じぬしじぬされ生きるのさ 7
若地主、クソ野郎、藍沢の三人は声のした方へと走った。
「きっとここを曲がった先のコンビニの辺りだよ!」
クソ野郎の言う通り角を曲がった先には若地主達と同じ利根部高校の制服を着た女子生徒二人と他校の生徒らしい柄の悪い男子生徒がいた。
「暇ならいいじゃねえかよ。俺と遊んでくれよ。」
柄の悪い他校の生徒は、いやがる女子生徒の手首を掴み無理矢理どこかに連れていこうとしている。
「やめてください。暇じゃないんで。」
腕を捕まれている女子生徒は声を震わせながら抵抗している。
「じぬしっ!」
若地主は思わず地主語でやめろと叫んでいた。多少の正義感から出た行動というのもあったが、なにより絡まれてる女子生徒が、小倉花音だったからだ。
「何だ?お前文句あんのか?」
柄の悪い他校の生徒は若地主に視線を移し凄んできた。
「じぬし。」
若地主はどうにかかっこいいところを見せようと精一杯落ち着いた様子で返した。
「てめぇ、いい度胸してんな。」
柄の悪い他校の生徒が若地主に近づいてきた。
「若、大丈夫?謝ろうよ。」
クソ野郎が若地主を制そうと手をかけようとしたが、藍沢に止められた。
「優太くん。大丈夫だ。若はまだ『じぬし』としか言ってないよ。」
それがどうしたとクソ野郎は思ったが、藍沢が大丈夫だと言うなら大丈夫なんだろうと思った。いつも藍沢の言うことには謎の安心感があるからだ。
「藍沢さんがそう言うなら大丈夫だろうけど、あの柄の悪い他校の生徒の学校ってこの辺で一番の悪の巣窟って有名な高校ですよ。」
クソ野郎の言うようにこの柄の悪い他校の生徒が通っている高校は『利根部工業高校』と言って素行の悪さで近隣に知られている。
知られている極悪エピソードは数多くあるが、中でも有名なのが家庭科事変と呼ばれるものである。
家庭科の授業中、「料理のさしすせそ」で「さの砂糖」で佐藤が返事をするのはお約束だが、利根部工業高校では「さしすせそ」全てで返事をした生徒がいたと言われている。
そのエピソードをクソ野郎から聞いた藍沢は表情一つ変えず、「なるほど。大丈夫だ。若はまだ『じぬし』としか言ってないよ。」 と言った。この台詞が気に入ったようだ。
そのやり取りの間に若地主と柄の悪い他校の生徒の距離は大分近づいていた。腕を伸ばせばお互い届くくらいの距離で向かい合っている。
次の瞬間、柄の悪い他校の生徒が若地主の襟を掴もうと手を伸ばした。
「若!!」
叫ぶクソ野郎。
若地主は柄の悪い他校の生徒の手をよけて、柄の悪い他校の生徒の90度側面へと移動していた。
「若はね、とてもすばしっこいんだよ。普通の人だったら到底追い付けないくらいにね。それに若はまだ『じぬし』としか言ってないよ。」
若地主に避けられた柄の悪い他校の生徒は自棄になって蹴りやらパンチやらを目茶苦茶に繰り出している。しかし若地主の足捌きに全く触れることができない。
「藍沢さん、いくら若が素早くて触れられないにしても攻撃手段がなければ相手に勝つことはできないんじゃないですか?」
「優太くんは地主家に伝わる地主拳法を知っているかい?」
「地主拳法?」クソ野郎が首をかしげる。
「地主家の分家に暗殺を請け負う一族が昔いてね。今は廃れたとは聞いているけどその一族に代々伝わる暗殺拳法さ。若にはその素質があるということで幼い頃からやっているんだよ。」
「暗殺拳法って?そんな物騒なもの普通の高校生相手に使ったらヤバイんじゃないの?」
藍沢の話に焦った様子のクソ野郎に対し、藍沢の表情には余裕がある。
「大丈夫さ、本家の地主拳法がピストルなら、若が使う地主拳法はゴム鉄砲みたいなもんだからさ、二人を見てごらん。若はもう地主拳法で攻撃しているよ。」
藍沢と話ながらも若地主と柄の悪い他校の生徒の戦いを見ていたクソ野郎には若地主が攻撃しているのはわからなかった。
「若と柄の悪い他校の生徒がすれ違う瞬間に注意して見てごらんよ。」
クソ野郎は藍沢の言葉を受けて、若地主が柄の悪い他校の生徒の攻撃を避けて後ろに回り込む瞬間に注目してみた。すると、その瞬間は柄の悪い他校の生徒と若地主の顔が異様に近いことに気づいた。それと同時に柄の悪い他校の生徒の顔が不快そうに歪んでいた。
「優太くん、わかったかい?地主拳法の主な攻撃手段は舌なんだよ。」
「舌!?ってことは柄の悪い他校の生徒の顔をなめてるってこと?」
よく見てみると柄の悪い他校の生徒のこめかみ辺りがヌメヌメしているのが見えた。
「地主家の人たちって地主語で会話するだろう。『じぬし』って三文字だけでいろんなニュアンスを持たせるために舌の筋肉が常人の何倍も発達しているんだよ。その舌を使っての攻撃って訳だ。地主拳法の本家の使い手は舌一本を支えに倒立したまま腕立て伏せのよう上下運動までできたらしい。しかも百キロの重石を背負っていたとまで言われている。故に本家の地主拳法は頭蓋骨を貫通して脳を破壊していたんだ。
まあ、若は舌での倒立はまだまだできないし、こめかみに食らってもちょっと生ぬるいなにかに押し込まれた感覚しかないでしょう。」
藍沢の説明を聞いていたクソ野郎が改めて若地主たちの攻防にめを向けると、若地主は柄の悪い他校の生徒を後ろから羽交い締めにして脚まで絡め動きを止めながら、こめかみを舐め続けていた。柄の悪い他校の生徒は泣いていた。
「優太くん、そろそろ止めてあげて。」
「はい。」
藍沢に言われクソ野郎が若地主を止めにはいる。
「若、もういいでしょう。泣いてますし。」
クソ野郎に言われ、若地主は柄の悪い他校の生徒から離れた。
「泣いてねえし!泣いてねえし!」
そう言いながら柄の悪い他校の生徒は逃げていった。
「じぬし。」
「優太くん、若はまだ『じぬし』としか言ってないよ。」
どうやら藍沢はだいぶ気に入ったようだ。
柄の悪い他校の生徒を撃退した若地主は誇らしそうな顔をしている。
「あの…、ありがとうございました。」
声のした方に顔を向けると、小倉花音と友達が立っていた。
「助けてもらってすごく助かりました。それじゃあ。」
小倉花音はそれだけ言うと少し駆け足で去って行った。
「若、かわいい子ですね。いいとこ見せられたんじゃないですか?」
「じ、じぬしぃ。」
藍沢の言葉に照れ臭そうな若地主。それを見ながらクソ野郎は複雑な気持ちだった。若地主が地主拳法で戦ってる間、小倉花音は確実にひいていたのをクソ野郎は見ていたのだ。
「優太くん、どうした?浮かない顔してないか?」
藍沢に声をかけられクソ野郎は少し焦った。小倉花音がひいていたなんて言える訳がない。
「じぬしぃ?」
若地主までキョトンとした顔でクソ野郎を見ている。
「いやぁ、この場所に着いてから若地主は『じぬし』しか言ってないなと思ってさ。」
クソ野郎が苦し紛れそう言うと、藍沢と若地主は顔を見合わせしばらくしてから藍沢が頷いた。
「必死だったから地主語が出ちゃってたみたい。」
若地主はそう言うと舌を出して固めを瞑り右手でげんこつをつくって自分の頭を叩くポーズを取った。
クソ野郎にはそんな若地主を見て一生友達でいようと決めた。
地主物語 JAZZ坊主 @temamon
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