1-16 貯蔵庫

急ぎパリへと引き返し、いつ何時あの黒き娘に遭遇しても構わぬよう、準備を整えた。 シャルトルで得た情報は思いの外安値を付けられてしまったが、これしきの事で心折れていては、姉上に申し訳が立たぬ。


発掘現場では既に、余が行方をくらませたことで一騒動あったらしい。陽は高いにもかかわらず、作業に従事する者は一人としておらず、資材や道具なども粗方持ち去られていたことから考えるに、どうやら中止となったようである。


こちらとしては、犠牲者が増える可能性を断つことが出来たのは俺倖である。遺跡の情報は、店を通じてすでに出回っており、余の思惑を知らずこの地を訪れる他の魔術師がいるやもしれぬため、余にとっては陽が落ちるのを待つ時間すら惜しまれる。

余の無事を祈る家族のためにも、早々に屍食鬼どもの生態を調べ上げ、六本島へと至る道 を探し出さねば。


しばらくぶりに潜る洞窟内には、相も変わらず屍食鬼どもが悪臭を放ちながら、うろうろ と歩き回っていた。なかでもとりわけ腹を空かせているらしき屍食鬼の後をつければ、行きつく先は予想が出来る。そのものが腹を下しているのでないならば、おそらくは貴殿も 貯蔵庫らしき房室を見つけることができるであろう。


広さはなかなかのもので、地方領主の抱える七、八頭用の馬房ほどはある。しかし、処狭しと食料がむき出しのままに積み重ねられ、手前の積み荷が邪魔をして、よほどの努力をせぬ限り奥へは手が届かない。手前の果実すら既に干からび始めていることを鑑みれば、 奥から漂う甘ったるい腐臭の原因は想像に難くないだろう。それでも腹をすかせた屍食鬼は、選り好みするかのように全体を眺め、気に入ったらしき最も手前に転がる乾いた林檎を取り上げ、旨そうに齧りながら房室を後にした。


余の手が届く限りを調べてみたが、この室内には肉の類は一つとして無く、殆どが乾燥し た草、干からびた果実、甕一杯に入った濃緑色の液体などである。甕の液体には思い当た る品も無く、嗅ぎ慣れぬ青い匂いを鼻が拒絶したため、味を見ることはせず、小瓶に少々失敬した。


のちに店にて問うたところ、天日で乾かせば粒の大きな濃緑色の結晶が取れ、細かくなるまで乳鉢で描れば、飲み下すことで腑の力を強め、木皮や小枝、果ては石などの食うに値 せぬものをも食らい、腹を満たすことができるようになるという。これは北方の魔女によく知られる魔術の産物であり、狩りにも出られぬ冬の間に、痩せた土地に住む魔女たちがよく用いるものであるそうだ。


その原料は、ここフランスよりも遥か南方にある乾いた土地に住み着く、蝗と呼ばれる地に這う虫の類である。この虫は強靭な後ろ足を使い高く飛び上がるのが特徴だが、主な餌となる草葉が気候の変動や何らかの理由によって土地から失われた際、普段は緑色をした体色を枯色へと変化させ、目や筋を赤く血走らせながら空を埋め尽くすほどの大群を率いて飛び回る。この群れが通った道は、草花どころか家の屋根に用いられる萱や、衣 服すら一筋残さず食べ尽くされ、土地に住むものはその地を去ることを余儀なくされる。


歴女たちは、枯れ色に染まるこの虫を捕らえて擂り潰し、数種の霊薬と混ぜることでこの濃緑色の液体を作るという。土地の豊穣を祈る魔女は、地の恵みが常に齎されるもので ないことを知り抜いており、こうした知恵を貴ぶ。だが、この結晶の力をもって食を補ったとしても、得られる栄養は極々僅かであり、長く生きるにはまったく足りぬため、望んで手を付けることはまずもってない。


貯蔵庫の隅には他にも、椎や山毛欅の木などでよく見かける芋虫が湧いており、屍食鬼ど もが捕らえてきたのかと考えたが、よく見れば団栗の殻を内から食い破り、そこらに転がる既に腐土と化した食物を食らうために出てきたようである。


以前の知見からして、これ らの虫もまた、屍食鬼どもの腹の内に納まるのであろう。このような地下にも、小さな生態系が生まれていたことは、なかなか面白い発見である。


やはり屍食鬼どもは、肉を珍重する傾向にあると思慮する。このような手合いだからこそ、貯め込むことすら惜しむほどに、獲物をすぐさま食らい尽くしてしまうのであろう。 牛豚や鳥は食うのであろうか。時と場所が許すならば、いずれ試してみたいものである。


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屍食教典儀 Cultes des Goules ガンダルフ @Gandalf925

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