅原先輩。いつもお世話になってありがとうございますっていうアレで」
女子校で初めてのバレンタインに、ちょっと照れぎみなご様子。手提げカバンをごそごそする。
「マドレーヌなんですけど……自分で焼いたんです」
「ええ、すごい、ありがとう。マドレーヌなんて焼けるの」
「焼けるっていうか……挑戦はしてみたんですけど、ええ」
なんとも歯切れの悪い言い方だけど、おそらく照れているんだろうな、と思っていた。
「いやあ、すごいよ。あ、私も持ってきてるからあげるね。ちょっとお菓子作りとかそういうの得意じゃないから、市販のやつだけど、感謝の気持ちを込めて、どうぞっ!」
「ええ……ありがとうございます。いいんですか」
自分が最初に渡しておいて、いざこっちがお返しをしたら「いいんですか」って。健気にもほどがある。見ろ! これが私の後輩だ。
「あの、菅原先輩。先輩って、歯が悪かったりしませんよね?」
「歯? いや別に」
「……それなら良かったです。どうか、お気をつけてお食べください」
それでは、と彼女は去っていった。甘いお菓子に、健康な歯は必須。そんなことまで心配してくれる子なのだ。見ろ、これが私の後輩だ!
帰宅後、私は手提げ一杯のお菓子を食卓に広げる。
「まーたこんなにもらって」
母親が爆笑する。正直、全部ひとりで食べきるのは難しいので、例年、母親と半分こしている。それでも多い。
私は、後輩からのミニマドレーヌを真っ先に開封した。リボンつきの包みを解き、中から出てきたマドレーヌはこんがりときつね色。
ふと、手で触った瞬間、違和感を覚える。
「いただきます?」
何かの間違いだと信じたくて、私は口のなかにマドレーヌを入れた。
「――固!」
え、何これ固い!
「お母さんにもちょうだい」
おそらく、怖いもの見たさ(食べたさ)だろう。母親がにやにやしながら私におねだりをする。
ちょうど二切れあったので、もう片方を渡す。
「え、固い! すごい、これ銀歯持ってかれそう」
「お母さん銀歯あるのか」
母と顔を見合わせて、爆笑してしまった。あろうことか、パッと見おいしそうに焼けていたマドレーヌは、めちゃくちゃ固かったのだ。
「どうやったらマドレーヌって固くなるんだろう?」
「いや、お母さんもお菓子作りあんまりやらないからよくわからないけれど……粉の分量とか、間違えたんじゃない?」
「逆に、粉からこれだけ固いものを生成することができるって、科学の力を凌駕してない?」
後輩から渡された激固マドレーヌに、私たちは笑いが押さえられなかった。なんなら、寝る前にも思い出し笑いが止まらなかった。
翌日。部活に向かうと、例の後輩が、他の一年生の女の子に追い回されていた。
「お前のせいで銀歯持ってかれたぞー!」
「ごめんってー! だって、作り直す時間はなくて、でも渡したかったんだもんー!」
「だったら、最初からそう言えー!」
マジで銀歯を持っていかれたやつが出たらしい。
🍫 🍰 🍪
「……女子校に通っていると、そういう激エモエピソードがあるわけよ」
「エモい……のか?」
「このエモさは、男子にはわからないかな?」
私が浜辺の顔を覗き込んでにやにやすると、彼は頬を膨らませた。
「エモっていうか、本当に面白かったなって。あと、やっぱり気持ちは嬉しくて」
「なるほどねえ」
大学生になった今でも、そのときの気持ちは鮮明に覚えている。クラスで名前を呼ばれたときの得意な気持ち、失敗作だと気づいたときのおかしさ、でも、やっぱり嬉しかったなっていうの。
本当は、もう少しあの学校に通いたかったけれど。
「マドレーヌのお菓子言葉は、『あなたともっと仲良くなりたい』なんだって。まあ、皆にマドレーヌをあげていたわけだし、特にそういう意味はこめていないと思うけれど、あの後輩さんともうちょっと仲良くなりたかったなー」
「そっか。そういう寂しさってあるよな」
こういうとき、浜辺は決して私の意見を否定しない。もし、私があの女子校に通い続けることができていたら、彼との出会いはなかったわけだけれど、その出会いを否定する意味は決してないことをよく分かってもらっているみたいだ。
ふと、浜辺が首をかしげた。
「あれ、そういえば俺の学科で、一個年下の彼女のくれたマドレーヌに銀歯持ってかれたってやつがいたな」
「え……誰」
「佐藤ってヤツだけど……たしか、そいつの彼女は菅原のいた中学校出身だったはずで」
「紹介して」
バレンタインの奇跡は、なにも恋愛に限らない。のかもしれない。
バレンタインに、後輩がいない まんごーぷりん(旧:まご) @kyokaku
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