凍てつく北の大地の魔女皇女〔男の娘〕【イザーヤ・ペンライト】は超科学を操る
楠本恵士
第一章・凍てつく大地は動かない
第1話・床冬の大地に芽吹いてしまった小さな疑問
北方地域──イザーヤ皇族が統治を任された領国。
皇女『イザーヤ・ペンライト』は、なに不自由の無い裕福な皇族の一人として育てられた。
このまま何も見ず、何も聞かず、何も語らず、何も知らずに人生を過ごせばずっと安泰した人生が送れるはずだった……そう、あの日の一人の平民との出会いがなければ。
十九歳になったばかりの、イザーヤ・ペンライトはその晩も、家族の夕食中の談話を黙って聞きなが食事をしていた。
「それで、その平民はどうなったのですか? お父さまプー」
ペンライトの妹のイザーヤ・トワイライトは、北方茶を飲みながら父親のイザーヤ・ハイライトに訊ねた。
イザーヤ・ハイライトが静かな口調で答える。
「石作りの道に額の皮がめくれるほど、何回も土下座で擦り付けて、デス家に命乞いをしていたワン」
ペンライトの母親の、イザーヤ・ムーンライトが「おやおや」といった顔で北方の焼き菓子を、切り分けて口に運んで言った。
「知らなかったとはいえ、その平民はデス家の顔に泥を塗ったのですから……家族ともども、処刑されて当然ですわニャン」
ペンライトの兄の、イザーヤ・サテライトが「モー」と鳴く。
「プー」
「ワン」
「ニャー」
「モー」
北方の貴族階級は、占星術で災いを避ける
椅子から立ち上がったペンライトが小声で、家族に言った。
「ごちそうさま……ペン」
いつも物静かなイザーヤ・ペンライトが、席を立っても家族の誰も気にしていない。
ペンライトは、そのまま大浴場へと向かった。
源泉かけ流しの少し熱目の大浴場──片手に盾を持った、北方女神の石像が肩に抱えた壺から流れ出る源泉に。
水風呂から雪解け冷水を加えて、ちょうどいい湯加減にして入浴するか。
湯気の熱気を集めて蒸し風呂のサウナ状態になった、浴室の場で汗を流してから水風呂に入るのが北方地域貴族の、一般的な入浴だった。
冷水で温度を下げた、中型の湯船に浸かっていたペンライトに、着替えを持ってきたメイドが声をかける。
「ペンライトさま、お着替えはどこに置いておきましょうか?」
「そこの、湿気が少ない棚に置いておいて……自分で着替えるからペン」
湯気の中で顔を上げるメイド……
ペンライト専属のメイド……『ラブラド2号』が言った。
「今夜は特別暖かい夜です……氷点下二十度しかありません、タオルも浴室内なら。まだ凍りつかないので、早めにお体をお拭きします……お湯から上がってください」
ラブラド2号に促されて、ペンライトはお湯の中から立ち上がる。
湯気の中に現れる、均整がとれた裸身……平らな胸、視線を下半身に移動させれば、そこに男のシンボルがあった。
皇女イザーヤ・ペンライトは【男】の皇女だった。
イザーヤ家では、あるしきたりがあった。
それは、男児の一人を皇女として育てるコトという伝統だった。
お湯から出た、ペンライトの体を拭きながら、ラブラド2号は会話する。
「本当にペンライトさまには感謝しています、雪の降り積もる日に……お屋敷の外壁に座り込んで震えていた、あたしを暖かい屋敷の中に入れていただいた上に。
一つ目種で北方地域では、忌みされているラブラド種のあたしをお側に置いていただいて」
「雪の中で震えている、あなたを見捨てられなかったからペン……それに、あなたにはわたくしが名付けた『スターライト』という名前がありますペン。
それを名乗ってくださいペン……名前が無ければ北方地域では。いろいろと不都合も生じますペン」
「ありがとうございます、頂いたお名前大切に使わせていただきます」
スターライトから、寝服を着せてもらいながらペンライトは、あるコトを考えていた。
以前、町に雪ドラゴン馬が引く馬車に乗って出掛けた時に、馬車の中から見た光景……道で片足が不自由な初老男性をムチ打つ、デス家の税金徴収人。
聞こえてきたムチ打たれている男と、徴収人のやり取りで足を負傷してしまい仕事ができなくなった男が税金を払えなくなったコトを、必死に詫びているのだとペンライトは知った。
ムチ打ちされている男が、傷ついた片足をかばいながら言った。
「この足が治りましたら、免除して頂いている分の生存税は必ず」
見下した口調で、足が不自由な男をムチ打つ税金徴収人。
「ほうっ、それはいつの話しだ……明日か、明後日か! オレはデス家の当主『デス・ウィズ女王』さまの代理徴収人だぞ! そのオレの言葉は女王さまの言葉だ! 生存税が払えねぇヤツは、死んで身内に死亡税を払わせろ!」
王族のデス家に支配されている領域の地では、生きているだけで税を払い続ける、生存税や親族が死んだ者に代わって数年に渡って払い続ける死亡税などの、すべての税金は貴族や皇族は全額永久免除され。
デス家に対する年間の忠誠税だけを払っていれば、デス家からの保護を受けられ一生安泰した生活が送れた。
苦しむのは平民ばかりだった。
走ってきて、ムチ打たれている男をかばう、十九歳前後の娘の姿があった。
泣きながら徴収人に哀願する若い娘。
「これ以上、父をムチ打つのをお止めください! あたしの、この体を女王さまの素体として捧げ提供しますから! 父の生存税と生活税の終生免除を!」
デス家の支配されている領域地域では、若い娘がその肉体を【デス・ウィズ女王の影武者体】として提供すれば、平民が生涯を通して支払う過酷な税金を数種類……終生免除できるシステムが確立されている。
徴収人の男が言った。
「いいだろう、オレと一緒に来い。その体をデス・ウィズ女王に捧げるのなら、おまえが言った税金の免除も考えてやる」
娘が連れていかれ、残された父親は泣き崩れた。
(確かに……何も見ず、何も聞かず、何も語らず、何も知らずに過ごせば、安泰した皇族の生活がずっと続くペン……でも)
馬車が動き出し、ペンライトは屋敷にもどった。
回想から現実にもどってきたペンライトは、湯冷めをする前に自分の寝室で朝まで熟睡した。
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