第4話

 レジャーシートの上、若い男性が寝ている。いや気絶しているのか。


 二十歳そこそこだろうか。背が高く、色白で痩せ型。長いまつ毛に栗色の癖のある髪の毛。その見た目からは少し日本人離れした印象を持った。


 とりあえず、彼が死なずに済み、ほっとしている。


 一緒に助けてくれたマンションの住民も息子からの突然の知らせに困惑してはいたが、事態を把握すると素早く対応してくれた。


「いや〜人助けはしたことあるけど、人命救助は人生で初めてですわ」

 後退した頭をかきながら、ジャージ姿の住民は言った。


 あの時、あのままシャッターを切っていたら間に合わなかった。


 とっさに思いついたのだ。


 止まっている時間を長くする方法を。


 カメラの機能の一つにシャッタースピードというものがある。

 カメラのシャッターが開いてる時間のことをいう。

 シャッタースピードを早くすると光が対象物に当たる時間が短くなり、反対に遅くすると光が当たる時間が長くなる。


 一般に手ブレ防止であったり、動きのあるものを撮る際にシャッタースピードを速くすることが多い。私自身もあまりシャッタースピードを遅くして撮ることは殆どない。


 けれど今回は違う。

 シャッタースピードを遅くすることで、光が当たる時間が長くなるように、対象物が止まる時間も長くなったのだ。


 とはいえ一か八かだった。

 実際、止まる時間がどれくらい長くなるのかも分からなかった。


 このカメラのシャッタースピードを最低速度に設定してシャッターを切った。


 暫くして、ママーと言う声とバタバタとした足音が駐車場の入り口から聞こえた。

 急いで駆けつけた住民とレジャーシートを広げて数秒。時が動きだした。


「必死だったからかな、なんかあの時、時間が止まっていたように感じたんだよね~」

 住民はスマホで救急車を呼んだあと、首を傾げながらそう言った。


「危険な状況に出くわすと、時間ってゆっくり動いてるように見えるらしいですよ」

 とっさに言った。

「そうなのかぁ……。ま、助かって何よりだね~」


 数分後に救急車が到着した。

 とりあえず状況を知る者として、私は同行することになった。もちろん子供も連れて。



 診察の間、廊下の椅子に座りながら息子はずっとカメラを触っていた。隣で菜緒が眠っている。


 例のカメラはレジャーシートを広げた際に落としてしまった。

 男性がシートの上に落ちたのと同時に「ガシャン」と音がして、足元を転がっていった。


 傷がついた上、電源も入らない。落とした衝撃で壊れてしまった。


「ごめんね、今日撮った写真もダメになっちゃったかも」


 張り切って写真を撮っていた律を思い出す。


「ううん、いいよ。また違うので撮ろうよ」

「そうだね……」


 このカメラはきっと役目を果たしたのだ。

 そう思うことにした。

 あえて直さない。それでいい。


「律、今度またカメラ買うとしたらどんなのがいい?」

「うーんとね、ママが持ってるみたいのがいい。黒くてカッコいいやつ!」


 うん、買おう。私は律が持っているカメラを見つめながら言った。

 壊れて使えなくなった、ただの古いカメラを。

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緑のカメラ 篠崎 時博 @shinozaki21

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