スターダストスイーパー

ながる

スターダストスイーパー

 今年もこの時期がやってきてしまった。

 太陽系の青い宝石のような第三惑星では、『ユキ』というものが降ったりするのだという。それは空気中のを核に地に降りていくのだと。

 だから、空気が澄んで星々が綺麗に見えるのだと。


 地に落ちたそれらはどうなるのだろう?

 やっぱり誰かが掃除したりするのだろうか?

 腕を組んでしばし瞑目したスイープは、すぐにハッとして手にしたスコップを構え直した。

 考えたって結局彼には解らないのだ。その星で『地』がどうなっているのかも、『ユキ』も。

 彼はそこで誰かが見上げた時に、この星々が美しく見えるよう掃除をするだけだ。


 彼の足元にはキラキラとしたゆるやかな流れがある。

 大小の星のきらめきが、ゆっくりと流れている。その光の川の中にスイープはスコップを突き刺した。片足をかけてさらに深くまで突き入れて、てこの原理を利用してすくい上げる。

 端から音を立てそうなほどキラキラと、星や星屑がこぼれ落ちていった。

 こぼれきってしまわないうちに素早く、スイープは星の山を脇に置いていたに入れる。もうひと山。

 用意していた袋の上でざかざかとふるいを揺らせば、天の川の底に溜まっていた星屑たちが吸い込まれるように収まっていった。


 ふるいに残った大きめの綺麗な星は流れに戻して、割れたり欠けたりして光の弱まった、微妙な大きさのものをつまみ上げる。スイープはぐるぐると肩を回して、それをなるべく遠くへと放り投げた。

 星の欠片は小さな尾を引いて少しの間燃え上がり、すぐに消えていく。

 もっと細かいものはいくつか一緒に握りこんで、やはり川の外へと捨ててしまう。

 チカチカと今度は尾を引くまでもなく星の欠片は消えていった。

 彼にとってはいつものこと。この時期は天の川の川ざらえにかかりきりになる。


 どこからか流れてきたボトルメールや短冊(というのだと年長の同業者から聞いた)が、淀みで星に引っかかっているのを回収してまとめたり、星屑が流れをせき止めたりしないように整えるのも仕事だ。

 天の川は宇宙そらを横切る一番広い川。作業はそう簡単に終わらない。

 ちらりと星々の流れる先に視線を走らせて、小さくためいきをつくと、スイープはしばらく黙々と作業に没頭した。



 ☆ ★ ☆



 場所を変え、同じことを繰り返していたスイープは、もう欠片を捨てる時に周りを見ていなかった。

 目で捨てるものと戻す星をより分けて、機械的に外へと腕を振った時、「わぁ」と声がした。驚いて、顔を上げる。

 いつの間にか、流れの合間にできた中洲のような場所に髪の短い、パジャマのようなものを着た少年(?)が座り込んでいた。

 小さな星々が集まってできた中州のぼんやりとした光が、少年の身体を透かして見える。

 『儚いもの』だと、スイープはすぐにわかった。動きを止めて少年を見つめたまま、取扱要綱マニュアルを思い出そうと試みる。

 けれど、すぐに彼は、そもそもマニュアルそれに目を通した記憶がないことに気が付いた。自分がそんな稀なことに遭遇するなんて、思ってもみなかったのだ。


「今の……今の、流れ星?」


 キラキラと、星たちの光に負けないくらい瞳を輝かせて、少年はスイープへと身を乗り出した。


「あっ……あぶなっ……」


 手にしたふるいを投げ捨てて、スイープは少年に駆け寄った。

 星の中州は微妙なバランスの上にできている。ゆったりとした流れとはいえ、『儚いもの』が落ちたらどうなるのか彼には判らなかった。

 少年が手をついたところから、案の定小さな星たちが崩れて流れ出していく。間一髪、彼を抱き留めてスイープはほっと息をついた。

 少年の着ているものは特に大きいという訳ではなかったのだけれど、その身体は細く軽く、薄い水色のその服をだぶつかせていた。


「うかつに動くなぁや。どっから来た?」


 至近距離でキョトンと見開かれた瞳は、右を向いて左を向いて上を向いてから少し首を傾げ、元のように視線を戻すと、小さな両の手のひらでスイープの頬をはさみこんだ。


「おじ……おにいさん、眩しいの? ここはきらきらねぇ」

「それはそういう顔や! 質問に答えろぉや……」


 友人にもさんざんからかわれているので、自分の細い目のことを言われるとうっかり反応してしまう。確かに天の川の作業はどこを見ても光っているから、目を細めていると言っても疑われなかったかもしれないが。

 「おじさん」と言いかけてから「おにいさん」と言い直すだけの配慮があったので、スイープは溜息ひとつで受け流すことにする。


「ここには雲はないから、また流れ星が見える? 花火みたいなのもきれいだった。おにいさんは流れ星を作れるの?」

「作るっちゅうか、捨ててるだけっちゅうか……オイの仕事は掃除屋、だからな。あちこちに溜まったり散らばったりする星屑を集めて、レストランに納品しとるんや」

「レストラン? ほしくずを食べるの!?」

「だぁれが考え付いたんやろうなぁ? 普通には予約の取れん高級レストランらしいわ。ほら、この天の川の星屑は発酵させるとほんのり甘いお酒になるんやて。肌理きめが揃ってないと雑味が出ちまうっていうさかい、集めるのに意外と手間がかかるんや」


 袋を広げて集めた星屑を見せてやれば、少年はまた目を輝かせた。


「よくわかんないけど、すごいね!」

「わかんねぇかぁ」


 苦笑いすれば、少年の興味はまた周囲の景色へと移っていった。


「もう流れ星流れないかな」

「なんでや?」

「おねがいごとしたかったの」

「お願い事? なんで流れ星に?」


 今度はスイープが首を傾げれば、少年は呆れたように、さも当たり前のことだというように腰に手を当てて言う。


「流れ星が消える前に三回となえられれば、おねがいごとはかなうでしょう?」

「……へぇ。ほぅ。そうなのか?」


 あの短い間に三回も。無理無理。

 お伽噺系の話かと、スイープはほっこりと笑ってみせた。


「まあ、がんばりぃや。まだ仕事は残っとるから、流れ星もぎょうさんできるで」


 少年を岸辺に慎重に下ろして、スイープは仕事を再開する。欠片を投げる時は少年に見えるように、少しでも長く光るように遠くに投げてやった。スイープが欠片を投げるたびに、少年は手を組んでお願い事を呟いていた。

 もちろん、一度も成功しなかったけれど。


「どうやー? 上手くいきそうかぁ?」


 そろそろ二つ目の袋がいっぱいになる頃、スイープは腰を叩きながら少年を振り返ってギョッとした。


「ちょ……あんさん、大丈夫か!?」


 再び道具を放り出して少年に駆け寄る。

 あんまり驚いたからか、珍しくその双眸の透き通るような淡いオレンジが見えていた。

 疲れたように肩を丸めて、その輪郭もあやふやになった少年が、それを見て少し笑う。


「……わぁ。おにいさんの目、お星さまみたい」

「何言っとんのや! あんさん、なにお願いしとった!?」


 触れたら崩れそうで、スイープの手は落ち着かなく上下している。


「ママに会いたいって。わたしが産まれたときにママは死んじゃったから、一度だけでも会いたいなぁって。死んだらお星さまになって見守ってるってパパが言ったから、このお星さまのせかいでなら会えるかなって、思ったん、だけ、ど」


 どんどん不確かになる輪郭から、声が割れて聞こえる。スイープの背で汗が一気に冷えていった。


「ちょ……ちょいまち! 一旦、別ので試してみようや! もっと簡単なので、ちゃんと叶うか……! ほら、他に何かないか?」

「ほか、に?」

「プレゼントが欲しいとか、何か食べたいとか!」


 凹凸すら不確かな塊が、ゆっくりと傾いだ。首を傾げて、少し考え込むように。


「……レストラン。ほしくずを、食べてみたい、かな」

「よぅーし! それや! じゃあ、いくで! なるべく早口で、やで!」


 スイープは足元のなるべく大きな星を掴んで振りかぶった。

 できるだけ遠くへ、それだけを考えて。


「おにいさんと、ほしくずを、食べたい。たべたい。タベタイ……」


 長くきらめく流れ星の尾がひび割れた声を撫でていった。

 スイープが振り返った時、あやふやだった輪郭は金色にを縁取っていた。はにこりと笑ったかと思うと、何事かを囁いて、パァンとはじけて消えた。

 辺りには、金色の星屑がキラキラと舞い、スイープはしばらく呆然と佇んでいたのだった。



 ☆ ★ ☆



 予定にないほうき星をひとつ増やしてしまったスイープは、その後、星屑管理局にこってりと絞られた。星が燃え尽きず、周回軌道に乗ってしまったのは彼も予想外だ。

 『儚いもの』がどうなったのか、範例が少なすぎて誰も答えを出せなかった。元々実態が怪しく、儚く消えていくものが多いから『儚いもの』と呼ばれているのだから。


「そんなものといらない約束などして」

「約束という訳では……」


 管理局のお偉いさんの愚痴のような言葉にスイープが思わず反論すると、ぎろりと睨まれた。慌てて口を閉じる。

 自分と食べたいと言われるとは思わないじゃないか。


「私もへは行ったことはないのだがね? その日が来たら、レポート提出を忘れないように。貴重なサンプルになるのだからな! 次の仕事は――何座だったか? 超新星爆発の後始末はしっかりしてくれよ」


 殊勝に頭を下げて、サギ便が届けてくれた『星屑レストラン』の予約完了通知を返してもらう。

 予約の日付はない。『その日が来たらご招待します』という、なんとも曖昧な文面に、初めはいたずらかと思ったくらいだ。ただ、そのおかげで誰かに取り上げられるということもない。

 納品しているくらいだから、普通に予約できる店じゃないのは知っていたのだけれど。


 この手紙が届いたから、少年(あるいは、少女だったのか?)は無事で、その願いはいつか叶う、ということだと偉い人たちは結論付けたようだ。

 周囲のなにやら嫉妬も混じった視線に苦笑いを浮かべながら、スイープはぺこりと礼をして廊下に出た。ポケットから小瓶を取り出すと、中の金色の星屑を光に掲げてみる。それはふわふわと儚いのに、時々キラキラと彼に語りかけてくるようだった。

 一息ついて、小瓶を失くさないようにツナギのファスナー付きの内ポケットにしまい込む。

 さてさてと、スイープはえっちらおっちら次の現場に足を向けるのだった。




 ☆ おわり ★

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※スイープの方言は宇宙語なので地球の特定地域のものではありません。ご了承ください!


レストランではこちらのような料理をお出ししています


星屑レストラン

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054896875055

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