第3話 ③

 泣き虫レディーのために私は玄関にいる客人であろう人物の下に向かう。


 この家では速水透の13歳の誕生日会をするらしく、そんな日に来る客と言えばその催しに誘われた客人であろう。そして私はその人物を知っている。


「よぉ光夜。この前ぶりだな」


「えぇ!? 何で節美さんが!?」


 光夜は私がここに居ることにたいそう驚いてくれる。当然だ。私と速水勇の関係を教えてなどいないからな。


「私もトオル関係で彼女の知り合いでね。それで催しに招待されたのだ」


「えっと、それじゃあの車は」


「勿論、私のだ」


 ついでに玄関に(勝手に)止めた車はAVの知り合いから借りた物だ。こう言った見せ場がある日には乗るようにしている。こういうのは大人な女性感があって素敵だろう。


「へぇー節美さんあんな綺麗な車持ってたんですね。

 と、いうともで思いましたか。どうせ副業しているAV関係の人から借りたんでしょ?」


「おいおい、そんなハズ無いだろう。この節美社長が生かした車の一つでも持ってないとでも???」


 コイツ、本当にこういうときの勘が当たる。見た目は馬鹿そうに見えるのにやはりポテンシャルは良いのだな。


「それで、勇さんは今何を?」


「あぁ、少し乙女の事情があってな」


「何ですか乙女って。だいたい節美さんニューハーフじゃないですか」


「黙れ小僧!! 私の場合はふたなりだ」


 全くこれだから子供は。女装子、男の娘、ニューハーフ、ふたなりの違いくらい見分けられなくてどうする。界隈の人間に○されるぞ。

 まぁ、私も正確には知らんが。


「まぁ、それは良いとしてあの車は節美さんのだったんですね。はぁ~良かった良かった」


「話が見えないが、一体何が良かったんだ?」


「あぁ、実は……えっと何でも無いです」


 そう言って何かを言いかけた光夜はポケットに手を突っ込んだ。


「ほう~なるほどな」


 私は光夜のズボンのポケットに突っ込んだ右手を見逃す程甘い女では無い。


「え、何を」


 光夜のポケット中で手に持つ物を握力を使い力尽くで奪い取る。


「なるほどな。光夜、お前ももう少し隠し事を上手くすることだな。あからさま過ぎて見つけて欲しいと言わんばかりだぞ」


 光夜がポケットに隠していたのは通話中のiPodだった。恐らくコレで中の様子を電話先の誰かに音声を聞かせようとしたのだろう。


「えっと、これは、その、耳貸して下さい!」


 光夜は慌てた様子で私の耳もとに口を近づける。


「これにはワケがあって、その、今回は内緒にして貰えると」


「させぬぞ。乙女の会話を横から盗聴しようとするなんて良い度胸じゃないか。フフフ。光夜よ、盗聴するならもう少し上手くやるんだな」


「そこを何とか今回だけはお願いしますよぉ」


 それでもあがく光夜を他所に扉の開く音がした。


 その先に居たのは涙を拭いたばかりの可愛らしい女性が居た。


「こんばんは。光夜君よく来たね」


 先ほど私に見せた憎しみと怒りに満ちた顔とは異なり歳相応の優しいお姉さんのような笑顔だ。先ほど泣いた事で目がいい感じに腫れているのもあってより綺麗に見える。


 なるほど。こう言った手法もありだな。


「お邪魔します! 勇さんも……何があったんですか?」


「えっ!? いやいや、何も無いよ。マジでね」


 あからさまな動揺と目の膨れ具合を見れば誰もが分かるだろう。心配するなと言う方が無理がある。


「光夜言っただろう。乙女の会話だと。乙女の会話は秘密なんだ。無理に探る物では無い」


「…………はぁ、そういうものですか」


「ウム、良い勉強になっただろう」


 光夜は頷きもせずに淡々と速水勇の下に向かう。


「また泣いてましたね。今日はめでたい日なんですか笑顔で行きましょう笑顔で」


 全くこれだから童貞しよしんしやは。そこはもっと寄り添う感じで慰めるべきだ。AVでもそれくらいするぞ。


「そうね。今日はめでたい日でももんね! あとついでに泣いてないからね……」


 あれれ、何でも上手くいってる? コイツのキャラ補正だろうか? ありえない。こんな童貞しよしんしやに女性を慰めるなんてできるハズが無い。クソ、男としては一枚上手だったか。


「それで光夜君透は?」


「あの、実はまだでして」


「そうなの。いつ頃来そう?」


「えっと、多分、もうすぐです」


「光夜、分からないなら本人に聞けば良いだろう」


「えっ!? ちょと」


 先ほど光夜から奪い取ったもの大っぴらに見せる。


「トオル、お前近くに居るだろう」


 電話先に適当な事を言うとブチッと通話状態が途切れる。ここまで分かりやすいと返って答えを言っているようなものだ。


「泣き虫レディー、今夜の主役はまだ近くにいるぞ。追いかけよう」


「本当!?」「ちょ、節美さん!?」


 一方は喜んでいるがもう一方は対局的に困惑している。


 泣いていた顔が喜びに変わった速水勇は私たちを押しのけ急ぎ足に家を出た。


「節美さんはトオルの事分かってると思ってたのに……」


「何、それは心配……無いと言いがたいが後は二人に任せれば良いさ。今回のお前はお節介なだけだ」


「お節介がどうした。俺はトオルのために何でもするだけです」


 コイツはこの歳になってもまだこんな恥ずかしい事を言えたものだ。私としては光夜のような熱い男は結構好きだが。


「速水勇だってそれなりに成長していると思ったから会っても良いと思えたんだ。お前だってそんなわずかな希望を見出したから今回のパーティーに積極的になったんだろう?」


「そうだけど。でも」


 光夜にしては煮え切らない反応を示す。


「でも?」


「トオルは自分のためじゃなくて相手の事を思っての行動だったと知ったから今回は良いかと思ったんです。トオルを否定しなくても少しずつ進んで行けば良いかなって」


「三年だ。女を三年も待たせるものでは無いよ。トオルも苦しくても何かを決める時が必要なんだよ。そう、アイツはそろそろ自分で決めないといけない」


「自分で……決める?」


「そうだ。そうじゃないとせっかく知恵を持っている意味が無い。アイツはこれまで逃げることで選択を遠ざけてきた。勿論今回もそうなるかも知れない。だけどそれじゃ何も変わらない。アイツに変化が必要なんだ」


そんな私に独り言に近い話を聞いて光夜はため息を漏らす。


「節美さんも厳しい。まだ大人じゃ無いんだから」 


「甘えるな。中学生だろうとそれ以下だろうと決めなければいけない時が来る。その時を逃せば帰らないものがあるのだ」


「節美さんはもしかして帰らなかったものでもあるんですか?」


「さぁ、どうだろうか。それこそ乙女の秘密だ」


 乙女の秘密とは大抵本人からすれば恥ずかしいものが大半である。そう、これは私にとって重要な秘め事なのだろう。


「俺も追いかけます。トオルと勇さんに何かがあっても困りますから」


「心配は無いだろうが一応な。

 光夜私の車に乗せてやろう」


「いえ、節美さんは車でお願いします。俺は車が通れなそうな場所を自転車で……あ、」


 そこで光夜は何かに気づいたのかものすごく青ざめた表情をしている。


「オイ光夜、大丈夫か」


「と、とにかくお互い気を付けて」


「ん? あぁ、分かったよ」


 明らかに動揺しているがもしかしてどこかに自転車を置き忘れたでも言いたいのか? 


 まさかな。

 

 

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