第3話

 その日は律と菜緒を連れて大きめの公園に行った。休日のため夕方は道も混むと思い、少し早めに帰ることにした。


 マンションに着き、駐車場から戻る時だった。


 屋上に人がいることに気づいた。


 うちのマンションの屋上は時間の制限こそはあるが、住民は自由に出入りできるようになっている。

 しかし、築年数もそこそこ経っているこのマンションは一部老朽化も進んでいる。ここ1か月は手すりの強化が必要とされたため、手すりがある屋上は扉が厳重に施錠されており、立ち入ることは出来なくなっている。


 そんな場所に人がいた。


 嫌な予感がした。


 まさか――。

 と思ったときには人がまさに落ちるところだった。


 とっさに持っていたカメラを構えて撮る。

 落ちた人は背中を地面に向けた姿勢で時が止まった。


 どうしよう、1分しか止められない。


 1分を過ぎたらあの人はまた落ちる。


 カメラのフィルムはあと5枚。

 5分であの人を助けられるだろうか。


 菜緒を一旦車内に戻してから私は律に言った。

「律、誰でもいい。誰でもいいから急いでマンションの人呼んで!」


「“人が落ちそうになっているから来て”、ってそう言って!」


「分かった‼︎」

 律は大きく頷きながらそう言うと、急いでマンションの方に走って行った。


 休日のため管理人はいない。

 急いでハッチバックドア(車の後ろについているドア)を開けて取り出す。


 ……あった。

 レジャーシートを手に取った。

 あと大人もう一人いればなんとか。


「ママ……?」

 何かを察したのか菜緒が心配そうな顔をしている。


「ごめんね、少しだけ」

 私は菜緒に言った。

 菜緒はまだ2歳だ。律と一緒に走らせるのは危ない。

 でも菜緒を連れて最悪、あの人が目の前で死んだらと思うと、怖くて連れては行けない。


 車の鍵をかけた。

 菜緒ちゃん、待ってて。すぐにママ行くからね。

 心の中でそう声をかけてカメラを構えた場所まで戻る。


 落ちた人を見る。まだ止まったままだ。

 しかしほっとしたのも束の間。

 数秒後、動き出した。


 すかさずカメラを構える。


 カシャ――(あと4分)


 落ちた人が徐々に地面に近づいていく。


 カシャ――(あと3分)


 急に子供が助けを求めてすぐに来てくれる人がいるのだろうか。

 ……いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!


 カシャ――(あと2分)


 建物の3階部分に到達した。

 律はまだ戻って来ない。



 お願い、早く――。



 カシャ――



 私は最後のシャッターを切った。

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