第8話 告白
ひと月あまり経過したころ、飯田警部が事務所を訪れ事件解決のお礼にと言い、全容を教えてくれた。
主犯の弥井田純加は外科医を務める傍ら、移植用の臓器を長期保存するための研究をしていた。数時間から数日程度であったものを数ヶ月から数年に延ばすのが目的。厚生労働省の当時の課長と深い仲になり、支援金の支給を寝物語に頼むとあっさり認めらた。見返りに数百万円を渡した。
そしてある時臓器を過冷却法により活動を停止した後、独自製造の『アナキシサレン』という液体に浸しておくことで目的を達成できる事を確認した。さらに過冷却法でヒトそのものの生命活動を停止させ、その液体で仮死状態にしたまま保存できる、と考えるようになり実験を繰り返しやがて成功する。その実験台となって亡くなった人は10人を下らない。
それにより適合性の問題さえ解決出来れば、新鮮な臓器を速やかに移植できるようになった。
しかし、問題はすべて解決した訳ではなく、じっと待っていても移植希望者は現れないし、仮死状態にする対象者もいない。
そこで闇サイトを配下の人間に開設させ、高額な移植費用を払える人間を探す一方で、自殺希望者を募って仮死状態にし保存しておこうという流れに至った。
やってみると移植希望者がそれ程多くない一方で自殺希望者が余りに多いので、血液型が輻輳したドナーの中から若い女性を選んで、海外の人身売買組織に高額で売り付ける事を思いついた。危ない橋も渡ったが、そういう組織を探り当て取引を続けてきた。少女らを仮死状態で空輸する場合、品目を医療機器とすると無検査で通れた。
ドナーとなった人は移植直後に殺害、あるいは解剖練習の材料として若い医師に預けられ、その後医療廃棄物として正規のルートで焼却処分された。
女子高生が消えたトリックは、例のストレッチャーは二重底になっていて蓋をして毛布を端から垂らすように掛ければ目立たない。そして自分の病院の地下にある隠しエレベーターで10階の手術室に運び、そこで仮死処置のあと保管庫で保存していた。
そんな風に弥井田純加が吐いたそうだ。
警視庁はその売買組織の担当医師に仮死から蘇生させる技術を伝えたとの証言を得、その医師を切口にしシンガポール警察にも協力を仰ぎ少女達を捜索している。病院のリストと家出人捜索願などから顔写真のほかDNAなど個人の情報も掴んでいるので、売られた100人を超える少女を遠からず発見できるだろう。
しかし、人身売買組織については、その医師以外全く分かっておらず捜査は難しいだろう、というのが捜査本部の考えのようだ。
患者とドナーの情報は全てパソコン内に保存されていて、全ての地域警察に提供された。ドナーの家族に事実を伝える一方で、患者にも事実を伝え結果的に健康な人を犠牲にして今生きていることを知らせ、場合によてはドナー遺族に会わせることも考えているようだ。患者に刑事責任は問えないようだ。
移植を待つ10名ほどの患者には、事情を説明した。皆、驚愕と共に失望を顔に滲ませ涙をみせていた。それぞれ正規の病院で移植を待つ様説得した。
最後に飯田警部は、こんな惨い悲惨な事件は経験がない。犯人らを撃ち殺したい心境だと顔を曇らせていた。そして金森刑事が、心遣い感謝しています、命の恩人ですとお礼を述べていたと伝えてくれた。
事件を忘れかけた頃、柚葉ちゃんと絵梨花ちゃんのご両親が事務所に挨拶に来た。
一心は席をすすめ全員を集合させた。
柚葉ちゃんはまだ気持ちが不安定で外出は出来ないそうだ。本気で自殺を考えていたわけでも無いのに、絵梨花ちゃんの名前と電話番号を使ってしまったことで絵梨花ちゃんを死なせた、と自分を責め悶え苦しみ喘いでいるそうだ。気持ちの整理にはまだまだ時間が必要だと言っていた。
柚葉ちゃんのご両親は深々と頭を下げ、ハンカチで目頭を押さえたまま、子供の考えも聞かずに勝手に良かれとした事が、娘を追い詰めてしまい命の危険に晒してしまった。そのことが絵梨花ちゃんの命を失うという最悪の事態を招いてしまった。本当に申し訳ないことをしてしまった。探偵さんには本当にお世話になった、と思いを語った。
あれからは、食事も一緒にして何でも話してから物事を進めるようにしていると言う。
一方、絵梨花ちゃんのご両親は子供のためにと思った事がこういう結果を招いてしまって本当に可哀想なことをしてしまった、思い返すたびに身が引き裂かれる思いだ、と悲痛な表情を崩さなかった。
帰りしなにお世話になりました絵梨花の捜査費用です、と言って分厚い封筒をテーブルに置いて行った。
*
私は人生で一番、最悪の選択をしてしまった。取り返しがつかない。
警察から移植手術の裏側を知らされた。まさか若く脈々と鼓動している心臓を取り上げ、私の胸に納めるとは信じられない。思いもよらないことだった。
血流を止めるべきは私だ。悔いても身を捩ってもどうしようもない。
妻と幾晩も膝を交え終わりのない後悔を語り合った。
それで四十九日に合わせて絵梨花ちゃん宅を訪れた。死ぬべきはお前だと詰られた。胸倉を掴まれた。謝罪のしようがなかった。ご両親の涙が強烈に私に詰め寄ってくる。ご両親の顔を正視出来なかった。
ついて行くといった娘の沙希が、ごめんなさい、手術後父の左頬に絵梨花ちゃんと同じエクボが出来たんです。絵梨花ちゃんは父の中で生きているんです。絵梨花ちゃんの様子は自分が報告に来ます。きっと大事にさせます。父を許してください、と声を震わせながら身体を二つに折って謝罪してくれた。
しかしご両親の厳しい眼差しは変わらなかった。
それでも仏前で合掌することだけは赦してくれた。常に自分の中に絵梨花ちゃんが呼吸していることを肝に命じて大事にする。と約束してきた。お花を手向けたほか、香料とは別に失礼とは思ったが手紙を添えて手術代ほどの小切手を供えてきた。
その後柚葉ちゃん宅を訪れた。玄関に入り一本柳と名乗ると、2階から柚葉ちゃんがダダダッと駆け降りてきて、いきなり拳を私の顔に向けて飛ばしてきた。私は目を閉じ歯を食いしばった。刹那、呻く声に薄目を開けると、大きな瞳から大粒の涙をぼとぼと落としながら、卑怯者!絵梨花とおんなじエクボ見せられたら殴れないじゃないかっ!響き渡る悲しい叫びを残して柚葉ちゃんが駆け上がってゆく。瞬時、娘が後を追う。
固唾を呑んで見守った。二階は時計の針音が聞こえるほど静かなまま、時が刻まれて行く。声を掛けようと踏み出すと、奥さんが両手を広げ、こんなに長い時間話をするのは事件後初めてなんです。柚葉のために待ってください、と止められた。
それから二時間ほどして一緒に降りてきた。
そして私の右頬は身体がドアに激しくぶつかるほど殴られた。
「おじさん生きてね!絵梨花がおじさんの中で生きてるんだから絶対早死にしないでね!」そう涙の中で叫びまた駆け上がって行った。
後から話を聞くと、娘が写真見たら絵梨花ちゃんの左頬にエクボがあったから、右頬殴ってと話し、学校休みの時は自分が絵梨花ちゃんの様子を話にくるからとも言ったそうだ。それ以外は秘密だそうだ。
私には、娘の姿が自分より大きく、大きく滲んで見えた。
私も妻も闇サイトが如何に無節操な、人の道を外れたものなのかを思い知らされた。生命は自分のものであっても、神の意志に従わなければいけないのだ。
絵梨花ちゃんに負担をかけなよう、そして子供達の将来を楽しみに生きていこう、そう心に誓った。
終わり
希死念慮者殺人事件 きよのしひろ @sino19530509
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