第5話 依頼完了
郵便事務所から、リシアへ電話をかけるとすぐに彼女は息を切らせてやって来た。
「見つかったって、本当ですか!?」
「ああ。これで間違いねえな?」
ケインが整えた遺体をリシアに見せる。
「ええ、ええ! そうです。父です。ああ、よかった。本当にありがとうございます! こんなに早く見つけてくれるだなんて、優秀なんですね!」
「おう。俺たちはこのアンテルシア1の死体泥棒だからな!」
「死体怪盗です。泥棒では姑息な感じがしますからね。怪盗だと優雅です」
「ったく、ケインは変なこだわりばかりあって困るぜ。あんたもそう思うだろ?」
いきなり水を向けられてもリシアは困ってしまうので、曖昧に笑うだけにとどめた。
それとどうとるかはジェイクとケイン次第だ。
「ほら見ろ、リシアだって、そうだって言ってるぜ」
「いいえ、彼女はあいまいに笑っただけだけです。自分に言いように取らないてください」
「何も言ってねえんだから、良いようにとるのが普通だろうが」
「それだから、貴方はいつまで経っても!」
「あーあー、聞こえねえなー!」
まるで子供の言い争いである。
これで優秀な死体怪盗なのだから、リシアは笑ってしまう。
彼女の笑い声でバツが悪くなったふたりは、言い争いをやめてしまう。
こう他人に気軽なやり取りをみせるというのは無神経なジェイクであっても恥ずかしいものなのだ。
「では、依頼料のお支払いをお願いできますか。今回の事件ですが、色々ありましたので、これくらいになります」
それは家がひとつ建つ程度の金額であった。
情報屋に支払う分もそうであるが、今回は怪物との戦いもあった。
早々あることではないが、あったことは事実である。
それが依頼達成に必要不可欠な戦いになったのならば、それは依頼料に含めるというのがケインの考えであった。
そして、怪物との戦いは得てして高い金額になってしまう。
幻想が駆逐されたアンテルシアでは、怪物はあり得ない存在のひとつだ。
ありえないものと戦ったのだから、その金額もありえないものになる。
「え、ええと、多いですね……」
「はい。色々とありましたので」
多少値引きできないだろうかというリシアの意図はケインによってばっさりである。
蒸気甲冑の中にいるために表情の読めないケインは、その姿のせいでかなり圧力が高い。
そこに助け舟を出してやるのがジェイクだった。
綺麗なお嬢さんであるところのリシアと少しでもお近づきになろうという魂胆が見え透いている。
「おいおい、流石に高すぎだろ。こんなお嬢さんなんだし、少しくらい負けてやっても」
リシアにはジェイクが救世主に見えたことであろう。
しかし、ケインが改心の一言を放つ。
「煙草が吸えなくなりますよ」
「さあ、支払ってもらおうか」
「え、えぇ……」
神速の掌返しである。
ジェイクにとっては美女とお近づきになるよりも、煙草の方が大事なのだ。
リシアは意を決したようにおずおずと話し始める。
「あの、えっとうちあまり裕福じゃなくて……」
父親が死んだばかりだ。
働き手がいなくなって収入は低い。
いくらアンテルシアが女性の社会進出が進んでいる時代であるといっても、リシアひとりでこの依頼料を払うのには無理がある。
「はい」
「だから、今すぐには支払えないかなと……あ、いえ、支払う気はあるんです!」
「それで?」
「うぅ……」
ケインの圧力がとても強い。
ケインとしてもこのように圧力をかけるつもりはないのだが、依頼料をとれなければ税金やら家賃やらで大変な思いをすることになるのだ。
ジェイクがジェイクであるから、自分がしっかりしなくてはと思っている。
「わ、わかりました」
何かを決意したようにリシアが言った。
「それならここで働いて返します!」
「お、いいねえ!」
ジェイクとしては願ったりかなったりである。
相棒の男と事務所にふたり。
普段から蒸気甲冑に入っているおかげで花がない。
そんな中にリシアという清涼剤が入ってくるのは大いに大歓迎であった。
「駄目です!」
それを慌ててケインが止める。
まさかこのような展開になるとは思ってもいなかったので慌てている。
「なぜですか? すぐにお支払いできないのであれば、身体で返すのが1番です。ここで働かせてくれれば、逃げる心配もないと思います」
「駄目なものは駄目です!」
「おいおい、どうしたよ。別に良いだろ? 普段から事務員とかほしいと言ってたじゃねえか」
「あれは、貴方がまったく仕事をしないからでしょう!」
「なおさらちょうどいいじゃねえか」
「はい。私、ジェイクさんの分も働きます! その分、お給料あげてくれると嬉しいです!」
「よっしゃ、決まりだな!」
どうしてこうなったとケインが蒸気甲冑の中で天を仰ぐ。
提示した金額を払えないことはケインとてわかっていた。
だから借金として、返済計画をこれから話すつもりだったのだ。
何なら実入りの良い仕事も紹介しようと思っていた。
それが、どうして事務所で働くことになっているのだ。
「これは、悪い夢ですか……?」
「現実だぞ」
「あああああ。もう! どうして貴方は勝手に決めるんですか!」
「良いじゃねえか。可愛い子だし、事務所が華やぐ。女嫌いか?」
「私の聖域に侵入してくる女は嫌いに決まってるじゃないですか! あああもう!」
ケインが何を言っているのかいまいちわかっていないジェイクは、首をかしげるばかりだ。
「これからよろしくお願いしますね!」
そんな中リシアだけが、満面の笑みを浮かべているのであった――。
蒸気怪盗デッドマン 梶倉テイク @takekiguouren
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