第31話

「あれ? 興味ないのかい? 居住地を広げるいい機会だと思ったんだけどなあ」


 腕組みをして首を捻る神様。


「だって、君たちのご先祖は二千年も前に、この島に航海技術を駆使してやって来たんだよ? あれから二千年、僅かなりとも海を渡る技術は進歩しているはずだ。もし君たちが共同で暗黒種族――黒龍を倒すことができたら、その技術を授けようと思っていたんだけどね」

「あ、安全なのか、航海は?」


 俺がつっかえながら尋ねると、神様は胸を叩いて、そりゃあもちろん! と請け合った。


「ただし、これは君たちだけでやり遂げてほしい。僕はまだ、人間の優しさ、心の光のようなものを、完璧に信用したわけではないからね」


 まあ、二千年間も人間の暴虐な振る舞いを目にしていればそう思うわな。


「だから、各種族がやるべきことを、闘也くんを含めた四人に授ける。造船・操船技術や、それに必要な道具の在り処などだね」


 すると、神様はさっと頭上に右手を翳した。ちょうど円を描くように。

 一瞬で、そこに杖が現れた。やや長めの、しなやかな艶のある木製の杖だ。薄々ではあるが、それが魔力を帯びているのは俺にも分かる。


「よし! じゃあ、皆気をつけ!」


 小学生かよ、とツッコみたくなった。が、俺以外の三人はピシッ! と背筋や手先を伸ばしている。やはり神様は、俺が思っていたより高位な存在らしい。

 俺も三人に従い、神様の言う通りにする。


「それじゃあ皆、目を閉じて」


 言うが早いか、神様はぼこっ、と俺の頭頂部に軽い一打を見舞った。


「いてっ!」

「ああ、ごめんごめん、闘也くんはもう防御力最硬ではなかったんだね。失敬」

「む……」


 それからテンポよく、残る三人はぽかん、ぽかんと叩かれていく。


「うむ、我ながらいい出来だな! これで皆は船を造り、大海原に出ることが可能になった。君たちを結界の外に戻すから、皆に説明してあげるといい」


 その言葉を最後に、俺たちは『神の座』から山麓の皆の待機場所に戻された。


         ※


「上手いこと考えたもんだな……」


 俺は神様の策略(?)に舌を巻いていた。

 神様が俺たち四人に造船技術を授けた。それは間違いないし、安全な航海を十分保証してくれるものだった。しかし、問題が一つあった。


「各種族が協力しないと、安全な航海ができないとは……」


 そう。神様は俺たちに知識を授けてくれた。だがそれぞれがパズルのピースのように、巧みに組み合わさらないと船として完成できないようになっていたのだ。


 まず、造船の設計は機甲化種族が行う。最も機械設計に強いからだ。

 材料の調達は武闘家種族の役割。強度の高い木々を集めなければならない。

 魔術師種族は魔力の温存に努めた。実際に航海に出るとすれば、精確な操船が必要となる。そのための、羅針盤のような役割を魔術師たちが担うことになった。


 俺はと言えば、暗黒種族の残党狩りに精を出していた。皆が皆、この島を出ていくわけではない。しかし各種族の主要メンバーは、島の外へ旅立ってしまう。

 残る人々に、できる限り安全な場所を提供しなければ。


 そうこうするうちに、一週間ほどが経過した。

 俺が残党狩りから帰ると、サン、エミ、ベルの三人が海に向かって目を細めている。同じ方向を見て、俺は思わず、おおっと声を上げた。


 そこには、数十隻の大船団が列を為していた。立派な木目の入った外観には艶があり、夕日に照らされた船体は、航海に出るのを今か今かと待ちわびているように見えた。


「おう、トウヤ!」

「サン、いい眺めだな」

「あ、あたいのこと? だよな? だよな! あたいのプロポーションに見惚れてたんだろ?」

「ぶふっ!」


 ここは、見事な船団に感心していたのだ、ときちんと言うべきだろう。だが、南国への航海に備えて露出の増えたサンの姿は、確かに美しかったし眩しくもあった。


「なあんだ、素直にあたいのことを褒めてくれりゃあいいのに!」


 そう言ってバシバシと背中を叩いてくるサン。中身は全然変わってないな。

 そこにエミの声が割り込んできた。


「ちょっとちょっと! お二人は何をやってるんですか!」

「何を、って俺がサンから一方的な暴力を――」


 と言いながらエミの方を見て、俺は危うく鼻血を噴出するところだった。

 こともあろうに、エミはビキニ姿だったのだ。たわわな胸部はまさに凶器である。


「エ、エミ! お前こそ何やってんだよ!」

「ベルさんは、海を見るのが初めてなんだそうです。航海は明日からですから、海に慣れるお手伝いをして差し上げようと思いまして」

「だからってその格好は……」

「おかしいですか?」

「おかしいに決まってるだろ!」

「やはり異界の方にはそう見えるのですか……。どのあたりがですか?」


 俺はぐいっと視線を逸らした。もう何も言うまい。


「ビーチバレーって楽しい! ねえねえ、トウヤも一緒にやろう?」

「あー、悪いなベル、俺も疲れて――」


 そう言いながら振り返ると、スク水姿の銀髪幼女がいた。元気に砂を跳ね飛ばしながらこちらに駆けてくる。ああ、ベルまでこんな調子なのか。


「あーもう、とにかく! 明日から旅に出るんだから、ちゃんと休んどけよな!」

「あれ? 遊んでくれないの、お兄ちゃん?」

「ぐぼはあ!」


 おいベル、それは不意討ちというんだぞ。突然年上の男性を『お兄ちゃん』って……。

 俺がしゃがみ込んで頭を抱えると、ベルはこう言った。


「あたし、父様も母様もいなくなっちゃったから、少しでも家族らしい立場の人が欲しくて……」

「あーーーっ! トウヤ、お前、ベルを泣かせたな!」

「ってサン! これどう見ても噓泣きだろうが!」

「軍法会議ものですね」

「エミ! その格好のお前に言われたくないわ!」


 こうして砂浜を駆けずり回りながら、船旅の前夜は過ぎ去っていった。


 THE END

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引きニート最硬防御戦記 岩井喬 @i1g37310

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