バレンタインに、後輩がいない
まんごーぷりん(旧:まご)
前編
2月14日は、大学の期末試験最終日だった。朝から3教科のハードな1日、最後は数学でフィニッシュ。
「はいはい、数理工学科の貴重な女子からお知らせですよー」
私、数理工学科2年生の菅原美波が男子どもの注目を集めると、もう一人の同学部の女の子は、大きな手さげ袋を持って私の隣に並ぶ。
「試験お疲れさまです。今日はバレンタインデーなので、私と
歓声が上がる。もらえるんだ、とか、二人でこの量を準備させちゃったの申し訳ないな? とか、前から順番に回すのはなんか違くね? とか。チロルチョコと個包装のクッキーとの入った小さな包みを、案外ありがたそうに受け取ってくれたのは、結構嬉しかった。
その日試験があった数学のクラスは、複数の学部の合同授業。私の所属する工学部の数理工学科だけじゃなくて、情報工学科だとか、理学部の数学科とか物理学科――浜辺耀太の通う学科も受講する、大講堂で講義が行われたものであった。つまり、このやり取りを、奴は見ていた訳であって。
講堂を出ていく直前の彼と、目が合った。こういうとき、浜辺はいったい何を考えているのだろう。いくら友チョコ、義理チョコとはいえ、自分以外の男にお菓子を渡している姿を見れば、少しは嫉妬したりするものなのだろうか。男子の考えていることは相変わらず、分からない。
その日の夕方、浜辺のうちに寄った。
「いらっしゃい」
「上がりまーす。はいこれ、忘れないうちにお納めください」
「確かに頂戴しました」
私は浜辺にチョコレートを渡した。
「へえ、今年もウマそうねえ」
「そりゃそうよ、デパ地下でクソほど並んで買ってきたんだから」
「……え、これめちゃくちゃ高いやつでは」
「5粒で3000円」
「金銭感覚バグってない?」
「ユニク○のブラウス2枚ほど我慢すれば出せる金額だから」
「気を遣ってもらわなくても良いのにー」
申し訳ないねえ、と言いながら浜辺は包みをほどいた。
「そう、並んで買ったわけなんだけどさ、そのときに前に並んでいた子が女子高生だったからびっくりしちゃって――」
「お静かに。今、集中して食べようとしてるから」
「何なん、まったく」
浜辺は結構甘党で、バレンタインのチョコレートなんかも楽しみにしている。それなりに課金して、プレゼントし甲斐のある相手なのだ。
目を閉じて、心地よさげにチョコレートを口の中で溶かす。――上質な音楽を聴いたときの、少しばかりわざとらしいと感じてしまう彼の仕草と共通する部分があった。
「うまーい」
「感想ペラッペラ」
「だってさ、美味しいもん食べたら美味しいしか感情湧かないだろ」
残りは後でゆっくりと。そう言いながら、彼はチョコレートを冷蔵庫にしまった。
「今日、学科の子ぉらにも配ってただろ?」
「うん。同じ学科の女子同士でお金を出しあって買ったの。……あ、チロルチョコとクッキーね」
「そうなんだ。そういうのって、材料だけ大量購入して、手作りした方が安上がりなんじゃないの」
「そうらしいけど……えっ、逆に訊くけど浜辺は良いの? 仮にも彼氏であるあんたには市販のチョコを買って、学科男子には手作りのチョコを渡すのって」
「……想像したらイラッとしたわ」
「良かった、普通の感覚をお持ちのようで安心したよ。……いずれにせよ、学科男子であろうと彼氏であろうと、普段からお世話になっている大切な人に、私の手作りチョコみたいな劇物、とても食わせられない」
「何を入れたら劇物になるの?」
「なるよ? 私、中学2年間だけ女子校通ってたじゃん。……もちろん、上手に作ってる子がほとんどだけど、たまにすっごいの居るんだから」
中学校3年生の4月に、訳あって浜辺の通っていた共学の中学校に転校した私だが、それまではいわゆるお嬢様学校に通っていたのだ。
「女子校のバレンタインってどんな感じなんだろう? あんまり想像つかないや」
「うーん。経験上、共学よりよほど盛んかも? お菓子作りが好きな子もいるし、下手に男子がいないから、すごくオープンに受け渡しができるんだ」
「へえ」
「結構、良い想い出だったなー」
中学二年生の冬、あの学校で過ごした最後のバレンタインデー。私は、その日に少しだけエモい記憶を抱いている。
後編は14日に投稿!
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