弟と逆チョコ

無月弟(無月蒼)

弟と逆チョコ

 チョコの作り方を教えてほしい。

 2月に入って10日が過ぎた頃、弟のそらがそう言ってきた。


 これはあれか。この時期にチョコを作りたいってことは、バレンタインに誰かにあげるつもりなのか。


 空があたしを頼ってくるなんて、珍しいわ。

 あたしより五つ下の、小学五年生の弟。

 照れた様子で目をそらしているけど、反応をうかがうようにチラチラとこっちを見る姿は、抱き締めたくなるくらい可愛い。


 あたしは自他共に認めるブラコンだ。

 サラサラとした髪に黒真珠のような目、かっこ可愛い顔をした空のことを、常日頃から可愛がっている。

 可愛がりすぎて最近は、「ねーちゃんウザイ」って言われることも多いけど、そんな空からお願いされたのだ。これは一肌脱ぐしかないっしょ。

 あ、けどその前に、確認しなきゃいけないことがある。


「バレンタインに、誰かにあげるつもりなの?」

「……どうでもいいだろ」

「あっそ。教えてくれないなら、あたしも手伝ってあげなーい」

「待っ! そうだよ、バレンタインのためのチョコだよ」


 ちょっと意地悪を言ってやると、途端に慌てたように白状してくる。


「ふ――――――ん。あげる相手って、もしかしてミミちゃん?」

「…………うん」


 目を伏せて、恥ずかしそうに肯定する空。

 ミミちゃんと言うのは近所に住んでいる空の同級生で、幼馴染みの女の子だ。あたしににもよく懐いている、可愛い子なんだよねえ。


「それってやっぱり、友チョコじゃなくて本命? ミミちゃんのこと、好きなの?」

「――っ! そうだよ、好きだよ。笑いたかったら、笑っていいよ!」

「笑ったりしないって。けどそっかー、ミミちゃんにあげるのかー」


 ふふふふふ、ミミちゃんなら大歓迎。

 あたしはブラコンと言っても、「弟に近づくな!」なんて言う意地悪なお姉ちゃんじゃないのだ。


 女の子から男の子にチョコをあげるだけが、バレンタインじゃない。

 逆チョコをあげたいって言うのなら、お姉ちゃん手伝っちゃうよー。

 あたしは高校で、料理部に所属している。お菓子作りは得意なんだもん。


「それで、いつ作ろうか?」

「じゃあ、今度の日曜。丁度バレンタインの前の日だから」

「日曜? うーん、その日は午後から予定があるんだけど」


 あ、こらこら。そんな泣きそうな顔をしない。

 話は最後まで聞きなさいって。


「午後は無理だから、午前中に作ろうか」

「うん。ありがと、ねーちゃん」


 泣きそうな表情から一転。天使のような微笑みを見せてくれる空。

 ふふふ、こんなに嬉しそうにしてくれるなら、あたしもやる気が出るってもの。チョコ作り頑張るぞー!






 と言うわけで、時は流れて日曜日。

 あたしと空は、二人してキッチンに立つ。


 作るのはチョコトリュフ。材料を用意してエプロンをつけて、準備万端。

 早速始めるぞー!


「それじゃあまずは、板チョコを包丁で細かく刻む」

「分かった。こうかな?」

「待った待ったーっ! そんな指をピンと伸ばしてたら、切っちゃうでしょ!」

「じゃ、じゃあこう?」


 さっきよりはマシになったけど、その手つきはどうにもぎこちない。

 ま、こうなる気はしてたけどね。


 これがわざわざ、あたしを頼ってきた理由だ。

 空は勉強ができる。スポーツも得意。ついでに可愛くて格好良い。

 だけど家庭科や図工はイマイチ。ぶきっちょ。指先を使った作業は、壊滅的に苦手なのだ。


 チョコを刻む空だったけど、どうにもノロノロしていて危なっかしい。


「あたしが代わりにやってあげようか?」


 その方が早く終わるし、細かく切ることができる。

 だけど空は、即座に首を横に振った。


「いい。自分でやらなきゃ、意味ないから」


 絶対に手を出さないでと、強く言われてしまった。

 うーん、残念。ミミちゃんにあげるチョコなら、あたしもちょっとは手伝いたかったんだけどなあ。


 けど仕方ないか。空もそれだけ本気ってことだものね。

 不器用なくせに、頑張っちゃってさ。真剣な横顔を見ると、野暮なことはしちゃダメだって思う。


 その後空は刻んだチョコを直火に掛けようとして、あたしは慌てて止めた。

 生クリームを混ぜた後、冷蔵庫で少し固めたチョコを丸めるのにも、一苦労していた。

 球体にしなきゃいけないのにボコボコしていて歪なチョコ。だけど決して、空はあたしの手を借りようとしない。

 時間が掛かっても上手くできなくても、自分で作ることにとことん拘ったのだ。


「ごめんねーちゃん」

「ん、何が?」

「ねーちゃんが作った方が絶対早いのに、ノロノロやっちゃってるから」

「そんなの気にしなくていいから。それよりほら、丸くしたいならもっと優しく転がして」

「こう?」

「そうそう、その調子その調子」


 不器用でも、全くできないわけじゃない。

 丸められたチョコは、ちょっぴりデコボコ感はあったものの、十分綺麗じゃん。


 残った行程も何とかこなして、最後はもう一度冷蔵庫で冷やす。

 これでチョコトリュフの完成だ。


「できた」

「うん、よくできてる。空頑張った。きっとミミちゃんも、喜んでくれるよ」


 誉めながら頭を撫でたけど、なぜか空はしょんぼりした顔で、あたしを見上げた。


「たぶん喜ばない。ミミはきっと、迷惑すると思う」

「え? 何でさ?」

「だってミミ、好きな人いるから」


 ど、どう言うことよ?

 すると驚くあたしから目をそらすようにうつ向いた空は、ニコリともせずに続ける。


「前に話してるのを聞いたんだ。ミミには好きな奴がいて、バレンタインはそいつにチョコをあげるんだってさ。だから、俺はきっとフラれる」

「はぁっ⁉ 待って待って。フラれるって分かってるなら、どうしてチョコなんてあげようとしてるの? てっきり好きって、告白するんだって思ってたんだけど」


 けどフラれると分かってたら、告白なんてしないよね。

 空とミミちゃんは仲いいけど、もしもフラれちゃったらギクシャクして、今までみたいに話すことすらできなくなっちゃうもの。

 だけど。


「告白はするよ。だって何もしなかったら、誰かにとられちゃうかもしれないんだから。そんなの、嫌だから」


 答えるその声には元気が無くて、どこか悲しそう。

 そりゃそうだよね。フラれるの前提で告白するってのなら、悲しくもなる。


 だけどそれでも、好きって伝えたいんだ。

 料理苦手なのに、受け取ってくれるか分からないチョコを、頑張って作ってさあ。

 本当、無器用な弟。だけど空のそう言う所、お姉ちゃん好きだよ。


「アンタ、本当にミミちゃんのこと好きなんだねえ」

「うん……大好き」

「よーし分かった。フラれても、骨はあたしが拾ってあげるから。思いっきりぶつかってきなさーい」

「わっ、頭撫でるな! 言われなくても、もちろんそうするよ。それよりねーちゃん、時間大丈夫? どこかに出かけるんじゃなかったっけ?」


 わしゃわしゃと頭を撫でまわしていたけど、空の言葉でハッと手を止める。

 いけない、もうこんな時間!


「ヤバ、急がないと。ええと、でもあんた大丈夫? まだチョコ入れる箱のラッピング、できてないけど」

「それくらい一人でできるよ。ねーちゃんは行った行った」


 グイグイと背中を押されたけど、本当に大丈夫かなあ?

 空ってば図工も苦手だもの。ちゃんと綺麗にラッピングできるか心配だ。

 まあでも、チョコを渡すのは明日なんだ。帰って来てからチェックすればいいか。


 あたしはお言葉に甘えて、出かける準備をすべく自分の部屋へと向かう。

 外は寒いからコートを羽織って、バッグを手にして準備完了。あ、でも行く前に、遅刻することを連絡しておかないとね。


 あたしはスマホを取り出して、電話を掛ける。

 すると数回のコール音の後、可愛い女の子の声が聞こえてきた。


『もしもし。風香さんです?』

「あ、もしもし。ごめん、ちょっと行くの遅れちゃってさ。今から向かうんだけど、良い?」

『はい、全然大丈夫です。あの、今日の事、空くんには……』

「大丈夫大丈夫。ぜんっぜんバレてないから」


 話していると、自然と笑いが込み上げてくる。

 実はあたしの用事というのは、ミミちゃんの家に行く事。そしてミミちゃんに、チョコの作り方を教えるのだ!


 ふっふっふー。空ってばいったい、どこをどう勘違いしたんだか。

 ミミちゃんに好きな人がいる? その好きな人ってのはアンタだー!


 この前ミミちゃんに「空くんにチョコをあげたいから、作り方を教えてください」ってお願いされたんだよねえ。


 あたしは二つ返事で、この申し出を了承。ミミちゃんはあたしにとって妹みたいなものだし、反対する理由なんてない。

 むしろ二人とも、早くくっついちゃえ―!


 ああ、本当はさっき、空に言ってやりたかった。

 ミミちゃんはアンタにチョコをあげようとしている。両想いなんだって。


 電話の向こうにいるミミちゃんにも、さっきまで空が頑張ってチョコを作っていたことを、教えてあげたい。


 もちろんそんな野暮なことはしないけどさ。明日チョコを渡した時、二人がどんな反応をするか楽しみだ。

 ふふっ。ふふふふふ~♪


『風香さん、何だか笑ってません?』

「ふふっ、何でもない何でもない。それじゃあ今から行くから、頑張って美味しいチョコ作ろうね」

『はいっ!』


 元気のいい返事を聞いてから、電話を切って部屋を出る。

 玄関に向かう途中リビングを横切ると、部屋の中央にあるテーブルでは、空が包装紙とリボンを手に、チョコの入った箱と格闘していた。


 けどどうやら、包装紙の切る大きさを間違えたみたいで、面積が僅かに足りてない。

 リボンも綺麗に結べるか心配だし、この調子じゃ完成まで、時間がかかりそう。


 だけど空の事だ。さっきのチョコと同じで、どれだけ時間が掛かっても自分でやろうとするだろう。


「がんばれ、空。がんばれ、男の子」


 あたしは空に聞こえないくらいの小さな声でエールを送って、部屋を後にした。



 バレンタインには大好きな気持ちを、ちゃんと伝えられますように。

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弟と逆チョコ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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