源頼光とユカイな仲間たち

歌川ピロシキ

大江山湯けむり殺人事件?

 このところ、都雀みやこすずめたちの噂がかしましい。

 いわく、大江山に巣くう酒呑童子という鬼が夜な夜な京におりてきては人をさらったり金品を強奪するとか。

 崇徳上皇すとくじょうこうや玉藻の前といった名だたる怨霊と同様、京の人々を震え上がらせたこの噂は、朝廷も放置しておけない程の勢いで広がり続けています。


「源頼光よ、ちまたを騒がす不埒な鬼を早々に退治してまいれ」


 宮廷に呼びつけられた源頼光は、帝の勅命を受けて大江山の鬼退治に赴くことになりました。勅命とあらば、否やはありません。


「敵の数もどのような相手かも、そもそも実在するかもわからんのに討伐せよとは……」


 頭を抱える主を四天王が必死でなだめています。


「まぁまぁ、我らが同行して必ずお守りいたしますから」


 頼光の背をさすりながらなだめすかしているのは剣の達人として名の知れた渡辺綱。言わずと知れた四天王筆頭です。

 ちなみに「光源氏」のモデルとも言われるほどの甘い美貌を誇る超イケメン。

 その微笑みを向けられると男も女もあまりの美しさに気を失うもの多数だとかなんとか。人迷惑なのであまり宮中をうろちょろしないでいただきたいですね。


「そうそう。偵察と作戦立案はこの季武すえたけにお任せあれ」


 そう言って胸を張るのは四天王の頭脳担当、当代きっての弓の名手の卜部季武うらべすえたけ

 長身で涼やかな目元の知的なイケメンです。

 滝夜叉姫や姑獲鳥うぶめなどを武力を使わず退治するなど、知恵者ならではのエピソードに事欠きません。


「いざとなったら俺が盾になりますから」


 頼もしい笑顔を向けるのは筋骨隆々とした偉丈夫ながらも優しい瞳が印象的な坂田金時。

 言わずと知れた気は優しくて力持ちの金太郎さんです。


「大丈夫、きっと神仏がお守りくださいます」


 曇りのない笑顔で言いきるのは碓井貞光うすいさだみつ

 信心深い彼は、小柄な体躯たいくに似合わず身長の倍以上ある大鎌を軽々と使いこなす長柄物の名手です。心優しく信心深い彼は滅多なことでは怒らない代わりに、ひとたびブチ切れると……おや、何やら危険な視線が。

 ここはお口にチャックしておいた方が良さそうですね。


 渡辺綱と同い年のはずですが、なぜか五歳以上は若く見える美少年フェイス。

 本人は童顔をめちゃくちゃ気にしているので、誰も口にはしないようにしているのは、作者と読者のキミとの内緒にしておいてくださいね。

 ほら、内緒話の気配を感じたのか、でっかい鎌がギラギラ光ってますよ。


「お前たち……」


 優しくも頼もしい言葉の数々に、感涙にむせんで部下たちを見渡す源頼光。

 高名な武人との名声に反して繊細な貴族気質のこの人は、優しい言葉や情緒のあるものにめっぽう弱いのです。

 素直で感激屋の主を四天王はこよなく愛しています。


「さあ、ここで悩んでいても何も始まりません。とりあえず大江山に行ってみましょう」


 渡辺綱に促され、一行は大江山へと向かうのでした。


「さて、大江山と言っても広いですからね。いったいどこに鬼がいるのやら……」


「それならば山の神様に伺ってみればよろしいのです」


 山について、さてどこから探索しようかと卜部季武が首を捻れば、碓井貞光が清らかな笑顔で言い切りました


「え?いや、いきなり神頼みは……」


 戸惑う仲間たちをしり目にその場で跪いて山の神様に祈りをささげた貞光は、やおら立ち上がると「こちらです」と自信満々に山の奥へと歩を進めました。

 半信半疑で一行が彼の後をついていきますと、木立の間に何やら湯けむりが立ち込めているではありませんか。


「お前また温泉見つけたのか?」


「貞光が山の神様に祈ると温泉が出て来るんじゃないのか」


 仲間が呆れ交じりに言いました。

 そう言えば貞光は以前にも山の神様のお導きで四万温泉を発見したことがあります。

 信心深い貞光には温泉の神のご加護があるようですね。


「あれ?温泉に誰か入ってる」


 季武の声に一同は目を凝らします。たしかに白い靄の向こうに小さな人影がいるようです。


「だ……誰っ!?来ないでっ」


 切羽詰まったような少年の声がします。


「さてはお前が大江山の酒呑童子だな。覚悟っ!!」


 脳筋の坂田金時が声の方に突進しました。


「やだっ! 変態っ!!」


 そこには褐色の肌とウエーブのかかった紅い髪、金色の瞳の少年が自らの身をかき抱くようにしてふるふると震えているではありませんか。歳の頃は十二、三でしょうか?

 この国ではあまり目にする事のない色彩ですが、零れ落ちそうに大きな丸い瞳とふっくらとしたほっぺが小動物のように可愛らしい、小柄な少年です。

 どうやら入浴中だったようで、すっぽんぽんの身体を乳白色のお湯の中に必死で隠そうとしている姿がいじらしいです。


「……お前が酒呑童子か……??」


 あまりに意外な姿に金時が困ったような声で訊ねました。


「僕、見た目がこんなだから……あちこちで気持ち悪いって追い払われて……やっと人気のないここで静かに暮らしていたのに……」


 かわいそうに、少年は今にも泣きだしそうです。


「ご主人様、この子は見た目こそ異様ですが悪い子ではなさそうですよ。退治してしまうのは可哀そうです」


 貞光が巨大な鎌の柄で自らの肩をとんとん叩きながら言いました。

 少年はその凶悪な刃の輝きに、今にも気を失いそうです。


「何も生命を奪うだけが鬼退治ではありますまい」


 知恵者の季武も申します。わりとまともそうな彼に少年はすがるような目を向けました。

 あんな巨大な鎌で撫でられたら首と胴体がさようならです。


「そうですな。こんなこわっぱに大それたことができるようにも見えませんし」


 金時が少年を湯から持ち上げようとしてばしゃばしゃお湯をかけられています。


「やだっ!さわらないでっ!!このすけべっ!!」


「大丈夫、今は不埒なことはしないから。それよりこのあたりで鬼がいるってもっぱらの噂なんだけど、何か心当たりはない?」


 綱が老若男女を虜にするイケメンスマイルで優しく尋ねました。


「今は、ってことは後でするのっ!?」


 当然の疑問ですね。


「いや大丈夫だから。多分」


 綱が安心させるようににっこり笑って答えます。全然安心できません。


「多分って何だよ多分って。鬼かどうかは知らないけど、夜に温泉入ってると覗きにくる奴がいるよ。なんか涎垂らして寄ってくるから気持ち悪くて昼間入ってたのに……」


 覗きが出るとわかっているならせめて囲いでも立ててから入れば良いのに。


「それはいかんな。俺たちが退治してやろう」


「……あんたたちも大差ないような気がするのは僕だけ?」


 少年はジト目になっています。おかしいですね。どうやらすっかり疑われているようですよ。


「大丈夫、きっと気のせい!!」


 少年は清々しい笑顔の貞光に疑わし気な目を向けますが、さすがに大鎌が怖いのか、賢明にも口をつぐむことにしました。


「とりあえず夜にも風呂に入ってもらって、現れたところをふん縛れば良いでしょう」


 金時は少年を囮にする気満々ですね。


「夜まで入ってたらふやけちゃうよ……」


 いやいくらなんでもずっと入ってろって意味じゃないと思いますよ?


「とりあえず、極力見ないようにするから湯から上がって服を着たらどうだ?」


 さすがご主人様。頼光が現実的な提案をしました。

 少年はそそくさと湯から上がり、身体を拭くのももどかしげに慌てて衣服を身に着けました。よほど見られるのが嫌だったんでしょうね。

 だったらお外で入浴なんかしなければ良いのに(二回目)


 少年の案内で山中の洞窟に行くと、破れかけたむしろの上にわずかなほしいいなどの保存食が転がっているだけでした。とても夜な夜な京に略奪に行っているとは思えません。


「どう考えても京を荒らしているのはこの子ではなさそうですね」


 末武が嘆息するように言いました。まだ幼い少年が、ろくなものを食べられていない様子なのを歯がゆく思っているようです。


「鬼うんぬんはともかく、我らと共に京で暮らさないか?働いてくれれば給金も出すし、読み書きも教えるぞ」


「え?字を教えてくれるの??」


 頼光公の提案に、少年は目を輝かせました。


「仕事をしてもらう上で必要だからな。しっかり働けるように食事もしっかり食べてもらうぞ」


 綱も優しい声で言います。少年が遠慮しないようにわざと働かせることを強調していますが、こき使うつもりはなさそうです。


「僕こんな見た目だよ?雇っても大丈夫なの?」


「我らは当代きっての武のものとして知られておる。つまらんことで言いがかりをつけてくる輩などいようはずもない」


 金時が頼もしい声で言いました。確かにこののうき……げふんげふん。

 この屈強なつわものどもを相手につまらない言いがかりをつけようという度胸のある輩はそうそういないでしょう。


「ぜひ我らと共に来てくれないか?最初はワシの身の回りの世話からで良いから、少しずつ仕事を覚えて働いてほしい」


 最後に頼光が少年としっかりと目を合わせて言いました。


「ありがとう!僕がんばって働くよっ!!」


 少年は感極まったように頼光公に抱きつきます。これで彼の身の振り方は決まりました。

 後は鬼こと変質者を退治するだけです。


「夜になったらまた温泉に入ってもらうか?」


「そんなに何度も温泉に入ったらのぼせないか?」


「まさか酒呑童子って、湯にのぼせて赤くなってるところを酔っ払ってると勘違いされてついた名前とか?」


「なんでそんなに温泉好きなんだ」


 みんな好き勝手言ってますね。そうこうするうちにもう夜ですよ。


「とりあえず貞光に代わりに入ってもらえば良いんじゃ?」


「なんで僕?」


「とりあえず美少年が入ってれば何とかなるんじゃないか?」


 どうやら金時は生命が要らないようですね。何やら大鎌がシャキーンと物騒な光を放っていますよ?


「貞光さま......僕、怖いです。助けて下さいますか?」


 少年が泣きそうな顔で訴えると、貞光は深々と溜息をつきました。


「仕方ない、ひと肌脱いでやるか」


 腹が据わるとさすがは武人。

 貞光はひと肌どころか、すっぱーんと潔くフル全裸になりました。

 そのまま温泉にどっぼーん。


 すると木立の間に人型の影が。


「酒っ呑ちゃ~ん!!」


 サラサラの銀髪ストレートに褐色の肌、紅い瞳の十四、五歳の少年が飛び出して来たかと思うと、おかしな手つきで飛びつこうとしてきます。

 見た目は妖精のような超絶美少年ですが、まごうことなき変態です。


「むむっ! 面妖な奴め!!」


「酒呑ちゃんじゃないな。てめぇ誰だ!?」


  へんた……少年は、温泉に入っているのが酒呑童子ではない事に気付いて鋭い声を上げました。

 さっきまでのデレデレした顔とは別人のようです。


「死ぬぜぇ……俺を見た者は皆死んじまうぞ!」


「貞光それキャラ違う」


「いやせっかく大鎌デスサイズ持ってるから」


「それやるなら三つ編みにしないと」


「やだ結い直すのめんどくさい」


 四天王は闖入者ちんにゅうしゃを無視して相変わらず好き勝手言ってます。


「俺を無視するな!!」


 あ、銀髪の少年がキレました。忍耐力がありませんね。修練が足りんようです。


「いやだって君もう何もできないでしょ?」


 貞光がにっこり笑うと、いつの間にやら大鎌の刃が銀髪少年の喉元につきつけられていました。


「い……いつの間に……」


「いやぁ、長柄物扱わせたら貞光の右に出るヤツいないからね!」


「下手すりゃ綱の剣より早いんじゃないか。俺だって組み付く前に斬られる自信しかないぞ」


 綱が歯をキラーんと光らせながら無駄に爽やかな笑顔で言い切ると、金時もうなずきながら同意します。


「俺、接近戦やる気にならん」


「いや、季武はどうやって重藤弓で接近戦するつもりなんだ?」


 また四天王が好き勝手言ってます。本当に自由な人たちですね。

 こんなフリーダムな人々をまとめあげられるのだから、頼光公もただものではありません。


「う……俺、酒呑ちゃんと仲良くなりたかっただけなのに……」


 銀髪少年は大鎌をつきつけられたまま滂沱ぼうだの涙を流しています。


「だったら入浴中じゃなくてちゃんと服着てる時に来い」


「だって裸の付き合いって言うじゃないか」


「それは親しくなってからにしろ」


 四天王の皆さん、なんだか銀髪少年まで巻き込んでひたすらアホな事を言ってるだけですよ。このままでは収拾がつきません。


「とりあえず、お前はいったい誰なんだ?何でこんな山の中に?」


 さすがご主人様。頼光公がようやくまともなことを訊きました。


「俺は茨木童子。こんななりだからどこに行っても嫌われて追い払われてさ。だから似たような境遇の酒呑ちゃんと仲良くなりたくて」


「京で横行している神隠しは?強盗は?」


「俺知らねえよ。京にはたまに山で獲った獣の皮とか持って行って売るけど」


 どうやら熊や鹿の皮を抱えた血まみれの少年が毛皮を売るために京を訪れた姿を鬼だと勘違いされていたようです。ちゃんとよく洗浄して乾かしてからお店に持ち込んだ方が良かったようですね。


「どうやら神隠しや強盗は別途捜査した方が良さそうだな」


「とりあえず俺たちは京に帰るがお前はどうする? 酒呑童子も連れて行くが」


「ええっ!? 酒呑ちゃん行っちゃうの!? それじゃ俺も行く!!」


 茨木童子が慌てて言うと、酒呑童子がものすごく嫌そうな顔になりました。


「大丈夫、二人ともうちで面倒見るから」


「もちろん、働いてもらう以上は節度は守ってもらうよ?茨木くんは酒呑ちゃんのお風呂とか覗かないようにね」


 頼光が太っ腹なところを見せると、貞光が大鎌をつきつけたままにっこり笑いました。

 どうでもいいですが腕が疲れないのでしょうか?

 さすがは当代きっての長柄物の名手です。見た目は小柄で細身の美少年ですが、腕の筋肉は半端じゃありません。


「ちぇっ。まあいいや、これから世話になるぜ」


 茨木童子はニカっと笑うと頼光公に手を差し出しました。

 この時代握手なんて習慣はなかった気がひしひしとしますが、そんなものは気にせず固く握手を交わします。


「それで、大江山の鬼っていったい何だったんだ?」


 山を下りながら綱が口にした素朴な疑問は、誰も答えてくれることがありませんでした。


 めでたしめでたし?


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源頼光とユカイな仲間たち 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa

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