第4話 死体発見
ミッドガンド地区からホールマルズは遠く、車以外に通れない高架道路を通る必要があるため移動は車だ。
灰色の蒸気自動車――ルパーチェに乗り、高速高架道路を行く。
快調なエンジン音はよく整備された証拠だ。
排煙も少ない日和ならば気分もよくなると言ったところ。
高架へと上がり、快調にルパーチェを走らせるのはケインだ。
蒸気甲冑の巨体を運転席に押し込め、器用に運転している。
後ろに備え付けた特別席でジェイクは流れゆく景色を見ている。
排煙がそこかしこから上がるアンテルシアの姿。
機関工場が立ち並ぶ地区があれば、石造りの閑静な住宅街もある。街を分かつ壁の先すらも見通せる。
そこにあるのは貴族の街。
小綺麗でこざっぱりとした街区は縁遠すぎてそこにいる奴らがどんな生活をしているかなんぞジェイクには想像すらできない。
それより煙草が吸いたくなってきた。
「一服したいねぇ」
「禁煙です」
「良いじゃねえの、このスピードならお前のところにはいかねえだろ」
「後ろの方のところに行きます」
背後を見れば、ちょっと遠くに車が走っている程度で、空いている。
「……はぁ」
相棒の嫌煙っぷりには困ったものだ。
蒸気甲冑を着こんでいるのだから良いじゃないかともジェイクは思う。
「やれやれ」
煙草を放り捨てる。
同時に3つの事が起きた。
「ジェイク!」
まず爆裂。
高架を支える支柱が爆ぜ折れた。
次に、破断。
支柱が失われたことにより高架道路は自重により割れ、裂ける。
そして、崩落。
すべてが重力の鎖につかまり、地面へと落下を開始する。
「なんだ!?」
それは、ケインの判断で急ブレーキし直前に止まったジェイクらもだった。
二次崩落が発生し、すべてが落下する。
地面まで数秒。
高架道路は地上数数十メートル。
何もせずに落ちれば命はない。
「飛び降りてください!」
ふたりは、ドアを蹴破り空中へと脱出する。
死を前にした人間が陥る超スロー時間。
病的な加速を感じながらも、時間だけがゆっくりと流れていた。
ただ全身に強い風が吹き付けて、吹き抜けて一気に景色が過ぎ去っていく。
落下加速と共に身体が重力の鎖に引かれるまま、下へ。
瞬く間の間に線となって後方へ流れていくのが見える。
それは色の洪水だった。
刹那の間に、色の洪水は激しさを増していく。
その最中、一瞬の判断で、ケインの腕が飛翔する。
蒸気甲冑に仕込まれた機能だ。
飛翔した腕がビルの外壁を掴み取ると同時に、片手は落下するジェイクを掴む。
「何だってんだ」
「国家に向けたテロルでしょうか、あるいは怪人の仕業かも知れませんが、どちらにせよ赦せません。大勢の無辜の民を殺めるなど!」
「言っても仕方ねえ、とりあえず――」
地面にさっさと降りようと言おうとして。どこからか助けを求める声をジェイクの耳は捉えた。
「たすけて――」
「ケイン!」
それを聞いてしまえばジェイクは動かざるを得ない。ばあちゃんとの約束なのだ。
咄嗟にケインの名を呼ぶ。
「わかってます。投げますよ!」
ケインの集音器は正確に声の出所を捉えている。
少女が瓦礫とともに落下してきている。
相棒の意図などケインは、よくわかる。
蒸気甲冑が唸りをあげ蒸気を吐き出し、ケインはジェイクを投擲した。
瓦礫の間を縫う完璧な投擲。
ジェイクの身体は少女を抱きかかえると同時に、背後の瓦礫へと突っ込む。
痛みを悪態で吐きだす。
「ぐおぉ。くそ、やるんじゃなかった! ケイン! 着地任せた」
ここから先は相棒に任せる。
「もちろんです」
ジェイクの後に、彼の下へ向かっていたケインは少女を抱えたジェイクを右腕で掴むと、左腕はまだ残っている高架へと向ける。
伸びた左腕が高架を掴むと同時に、落下の慣性が和らぎ、振り子のように何度か往復して止まる。
「降ります」
ゆっくりと地面へと降りる。
「大丈夫か、お嬢ちゃん」
「う、うん……」
「よし、ここから離れるんだ。すぐにな」
「おじちゃん、たちは……?」
「まだ、お兄さんだっての。良いから急げ」
ジェイクは、少女を遠ざける。
「……どうやら、怪人みたいだぞ」
轟音をあげて落下する瓦礫により発生した砂煙の中に、異形の影がある。
数多の腕、数多の足、およそ数十人分の人体をツギハギしたかのようなナニカがそこにいた。
どうやら、高架を破壊したのはこいつらしい。
「見てください、あの怪物の頭部」
「リシアの父ちゃんか」
怪物の頭部にはリシアの父親が設置されていた。
どうやら怪物の素材に使われていたようだ。
その死体は、全てが生きているようで連動して巨体を動かしていた。
「ったく、何なんだよ、あれ」
「まさしく動く死体の怪物ですね」
「ったく、何が幻想は駆逐されただ!」
シャーロック・ホームズが提唱する現実論がまったくもって機能していないあたり、本当は無能なのではないかとジェイクは悪態のひとつもつきたくなる。
「ともかく、依頼を遂行しましょう」
「おうんじゃ、行くぜ――」
ガチリと音がなる。
握りこんだ拳から鳴り響く音。
右拳の駆動音。
皮膚外装が内熱によって剥げて、鋼鉄が姿を現す。
鋼鉄の右腕。高度拡張された蒸気義手。
彼の牙。
この時代、義手などいくらでもいる。
工場では日夜怪我人が出ている。
だから、需要はいくらでもあり、いくらでも発展する。
そう珍しいものでもない。
それでも彼が右腕につけているもの、これはその中でもさらに特殊なものだった。
彼の炉心に耐えられるように作られている。
燃えるように赤熱するのは炉心からの熱量が異常な数値であるが故。
燃える拳はあらゆるものを砕く。
「はぁぁぁ」
ジェイクが息を吐けば、さながら蒸気のように白煙が吐き出される。
バチバチと熱が爆ぜる音と主に、肉の焼けるような臭いが立ち込める。
彼の心臓である炉心の放つ熱量に、ジェイクの自身の身体がついていっていないのである。
「ケイン」
「わかっています」
ガシンと蒸気甲冑が開く。
中から女と見まがうほどの容貌のケインが出てくる。
その瞬間、周囲が凍り付く。
「ふぅ」
吐き出した息は白い。
氷の微笑を浮かべたケインは、そっとジェイクの肩へと触れる。
轟音とともに水蒸気が発生する。
大熱量と大冷気がぶつかり合ったかのような現象。
『GRAAAAAAAAAA――!』
その現象に怪物が吼える。
ふたりを敵であると認識したようだ。
「んじゃ、取り戻しに行こうぜ」
「ええ、ふたりでなら無敵です」
赤熱する右腕が唸りをあげる。
バーニング・フィスト――熱拳が死体の怪物へと放たれる。
それは紛れもなく太陽にすら近しいエネルギー量。
遥か蒼穹で輝く熱天体そのもののエネルギーが腕へと宿っている。
その一撃は、容易く怪物同士の結合を破壊する。
まるでその存在そのものが持っている幻想を駆逐するかの如き所業。
『GAAAAAAAAAAAAA――!!??』
怪物が悲鳴を上げている。
初めて感じる痛みに――そもそも死体に痛みがあるのかすらわからないが――のたうち回るように悲鳴を上げている。
「おら、もう一発行くぞ」
ジェイクの心臓が鼓動を結ぶたびに、熱拳が唸りをあげて灼熱が押し寄せる。
それは自分自身すら焼くほどであるが、ケインがいる限りジェイクの身体が焼けることはない。
相棒が彼の熱を冷ます。
「ぶちかましてください、ジェイク!」
「おう!」
走り込み、必殺の拳を死体へと叩き込む。
何一つ反撃すら許さない。
「死体は死体に帰れ。そして、俺たちに掘り返されるのを待ってるんだな!」
爆煙が天へ上ると同時に、死体の怪物はバラバラになって動かなくなった。
「ふぅ……」
完全に敵が倒れたのを確認し、ジェイクは息を吐く。
「はあはあ……くっそ相変わらずきっついな」
「ジェイク、早くこちらへ」
「おう」
ケインのところに戻れば、熱を持った身体を覚ましてくれる。
「おまえがいてくれて幸いだわ。あー、涼しい」
「だったらもっと感謝してください」
「感謝してるっての。さあ、死体を持って行ってやろうぜ」
「ええ、そうですね。そろそろヤードも来そうですからね」
面倒なことになるまえにジェイクとケインはさっさとこの場からおさらばすることに決めた。
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