「同人戦線」

低迷アクション

第1話

「例えばですね、最後を看取ってもらう訳ですから、聖職者、尼さん的な黒い法衣か、

頭巾を被った女の子で、何か「南無~」的な娘さんに処刑をお願いしてもらうのは

どうすか?」


瞬間、顔面をニコニコ(ほっぺたに怒りマークが見えた。)の巫女さんにひっぱたかれる。(今日が最後の日か・・・)卒倒しそうな痛みの中で男は思う・・・


場所は極東の島国、街の広場・・・蟻のようにざわめく群衆(?)が歓声を上げながら、

自分の処刑を待っている。(?)と思ったのは、彼ら、彼女達の服装容姿だ。

制服に、メイド、露出が高いのもいれば、変身ヒロインもどき!童顔、清楚に天然、獣みたいな耳が生えてる?・・・!!


“クールジャパン”その言葉が現実味を帯びたのは何時の頃だろう?魔法少女に変身ヒロイン、映画やアニメの登場人物達が当たり前に闊歩する極東の島国・・・


そんな空想と現実の境界線がぶっ飛んだ世界に、輸送ヘリが墜落したのは幸か不幸か、

それとも運命か?男の名はサンダー軍曹・・・彼の肩には“特殊部隊同人”という記章が記されていた。

 

 メガホンを持った巫女さんが軍曹の罪状を読む上げる。場所と雰囲気さえ違えば、

シナリオ、トルゥーエンドヒロインとの会話シーン(長い!)ばりに爽やかな声だ。


「サンダー軍曹、貴官の行ってきた行為(人身売買、テロ、略奪)は目に余るものが多すぎ!過去の罪状を上げればキリが無い。8年前には武装ヘリで幼稚園を襲撃している。作戦名はお楽しみ保育・・・」


「違う!お楽しみ幼稚園だ!」


再び顔面を張られる。瞬間!様々な方向、方位、角度(?)から


「死ね、死ね」


コールが沸き上がる!巫女さんもそれに答え、手を上げた。床が大きく揺れる。地響きのような足音は、首と胴体のさよならリズム。恐らく執行者(処刑人)が上がってくる。


「大丈夫」


巫女さんがこちらを一瞥する。


「あんたの願い、少しだけ叶うから・・・」


その切なげな表情に少しだけ気を良くする軍曹。(何だろ?何だか、最後に巫女さんのデレが見えたような気がする・・・へへ)


と若干、満足した心は、上がってきた処刑人を見て、恐ろしい勢いで絶望に堕とされた・・・ 


 黒い頭巾にでかくて良く切れそうな大鎌(斧か?)それに負けないくらいの巨体、血しぶき飛びまくりのエプロンを着た怪物が軍曹の前に立つ。


(何だろ?シェーク頼んだらキングコング来たみたいな・・・)


慌てて叫ぶ。


「チェイーンジ。チェンジゲッター!何これ?オーダーミスだよ。ありえないよ!」


怪物と巫女さん、それにAK突撃銃持った警備のアフリカ系まで笑い出す。


怪物に至っては笑うたびに処刑台事態が激しく揺れる。よく見ればエプロン上部に

アクセサリーみたいに引っかけられた娘までいる始末…


「怖っ!その残虐性はどうなの?おたくらに正義は無いの?」


広場を見渡す!・・・


群衆から再び処刑コール!


(駄目だ。みんな目がマジや!こんなリカちゃんハウスに傭兵部隊みたいなギャップじゃ、救っちゃくれない・・・)


焦りまくる軍曹の首を怪物が掴む。それだけで呼吸が止まりそうな締め付けに悲鳴を上げた。見物人がドッと歓声を上げる。


「処刑マジェニ(多分、怪物の名前)は犯罪者を一撃の元に始末するのが大好きなんだよ。ちなみにあんたの前に処刑されたメガネは男の娘を襲ったの。死んで当然!」


歌うような声で巫女さんが軍曹の顔を覗く。


(マジで!?いやっマジェニか!もうこの際、可愛ええ女の子のパンチラだけでも目に焼き付けて!死ぬ!それだけで良い)


血走った目で辺りを見渡す。両手で手を覆いつつも、指の間からガン見の娘、テンションMAXではしゃぐ娘!何かもうとにかく可愛い!


そんな血走った感じで睥睨する軍曹の目は一人の娘を捉える。自分を見上げている彼女は時折、眩しそうに目を細める。光の角度か?いや、そうじゃない。


この光は自分から、自分の足下から発せられていた。首を床に落とす。メガネーっ!!


前回の死刑囚の置き土産だ。おあつらえ向きにメガネのツル部分が刃物みたいに鋭くなっている!?マジェニの様子を窺う。巨大な斧を振り上げた怪物は、巫女さんの合図を待っている。大丈夫、気づいていない。


気づかれないように拾ったツルで縄を削っていく。慎重に、慎重に・・・


「貴様っ・・・」


警備が気づく。直後、巨大な一撃が軍曹を襲う。鈍い轟音が響き、肉片と血が辺りに飛び散る。血が煙幕のように立ちこめた処刑台に影がさす。盾に使った警備の肉片をかき分け、

難を逃れた軍曹が笑いを浮かべる。


 「こっちの番だ。」・・・


死体から奪ったAK突撃銃は充分に作動する。吐き出される7.62ミリの銃弾は吸い込まれるようにマジェニの頭部に命中していく。20メートルも離れていない至近距離では的を外さない。


しかし、


(止まらねぇな・・・)


頭を撃ち抜いたであろう銃弾は数10発にも及ぶ。だが相手は動きを止める事なく、ゆっくりと、しかし確実に歩を進めてくる。


予備の弾倉は1本足下に転がっている。だが、頭を撃っても死なないような怪物には心許ない。下に降りる階段はマジェニと後ろに控える巫女さんを退ける必要があるから却下。


いっその事、飛び降りての脱出もあるが、この高さでは体がもたない。敵を倒して進むしか道は無さそうだ。


空になった弾倉を差し替え、射撃を構えた刹那、処刑台の床が跳ね飛ぶ。魔術師などが使う光弾の類だ。すんでの所でかわせた事は幸運だ。


どうやら興奮した見物人達が処刑の手助けを始めたらしい。それを合図に銃弾、弓矢、光線といったあらゆる攻撃が処刑台に発射される。見物客のほとんどは正義の戦いを担っている者達、その攻撃や凄まじく、処刑台をたやすく破壊していく。


敵の方を見れば、巫女さんは空を飛び、難を逃れたが、巨体のマジェニはそうはいかない。下に降りる階段めがけて移動するも、崩れる床や血だまりに足をとられ、苦戦している様子。


それを見逃す軍曹では無い。奇声を上げながら処刑人の背中に飛びつき、バランスを崩した怪物もろとも、処刑台から数十メートルの地面に落下する。


落ちる空中での数秒間!軍曹はマジェニの背中から首下に回り込み、もがき暴れる手をたくみにかわして、フル装填したAK突撃銃をその黒い頭巾に高々と突き立てる。


腐ったリンゴにフォークを突き立てるが如く、深々と突き刺さった銃身を確認し、躊躇する事なく、引き金を引く。賞味30発の銃弾が怪物の体内で暴れ回る。


その振動を感じつつ、軍曹は首下に引っかかっている鎖を引っ張り、捕まっていた少女を

救出した。言葉を交わす暇は無い。手を引っ張り、怪物の頭に捕まらせ、落下!・・・


地面に激突した衝撃はマジェニがクッションとなった。多少の痛みはあるものの、二人は無事だ。息絶えたマジニの頭から銃を引き抜く。黒い肉塊を取り去り、残弾を確認する。1発・・・この一発で色々出来そうだ。敵にむかって歩き出す。ニヤリと笑う。


「お次は何だ?」


それが始まりの合図となった・・・



 

「弾は必ず1発とっておけ。何処に使うかはわかるだろ?」


そう言いながら、頭を指さした“ピーター”の台詞が蘇る。東海岸で死者共が蘇って

人食い騒ぎを始めた時、掃討戦に加わったサンダー軍曹に戦友はそう言っていた。


思えばあの頃からだろうか?世界のタガが素敵に!過激に!!ハズレ始めたのは・・・

しかし、今はそんな事よりね?ピーター・・・そんな事より・・・


「実際、頭に銃口向けて、BANG!なんて、簡単にできねーだろ?いや、無理だよ?漫画とかの主人公じゃあるめいし!ねぇ、そう思いませんかぃ?」


振り向き様に同意を求めた彼の顔面に巨大なハンマーがめり込む、いや、めりこみ一歩手前のアマガミ状態でどうにか避ける…回想なんてお構いなし、とりあえず言える事は、


戦いは続いていた…だ。


恐怖の死刑執行をどうにか回避し、そのまま脱出を試みた自分の前には、数十、いや、数千の敵・・・一番近い所(てか眼前)には猫のワッペン付き帽子被った緑髪ロリっ娘。平時なら


「可愛いねー」


の一言で済む話だが、手に持った厳ついハンマーが


「ええっ?何それ…?おっかなっ!?」


の状況を持続させている。さらに言えば一度ひいた彼女の後ろには大小様々な得物を持った女の子、覆面野郎(比率的に7:3)が控えており、押し寄せる波を手で受け止めるがごとく、しのぎ切る自信は無い・・・だが、そう思う反面、心は妙にはしゃいでいる。


(何だろ?何かこうあれだな・・・敵がエエな。マジ、凄く良い!!)


今までの敵を思い出す・・・テロリスタ(後になまってテロリスト)、ネオナチ、ベトコン、クメールルージュの虐殺部隊に東ドイツ赤軍、IRA、ムジャヒディン・・・殺人カルト集団にシリアルキラー。どいつもこいつも、野望と行動力に狂喜した、自分と同じ、

世界からはみ出したはじっこを歩くような手合い…


それに比べて彼女、彼等達はどうだ。風に流れるような髪、まっすぐな瞳、華やかさだけでなく力強さを秘めた装束の美しさ。武器にしても気品が漂っている。自分達が扱う銃器ですら、彼女達が持てば一段と輝きを増す。


笑みが自然にこぼれる。


こんな奴らと戦ってみたかった。連中になら何発殴られても大丈夫な気がする。


現に先程から数十跡もの致命傷とも言える一撃をくらってはいるが、自分はまだ立っている。このままいけば・・・


後ろを見た。先ほどまで怪物の懐に吊り下げられていた少女が不安げな表情でこちらを見ている。大いに慌てた。


一人で楽しんで、くたばるのは勝手だが、共に(?)地獄から抜け出した彼女は助けてやらねば・・・


手元にあるAK突撃銃に込められた弾丸は1発。敵の波が動く。自分が先ほど称えた者達が“脅威”となって押し寄せてきた・・・

 



「コイツは化け物かよ?」


そう叫び、緑髪ロリ(自覚するのは切ない)の戦闘ジャンル系娘は、得物を振るう。周りに続く味方達も手から光弾を出す、刀を繰り出すといった風に、矢次早に攻撃を繰り出す。

攻撃は確実に当たっていた。


手応えもある。だが、倒れない。むしろ嬉しそうだ(!?)


着古した迷彩服にボロボロ軍用ヘルメット、白濁した目は視えているのか?いないのか?目元に走った傷は、雷のような印象を見る者に与える。


考察する自身から怒声を上げ、強面の味方(男)が突進をかけ、拳を振り上げた。攻撃は

もろに敵の顔面にヒットし、血反吐を吐く。


(あれ・・・?攻撃くらっている?)


そのまま倒れた敵が起こした風が一瞬、そよ風の如く、彼女の衣類をフンワリめくる。

瞬間、手でそれを押さえる自分と倒れた男の目が重なった。その視線は彼女のめくれた部分に集中している。


(・・・!!・・・見られた?)


頬が真っ赤に染まった。同時に相手が弾かれたように立ち上がる。まるで見えない糸で引っ張られるような、不気味な立ち上がりだ。だが、それ所ではない。少女は怒りで顔を真っ赤にした・・・

 


マンホール・・・それは映画やアニメなどで主人公達が敵を振り切る、追い詰められた時に現れる奇跡の脱出口。ご都合主義の権化!


(話の中にはその下でさらなる地獄が待っている場合もあるが・・・)


とにかく見えた。猫、白、パンツ・・・!?その先の地面に設置されているマンホール!正確には自分が起こしたイタズラなそよ風が、


ロリっ娘のパンチラ!いや、その先にある生還への道をめくりあげたのだ。

軍曹は素早く決断する。後方に控える少女の手をとり、道を指し示す。


「OK!把握」


とばかりに、こっくり頷く彼女の手をひき、脱出への行動を開始する。

瞬間、眼前を恐ろしい勢いでハンマーがかすめた。


「テメェッ・・・」


顔を真っ赤にしたロリっ娘が怒りの表情で立ちはだかる。


「そんな表情もGoodです!」


なんて言ってる場合じゃない。続く第2撃を少女と一緒にあうんの呼吸で頭を下げ、かわす。そのままロリっ娘に突進し、押しのける


(ふわっと香る良い匂いに若干クラっときた。)


マンホールに飛びつき、蓋にかける。周りに殺到した女の子達から、ありとあらゆる得物が軍曹に突き出される。刀、変身ステッキ、銃弾、何かの液体が入った注射機!?


(刺された時、花畑で手を振る、かつての戦友達が映った・・・)


重い蓋がようやく動く。真っ暗な穴が見えてきた。周りの攻撃から庇っていた少女を先に下ろし、自身も半分、倒れるように下界の入り口へとまっすぐに落ちていった・・・


 

暗闇の世界に小さな光がさす。光源の大きさからして遥か遠方・・・

いや、そんなに遠くないか・・・“支配者”はゆっくりと体を動かす。


溜まった汚水の波が大きくさざめく。白く硬い鱗に覆われ、その巨大な体は有史以前の恐竜を連想させた。口を大きく開けてみる。巨大な口腔は人間一人を納めてもまだ、余裕がありそうだ。


光の方向から大きな水音が2回聞こえてくる。落下音、何かが上から落ちてきた・・・

黄色く光る目の中の黒みが細くなる。支配者は光に向かって、汚水の中を静かに泳ぎ始めた・・・

 



吐き気を催すような酷い臭気で軍曹は目を覚ます。周りには死者の群れもピーターもいない。あるのはただ深い闇と水の流れ、そして自分は水に落ちている。


汚物だらけの水の中に。ここは下水道・・・


そうだ。自分は地下世界に落ちたのだ。水から上がり、考える。あの娘は?姿が見えない。水に落ちて流されたか?確認する術は無さそうだ。


全身に痛みが戻ってくる。首筋が痒い。頭も割れるように痛い。やはりいくら彼女達の攻撃でも、くらうべきものはしっかりともらっている。


地面に座りこみ、足を伸ばす。背中に吊したAKの作動状況を確認する。充分に使える。弾も1発きちんと残っているようだ。さて、これからどうするか?


立ち上がる軍曹の耳に、前方から足音が聞こえてきた・・・


顔にかかる包帯が視界を遮る。それしか身につけてない体は肌寒さを感じるが、

気にする程ではない。


(玩具は捨てられた。)


ここ数日、頭を占める考えだ。多くは語りたくもないし、考えたくもない。

散々利用された後、ここに捨てられた。それからずっと歩き続けている。ここには捨てられたものがいっぱいだ。自分も、やがては動かなくなり、それ等と同じものになるだろう。


別に構わない。何の希望も何の・・・前方から足音が聞こえてくる。

ボンヤリとした瞳を少女は、ゆっくりと向けた・・・



 「下水道で出会う者は大体相場が決まっている」




浮浪者、浮浪者がカスタマイズされた怪物(チャド)、浮浪者だと思ってよく見たら下水の管理人、ETC…だが、前方にいるのは顔に包帯巻いた裸の美少女。若干喪失状態の!

一定部分のふくらみ、体つきを含めて女子〇生?


(何か色々されたみたいな状態だけど?とにかく落ち着け。こんなところで銃持ってマッシュポテトを更に潰したような面構えのゴロツキじゃ、誤解を招く


「キャーッ、の〇太さんのエクスタシーッ!」


じゃすまない状況になる、ここは言葉を選んで…)


「すいません。何というか堪能しました!最近、あまり見る機会ないんで、あざっー!!」


言葉途中で自分を殴る。安否を気遣え!馬鹿野郎。ナニを堪能した?

軍曹の動揺とは裏腹に、少女は静かにその場を過ぎ去ろうとする。


慌てて自身の衣服上下(実質のパンツ一丁)を被せる。


「とにかく、その格好はアカンから、色々と着ましょう」


拒否する様子もなく服を着始める少女から目を剃らす

(少しチラ見した)


着替え終えた彼女を座らせ(嫌がる様子もないのに、色々安心)自分も座る。


銃は万が一を備え、足下に置く。黙って俯いている少女に問いかけた。


「ここ、出口を知っていますか?」


少女はかぶりを振る。


「そうですかぃ。参ったな。いや、何。ここに着いてから魔法少女に化け物と、嬉しいやら、楽しいやらの状態が続きまして、ここら辺で一休みをと思ってね。その格好、いやさっきのスタイルもこの国じゃ、当たり前なんですか?」


少女は答えない。


(イカンな。こういう状況はどうする?ナニか色々あったみたいだし。)


「もう、何もわからないの・・・」


初めて少女が口を開く。やっと口を開いてくれたかなと思ったが、また沈黙・・・こういう時、ギャッゲー(ギャルゲー)の主人公なら何?何と!声をかける?駄目だ。彼等の流れはそのままベッドインだ。最近はそうでもないか?いや、今はそれどころではない。


「もう何もわからないし、何もない。だからどうでもいいの。ここを歩き回って、そのまま死んでいく。それでもいい。誰も構わないし…これでいいの。」



再び少女が喋る。軍曹は黙ってそれを聞き、しばらくして銃を持ち上げる。少し彼女の表情が動く。


「ここに銃弾が1発あります。昔、戦友に最後の弾は必ずとっておけと言われましてね?何故だかわかりますか?」


少女はキョトンとした表情で、自分の“頭”を指差す。その答えに軍曹は焦る。


(最近の子やべー!?そのアンサーに辿り着くの早くない?いや、ここは冷静に動揺を悟らせずに・・・)


「そ、そういう答えもありますね。うん、正解といっちゃ正解だ。俺達もそんな状況でした。敵に囲まれて、もうどうしようもなくなって、戦友の奴があんたと同じ事を言っていました。


このままじゃくたばる。お互いの弾倉には1発。敵にやられるくらいなら、それで撃ち会おうってね。確かに素敵な話だ。何の希望もないから、せめて最後は格好良くってね?」


そこで一端、言葉を切る。少し張りのある表情に戻り、聞く気になってくれている少女の視線はとても嬉しいが、それとは別の何か“生臭い視線”を感じ始めている自分がいた。


“何かが”こちらを見ている。確実に!遠くから、それもだんだんと距離を詰めて…


水場のさざ波がゆるやかに、こちらに押し寄せてきた。前方の暗闇に白い塊のようなものが現れ始める。あれは生きものだ。


それも馬鹿でかい奴…そいつが水の中を泳いでやってくる。ここから離れなければ。そう思う軍曹の気持ちを読んだように、白い何かは速度を上げ、足下の水辺まで接近する。


サッカーボールくらいの黄色い目玉が水の中で開く。声をかける暇が無かった。水中から現れる“それ”は少女を勢いよく引きずり込んだ・・・

 


支配者は歓喜の感情に包まれていた。大きな、生きた餌が2匹もいる。背がでかいのは

美味そうではないが、もう一つは水面からでもわかる良い匂いを発している。


ご馳走の華奢な体を前足で引っかけ、水中に引きずり込む。


さて、お次は?


引きずり込んだ餌が予想外の行動に出た。支配者の口元に寄り添うように前に泳ぎ出たのだ。まるで「自分から食べて」と言わんばかりに・・・


(よかろう・・・)


支配者は優越感に浸る。餌の気持ちはわからないが、自分から進みでてくる者は初めてだ。


(少し味が違うかもしれない。)


たまには珍味、それも極上の味なら悪くない。支配者はその大きすぎる口を静かに開けた・・・

 

「これで死ねる・・・」


濁った水面の中で少女は思う。白く巨大なワニが姿を表した時は驚いた。


だが、驚きとは同時に何か救われたような気持ちが起こったのも事実だ。あれだけの巨大な顎に噛みつかれたら、苦しむ事なく死ぬ事ができるだろう。


ワニを死の使いとして崇める国もあるそうだ。少女はワニの口元に近づこうと泳ぎを進める。頭くらいの巨大な目と自分の目があう。卵の黄身のように黄色い目には何の感情もない。


恐らく彼にとってはただ、呼吸をし、腹が減ったら食物を探す。その単純行動しかないのだろう。


自分もそうであればどれだけ良かった事か・・・何も考えない人形のように・・・

いや、そうなっていた自身から抜け出したのではないか?


人形である事を拒否し、捨てられたのではないのか?記憶が、かき混ざる。もう少しで何かを思い出せそうだ。さっきの話も気になってきた。あの人は一体、弾丸を何に使ったのか?


何もわからない。だから…!


何もわからないから!答えを探しにいくのではないか?

そのためには生きなければならない。巨大な口元が目の前に広がる。中にはナイフのように鋭い歯が幾つも並んでいた。恐怖という感情が静かに沸いてくる。


これは答えを導いているくれるものではない。彼女は踵を返そうとする。しかし、開いた口元は強力な引力を発し、彼女を吸い込もうと引っ張る。


(死にたくない・・・)


そんな感情が体を支配する。一瞬、顔が水の上にでる。口を開けた。汚水が口の中に入ってくる。構わず叫ぶ。


「死にたくない。」


瞬間、強い力で水面に引っ張り上げられる。聞き慣れた声が聞こえてきた。


「その言葉を待っていましたぜ。ハニバニ!」・・・

 


(自身満々で引きずり上げた割には・・・)


軍曹は苦笑する。特に目立った救出プランがある訳ではない。水面に引きずりこまれた

少女を見たとき、彼の頭に浮かんだのは、


この場から逃げる事だった。動物は食事に夢中になると他の注意がそれる。

今なら逃げれた。だが、そこで軍曹はふと思い直す。


(待てよ。このシチュエーションは何処かで見た事があるぞ。確か、危険な状況に陥っている男女がそのドキドキを恋と勘違いして。確かあれは?つり、そうだ。釣り針効果

(違う。)だ。疑似餌に騙された獲物(女の子)を釣り上げ、ゲットする。間違いない。)


事実、目の前の彼女は軍曹を「信じて疑わない。」って目をしている。

(気のせいか、目からキラキラした光が出ている。)


グッドシチュエーション!問題は後ろから水飛沫上げて突進してくるホワイト・ビッグ・アリゲーターだ。


(下水道に白いワニ・・・さすが狂った世界…半端ねぇ。)


少女を逃がし、怪獣に向き直る。銃弾は1発。高速のライフル弾といえど、

あの巨体を止める事はできないだろう。


何か、もっと大きな武器は無いか?ここはゴミため場だ。一つくらいは見つかるだろう。考えた矢先に巨大な歯が迫る。すんでの所でかわすが、目の前で「ガチッ」と合わさった歯の恐怖でバランスを崩し、そのまま水面に落下する。


慌てて泳ぐも、後ろから来る敵の方が遥かに早い。怪物の口の先と軍曹の足の先がETみたいにつつきあう。


(トモダチじゃねぇ。俺はランチだ。)


奴はもう真後ろにいる。本当にやばい。このままでは・・・。鈍い投擲音と共に水面に何かが投げ込まれる。救いの手か?


しがみついた物体は金属の手触り、表面には大きな漢字で


「火気厳禁」


圧縮空気のガスボンベ。誰が?考えるまでもない。包帯の彼女だ。

何故、こんな所にガスボンベが?ここは見捨てられた地下世界、何でも流れつく。


突撃銃を構える。


近距離でなら水中でも発射が可能だ。何故?弾を1発とっておくか、その答えは簡単だ。敵に死ぬくらいなら自殺する。それもわかる。だが、敵にやられるにしろ、自分でやるにしろ?行き着く答えは一緒だ。だったら違う答えを模索したい。


そのためにはどんな物でも利用する。自身の後方に流れたボンベを咥えた巨大な顎が

眼前に迫る。その表情は無表情…ただ、餌を食うことだけを目的に突っ込んでくる。


「少しは笑え。畜生。」


最後の銃弾を放つ。刹那、巨大な爆風が全てを包みこんだ・・・



激しい爆発で水上に跳ね上げられる。思い切り壁にぶつけられながら、軍曹は

お決まりの台詞を呟く。


「また・・・生き残っちまったな・・・」


視界を包帯が覆う。先ほどの少女が覗き込んでいる。軍曹は慌てて

手を上げた。少女が会ってから初めての笑顔を見せる。こういう報酬もたまには悪くない。ニヤリと笑い返す。


「…話の続き!」


「?」


「どうなったの?貴方とピーターは?」


ようやく思い出した。


「ああ、あれか…いや、なに、つまらない話でね。お互い二発の銃弾を敵に撃ち込んだ後、そいつらの腰にたまたま、ついていたバックパックから弾倉を抜き取って、


たまたま、燃料がMAXのヘリに乗って脱出さ?ピーターはどうしたって?一緒に乗っていたパッキンのねーちゃんとよろしくやってるよ!今頃な。」


少女が声を出して笑い出す。軍曹も笑いながら話を続ける。


「水の流れ的に、このまま進んでいけば出口にでれる。よければご一緒に・・・」


少女がこくんと頷く。最高の報酬だ。釣り針効果が美味くいった?いや、どうでもいいな。


さて・・・心で笑い出す。だが・・・邪な事を考えたのがいけなかったのかもしれない。突然上がったイタズラな波飛沫が軍曹の足下をすくい、そのまま自身の体を流しはじめる。巨大な爆発によって水の流れが変わったのかもしれない。あっという間に少女の姿が見えなくなる。軍曹は手を上げ、少女に安心させるように親指でグッドラックサインを作った。


(あの子なら、上手く出口を見つけるだろう。そして失ったものを必ず取り戻す。うらやましいもんだ。)


「最初に助けた娘といい、結局、ドキドキなビュジュアルとは縁がねぇな?」


苦笑しながら呟く。明るい光が見えてくる。そのまま軍曹の体は排水溝に向かって、恐ろしい勢いで流されていった・・・(終)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「同人戦線」 低迷アクション @0516001a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る