第3話 死体探し
「さて、まずは、あいつのところだな」
「彼女は苦手です」
「アンテルシアで1番の情報屋だぞ。奴以外に盗まれた死体の場所なんてわからねえよ」
「だから、嫌なのですよ」
鞄を肩にかけ、馬車と蒸気自動車が行きかう通りをジェイクとケインは歩く。
通りを行きかうのは煤傘をさした人と、傘をさしていない自動人形だ。
この街もすっかりと自動人形が多くなっていた。
人間のように見えるが、どこかに必ず印判がされた自動人形は今や見ない場所がない。
人がその手で行っていた仕事の多くは自動人形にとってかわられた。
かつては、アンテルシアの労働のほとんどを一手に引き受けていた労働種と呼ばれる亜人たちも路地裏に積み重なっている。
死体もあれば生きているのもいる。
暗がりの中、輝く瞳でこちらを見ている。
奴隷解放運動の弊害だ。
労働種の労働反対、奴隷解放を叫んだ自称慈善団体の活動は、自動人形の発明も合わさり成功した。
多くの労働種たちは、一部の仕事を除き、奴隷的労働から解放された。
もはや鉱山以外では労働種の働く姿を見ることはない。
もし見ることあれば、それは世界の最果て、いまだ、青空が残るとされる大辺境領域か、都市の路地裏だ。
ジェイクとケインに何もできることはない。
その死体を有効活用することはあったとしても、生きている労働種にジェイクたちがしてやれることはないのだ。
せいぜいが、馴染みの露店で買ったサンドイッチを落としてやるくらいだ。
「いらね」
「相変わらずの偽善っぷりですね。私を拾った時と何も変わらない」
「うるせえよ」
ただの偽善、自己満足でしかないが、ジェイクにとってはそれが重要だ。
特にこれから仕事というときほど、煩わしいものは捨てておきたかった。
背後での喜びの声や喧嘩する怒声を聞き流し、他にも物欲しそうな、あるいは、飢えた獣のごとき視線を避けながらジェイクとケインは、突き当りにあるアパルトメントへと入る。
軋む階段を登り、角部屋の扉を3回ノックし、一拍置いてからさらに2回ノックする。
鍵の開く音ともに、寝ぼけ眼に眼鏡を引っ掻けた裸の女が顔を出す。
ぼさぼさの髪で隠しきれない胸は眼福であった。
「んぁ、なぁんだぁ、ジェイクとケインかぁ。ハッロォー」
一部の母音に奇妙なイントネーションを持つ発音をする女であった。
裸を恥じらう様子もなく、ジェイクとケインに挨拶をする。
「相変わらずだな、メアリー」
「少しは恥じらいを持ってください、ミス・シェリー」
「メアリーと呼んでほしいなぁ、ケイン。まぁあぁ、入ってよ、聞きたぁいことあぁるんでしょ」
「ああ」
彼女についてふたりは部屋に入る。パンチカードの山であふれた部屋の中は蒸し暑い。
大小さまざまな蒸気機関が常に稼働し、大型階差機関を動かしている。
それらがこの都市の地下に張り巡らされた龍とすら称される蒸気機関網にアクセスするための違法機関たちである。
「ケイン、紅茶ぁ」
「客に入れさせるのは相変わらずですね」
「私の裸見てるんだぁかぁらぁ、良いでしょう?」
「興味がまったくありません」
「まあ、いいじゃねえか。話をするのに紅茶がなきゃ始まらねえぜ」
「まったく、仕方ありませんね」
ケインが勝手知ったるキッチンで用意をし、紅茶と菓子がそろえば、早速、仕事の話になる。
「うーん、おいしぃ。それで? なぁにがぁ必要なぁのかぁなぁー?」
相変わらず裸の彼女は、大階差機関のひとつに向かったままだ。
どうせいつものことと、ジェイクはパンチカードと書物をかき分け、ソファーへどかりと腰を下ろす。
ケインは、部屋の入口に立って壁に背を預けて、話を進めよとジェイクに促してくる。
ケインはメアリーが苦手であるからジェイクが話をしろということらしい。
「知ってるだろ。リシアという娘の父親の死体を探してる」
「あぁあぁ、知ってる。かぁわぁいい子だぁったぁね」
彼女は、ここを訪れるすべての人間の同行を把握している。
ジェイクが説明するまでもなく、なぜここに来ることになったのかを彼女はきちんと理解しているのだ。
聞いているのは、確認の意味だ。
「いまぁはぁ、別に仕事なぁいかぁらぁ、いいよー。探してあぁげる」
「助かる」
「別にいいのよ。むしろ、待ってたぁ。ジェイクかぁらぁの仕事、本当に楽しいかぁらぁね。報酬はぁ珍しい話ね」
「わかってるよ、情報ジャンキーめ」
「んじゃぁー、探すねー」
カタカタと階差機関に備えられたキーボードを操作し、レバーを動かし、ペダルを押し込む。
蒸気機関の出力が上昇していく。
冷却機関が間に合わず、徐々に気温が上昇していくと同時に歯車がかみ合い、また複雑に組代わり音を鳴らす。
瞬きすらせずに機関に向かうメアリーには、もう何を言っても無駄だ。
「ふへへへ、来たぁ来たぁ」
よだれをたらし、吐き出されるパンチカードに向かう姿は女として終わっているが、情報屋としては一級品だ。
今、彼女の脳内ではこの都市、すべての情報をパンチカードから翻訳されていることだろう。生身の人間ができることではない。
彼女はまさに選ばれた人間だ。人型の階差機関と、言っても差し支えない。
彼女は瞬く間の間に、機関の怪物たるこのアンテルシアの
莫大な数の歯車の連なりからなる情報通信網を駆け巡る情報を傍受し、それを階差機関で計算し必要な言葉や文字として人間の言葉に翻訳する。
傍受、計算、翻訳。
並みの情報屋ならば、数日から数週間。場合によっては数か月以上かかることもあるだろう。
大小さまざまな情報が行きかう地下機関から、必要な情報を探し出すことが最も時間がかかる。
しかし、彼女はそれをほぼ一瞬でやってのける。
「はぁい、わぁかぁったぁよー」
チーンと音と共に1枚のパンチカードが吐き出されてケインの手の中に飛ぶ。
「どうだ?」
「貴方も読めるようになってくださいよ」
ジェイクはパンチカードが読めない。
そういうのはケインの仕事だと言ってはばからない。
「嫌だよ」
「はぁ……まったく。仕方のない人ですね。ホールマルズ特別地区ブラックメルブ。なるほど、確かにそれっぽい場所ですね」
ホールマルズ特別地区ブラックメルブ。
このアンテルシアで名前を知らない者はいないだろう彼の
治安も悪い貧民街然としたホールマルズ特別地区には、それはもうたくさんの死体がある。
「よし、なら早速向かおうぜ」
「いいえ、パブで大佐からも情報をもらいましょう」
「えぇ~」
ジェイクは嫌そうな顔をした。メアリーがこの場所といえば、大抵はこの場所なのだ。
他に情報を得る必要はない。
ジェイクは面倒が嫌いだった。
だが、ケインは慎重でその面倒を好む傾向がある。
「行きますよ」
「おまえひとりで行けよな」
「ジェイク。私たちは」
「ああもう、わかってるよ。相棒、だろ」
「相棒は?」
「いつも一緒だ。ったく、面倒なルールだよな」
「規則ではなく、信条です。美学でも良いですよ。さあ、早く」
「へいへい。じゃあな、メアリー」
「はぁいー」
いくらかの郵便物を届けながら向かったのは、一軒のパブだ。
「酒ではなくミルクを出してくれ」
「蜂蜜は?」
「一匙」
ケインが相変わらずの符丁で確認をとり、パブの中に入る。ジェイクは面倒くさそうに頭の後ろで腕を組みながらついていく。
機関情報網が張り巡らされて以降、内緒話をするにも注意が必要になる。
このパブのマスターは元陸軍のお偉いさんであり、その手の仕事をしていた関係から、このパブはある種の聖域と化している。
おかげで内緒話ができる。
「お久しぶりですモラン大佐。リシアという方の父親の死体について何か知っていませんか」
「シェリーの嬢ちゃんに調べさせたんじゃろう。なら、わしの情報が必要かね?」
「貴方は別口で何か知っているのではありませんか? 機関情報網からも隠された情報を」
メアリーがいくら優秀であろうとも、機関情報網にも記録されていない情報を見つけ出すことはできない。
写真を見たマスターはコップを磨きながらしばし目を閉じる。
こつり、こつりとジェイクがテーブルを叩く音がちょうど十に達するのと同時にマスターが目を開いた。
「確かに2週間ほど前に工場事故で死んでいる。だが、既に盗まれている。そうだな?」
「はい。それを取り返してほしいという依頼です」
ついでに言えばその死体が歩いているというのだから、ますますおかしな話だ。
「盗まれたものを盗み返してほしいとは、警察の仕事じゃないかね」
その問いにはジェイクが吐き捨てるように答えた。
「バルックホルンヤードが役に立つかよ」
「霧の中の怪人には、陸軍も手を焼いた。警察など推して知るべしだったな」
もしヤード――警察が役に立つのならば、シャーロック何某といった探偵はお払い箱だろう。
そうなっていないのはヤードが無能だからという理由に他ならない。
何より死体泥棒を生業としているジェイクとケインが警察を頼りにできるはずもない。
女王陛下も禁止していないが、目の前にいれば逮捕しないなどという理由はないのだから。
大々的に捜査などしないが、目につけば捕まえる。
科学の発展につきものな死体はヤードとて没収などしたくないので、うまくやれということだ。
死体を探しているなどとバルックホルンヤードに告げれば、どうして死体を探しているのかという話にあり、下手をすればそのまま捕まる。
バルックホルンヤードは犯人以外の何かを見つけることに関しては、天才的だ。
それ以外では役に立たないが、そこは探偵がいることでバランスをとっている。
「何か情報がありますか?」
「耳よりな情報を教えてやろう。今この都市に死体はない」
「おいおい、死体がない? どういうこった」
アンテルシアに死体がないことなどありえない。
工場事故、坑道事故。日夜成長を続けるこの都市に死はつきものだ。
死体の上の繁栄。
スラムの悪童はそう嘯く。帝国の栄華は、黄金の鍍金だとも。
日進月歩の機関医療と、最新の脳機関学、機関心理学、自動人形工学の碩学らは、切り刻める死体を常に欲している。
発展の裏、機関工場では毎日、どこかしらで事故が起き人が死ぬ。切り裂き魔もいまだに活動を続けるご時世だ。
死体は常に量産され続けている。死体がひとつもないなどありえない。
「どうやら何者かが集めて何かをやっているようだね」
「なるほど、ありがとうございます」
「ああ。今度は飲みに来たまえ。営業時間にな」
「はい」
「酒の何がいいのやらだな」
ふたりはパブを出る。
そのほかにも情報を集めた彼らは、ホールマルズ特別地区ブラックメルブへと向かうのであった。
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