新月の夜、君と

真宵猫

とある姉弟の物語

___どうして、どうして、どうして。

こんなはずじゃなかった、僕らはもっと【幸福】であれたのに。




_都内病院前、16:04

 どんよりとした曇り空からは白い雪の結晶が深々と舞い散る。

まだ12月の初めだというのにその寒さは肌を心を突き刺す。

 病院の玄関で雪を払い、受付へ足を伸ばせばはっとした顔で看護師さんが顔を上げる。

「あら有栖川君、お姉さんのお見舞い?」

「はい」

「そのままいっていいわよ。高校生なのに偉いわねぇお姉さんもきっと喜ぶわ」

「ありがとうございます。大切な、片割れですから」

 そう言いながらお土産に持ってきたケーキの包み入った紙袋を持ち『姉』のいる病室へと向かう。

 623号室、息をのみ鼓動を整え扉に手をかける。

「姉さん来たよ」

個室のベッドには病院着を身にまとい何年も伸ばされた濡れガラスの羽のような色の髪の「少女」が座っている。

 見た目はどう見ても小学生にしか見えない彼女は扉に目をやり花がほころぶように笑う。

「いらっしゃい、月夜(つきよ)」

「うん、夜月(よづき)姉さん」

 有栖川月夜、夜月は双子の姉弟である。親はわからず弟の月夜は夜月のため学業とバイトを両立させている。

 夜月の病は『ハイランダー症候群』__まだ原因はわからない点が多いが通称、歳をとらない病と言われるもの。遺伝子に何らかの異常が起こり発病する奇病で世界にもほんの一握りしかない、故に治療法もいまだ確立されていない。

「今日はずいぶん寒いわね。風邪、ひいてない?月夜」 

「僕の心配してる暇があったら早くその病気治してよ。夜月姉さんがいないと寂しいんだからさ」

「そろそろおねえちゃん離れしないと彼女に飽きられちゃうわよ?」

「そんなのいないよ。僕には夜月姉ちゃんさえいればいいんだから」

 親もいない、信頼できる大人もいない理解できる友人もいない。ただ一人、夜月だけが、片割れだけが寂しさを紛らわす。

 本当は学校だって行かずバイトと残りの時間はすべて夜月のそばにいたい。

だが、

『私は学校にいけないからおねえちゃんの代わりに月夜が楽しんでね』

となけなしのお金をかき集め入学させてくれた。

 そのお金は近所のお店でコツコツとためていたものらしい。

『いつか月夜が大きくなった時困らないように』と慈悲の女神のように笑う夜月の笑顔は本当に綺麗で、残酷だ。



「もって後、余命数か月です」

 無慈悲に突き付けられた現実、崩れ落ちる足と希望。今年を一緒に越せないその事実はあまりにも大きすぎそれを理解するのに数日かかった。夜月には話せていない、話せるわけがない、その言葉がどんなものより恐ろしいのか自身の身がよくわかっている。

 だから自身の命を削ることになろうと睡眠を削り夜月のためにお金を増やし夜月のために好きなものを、欲しいものをあげよう。そしてそのときがきたら

…。

「月夜、また寝てないわね?」

「ちゃんと寝てるよ。クリスマスでバイトがちょうど忙しい時期なんだ」

「そう、クリスマスは楽しみね。私と月夜の誕生日もあるから尚更だわ」

 ズキっと、心が痛む。

 もしかしたら夜月はクリスマスさえ祝えないかもしれない。誕生日を迎えられないのかもしれない、もしかしたら。

 今この時、死んでしまうかもしれない。

「…夜月姉さんは、何か欲しいものはない?ほしいもの言ってよ?」

月夜がそういうと夜月は少し悩み月夜のほほを撫でる。

「私のお願いは月夜がこれからも幸せであること。それ以外、何も望まないわ」

 いとおしそうに撫でる夜月の手は冷たく、それが命の灯があとわずかなことを突き付けてくる。

 涙があふれそうになるのをぐっとこらえ、夜月の手にゆっくりと自身の手を重ね指を絡ませるように握る。

「僕は幸せだよ。夜月姉さんがいたらなにもいらない、だからさ」

夜月の指に小さく口づけを落とす。

「絶対いっしょに祝おうね」


_____24日、12:00 都立高校

 深々と雪が降りつもる中高校でははやり風邪により早めに学校が終わった。クラスの奴らは街へ遊びに行く話をしている。

「(僕も姉さんのところへ行こう)」

 教科書等をカバンに詰め、椅子を引き教室を離れようとしたときクラスの女たちがにじり寄ってきた。

「有栖川君!みんなとカラオケ行かない?」

「せっかくだし遊ぼうよ」

 心の中で大きくため息をつく。みんなで、などと言いながら女たちの目には明らかな熱視線が込められている。適当な理由をつけても迫ってくるのは経験上わかっている。

「ごめんね、誘いはうれしいけどバイト先から連絡来ててさ。また今度誘って」

 手に持ったスマホに目をやり、あたかも今からバイトに行きますと言うかのように言葉を濁しながら走り去る。


「(はあ、うざったい奴らだ。あんな奴らといるくらいならバイトをしているほうが断然ましだ。)」

 病院に行くため道にある街の中を苛立ちながらも歩く。周りには幸せそうに笑う家族やカップルが行きかい更なる苛立ちとともに心臓を鷲掴みされるような寂しさがどろりとあふれる。

「(もし、姉さんが病気じゃなかったら、親がいれば)」

 一緒に街へ繰り出し買い物を楽しめたかもしれない。幼い子のようにほしいものを心に秘めずねだれたかもしれない。

 そんなどこにでもあるような幸せに、【幸福】になれたかもしれない。

「(…っ、考えるな考えるな考えるな!!)」

 【幸福】を望む自身が嫌になる。その足は病院へ向かうはずだった道から外れ、気持ちに押しつぶされそうになった時に向かう先へ。



___都内病院近く、廃教会。

 街からも病院からも離れたそこは廃れてからかなりの年月が経っているのだろう。天井には穴が開き壁はもろく下地がむき出しになっている。

 中央にある祭壇の前に膝をつき、首から下げていたロザリオを握りしめる。

「神様、神様どうかおねがいします。夜月姉さんを、僕の片割れを助けてください……!」

 本当は神様なんてものはいないんだとわかっている。神様なんて本当にいるのなら戦争なんて起きやしない、子を捨てる親などいない。

 こんな、不幸になんてならない。それでもすがることしかできない。所詮は何の力も持たないただの子供だから。

 ピリリと携帯電話の着信に気づく。発信先は___病院からだった。





「姉さん…!!」

 息を切らし汗をぬぐいながら623号室に入る。

 そこにいたのは、たくさんの管が体につけられている夜月の姿だった。

「姉さん、姉さん…!夜月姉さん…!!」

「有栖川君、今は入っちゃ…」

「嫌だ、ヤダ、やだやだやだ、おいていかないで…!ひとりは、ひとりはやだよ…!」

 高校生とは思えないほど涙を瞳からこぼし看護師の手を払いのけ夜月の体に縋りつく。今まで大人ぶっていた代償なのか、それとも…。

「…最善の処置は施しました。あとは君たちの気持ち次第です」

 担当医はそっとしてあげなさい。と看護師たちに声をかけ病室を出る。

 ぐずぐずと泣きわめく一人の「青年」は幼い『少年』のように体を縮こませながら、やがて疲れてしまったのか深い、深い眠りについてしまう。





___???。

 ふわふわとした意識の中、声が聞こえる。

「(……月夜?泣いてるのかしら)」

 伸ばそうとした腕は動かず、ただ揺蕩うことしかできない。

「(本当に昔から泣き虫さんね、もっと甘えていいのに…なんて私の言えたことじゃないか。分かっていて気づかないふりしていたんですもの)」

 月夜が本当は無理していたこと、月夜が友達を作らない原因が私だってこと。

 そして___

「(私の命がもうわずかなこと)」

 わかっていた、自分の体のことだ。

 理解し、覚悟し、知らないふりを続けてきた。

「(きっと月夜はお母さんたちに捨てられたと思われているんだろうな)」

 蘇る記憶。これが走馬灯かもしれない。

 汚いアパートの一室でアルコールのにおいに吐き気を催す。隣の部屋からは男の怒鳴り声と女性の悲しめる声。夜になれば男は眠りにつき幼かった私と月夜は女性に__母親に抱きしめられる。

 ごめんね、ごめんねと謝りながらきつく抱かれる体は何も感じられなかった。


 ある日、男が出かけた夜に母親は分厚い封筒を私に預け刃物を持って外に出た。

 私と月夜に【幸福】をねがって。ロザリオを渡して。

 


___623号室、23:30。

冷たいものがほほを伝う感触に目が冴える。

「……ここは…月夜?」

時計に目をやればあれから12日も経っていることに気づく。月夜も夜月が動いた反動で眠気眼のまま目を覚ます。

「ん…姉さん…!」

「おはよう寝坊助な月夜。もう誕生日だったのね」

 笑いながら話す夜月に月夜は戸惑う。

 外は雪が積もっている。消灯時間も過ぎあたりはしんと静かだ。

「姉さん…!あの、僕「ねえ月夜私のわがまま聞いてくれる?」





___廃教会、23:45。

「久しぶりね、二人でここに来るの」

 夜月と月夜は病院を抜け出し廃教会へ足を踏み入れた。

 まだ雪がちらほらと降るなか舞うように歩く夜月は儚く、今にも消えてしまいそうだ。

「…姉さん、僕はもうこれ以上何も失いたくない。友達も恋人も、親も何もかもいらない!!だから、だからおねがい……ぼくも、いっしょに!」

 連れて行って、そう言い終わる前に月夜の体を夜月がだきしめた。

「月夜、よく聞いてね。私は貴方に【幸福】になってほしい。普通の友達や恋人と遊んでふざけあって、そんなありふれた幸せで満たされてほしい。でもね、本当は」

 母親がふたりにしたように強く体を抱きしめ泣きそうな声をこらえ。

「月夜と一緒にいたい。わがままでごめんね」

「……!ううん、うれしい、一緒に、いっしょにいよう」

抱きしめあった腕にロザリオを持ち。

 イブの夜、大きな満月は二人の小さな月を見守っていた。





___廃教会、12:00。

 『__町都立病院付近から見つかった__は事件性はなく廃教会にて心中したと見られます。身元は判明しており近所では______。また__手に持っていたロザリオに扮したナイフが__』


___これでいいんだ。これでぼくは、私は。

 世界で一番【幸福】でいられる。

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新月の夜、君と 真宵猫 @mayoi041

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