最終話 うつむく花弁
桃の木からたれた雨だれがわたしの額に当たります。
あいかわらず雨が降る中、わたしはそんなふうに回想を終えました。
春雨に濡れている桃の花は恥ずかしそうにわたしを見つめています。春雨は霧のように降っていました。
あれから戸辺さんのお宅にお邪魔したことはありません。何度もお邪魔しようとしたのですが、そのたびに心臓がきゅっとこわばって、ノックしようとしたわたしは立ちすくんでしまいます。沙良ちゃんのことがあってから、わたしはどんな態度で戸辺さんに接すればいいのか、わたし自身見失ってしまったからです。
沙良ちゃんとはお互い一週間そっぽをむきあった結果、ついに根負けした沙良ちゃんがばつのわるそうな顔をして謝ってくれました。わたしは沙良ちゃんがいない寂しさをポケットの文庫本で紛らわせることができますが、沙良ちゃんにその用意はないのでいつもこの勝負はわたしに分があります。
ちょっぴりむくれたようすの沙良ちゃんは「言い過ぎた」ことは謝ってくれましたが、「どう考えても小麦は騙されてる」と戸辺さんを疑ったことについては最後まで聞く耳を持ってはくれませんでした。
わたしは考えます。
窓の風景にみぞれがまだ残る図書室で、たんぽぽが顔をのぞかせる川べりの土手で、リフレインされるのはいつも同じことでした。
戸辺さんは沙良ちゃんの言う通り、悪いひとだったのでしょうか。
まずは小麦粉。沙良ちゃんは営業していないのを理由に小麦粉を運ぶのはおかしいといっていましたが、はたしてそうでしょうか。例えば、店をたたんだパン屋さんが好きなパン作りを趣味でやりたいと思ったら? 大量の小麦はいりません。
ケシの実に関してもそうです。わたしは戸辺さんに手作りのおかしをたくさん頂きました。ショートケーキには入っていないかもしれませんが、クッキーの中にケシの実を練りこむのはよくあります。温かいあんぱんの上には、もちろん白茶のケシの実がふりかけてありました。
わたしは図書室で少し調べました。もちろんケシの実を栽培していたら違法です。ひとりこっそり生成、鋳造できる量は限られているそうですが、違法行為には間違いありません。だけど、少しぬけた所がある戸辺さんのことです。お菓子で使うケシをうっかり栽培してしまっているだなんて、いかにもありそうなことではあります。
わたしはそこまで考え、結局それを沙良ちゃんに説明することはできませんでした。
わたしとしてもまったくの疑いがないわけではなかったのです。戸部さんはわたしとのお話中、席を立つことが多くありました。それは禁断症状が押さえるため。そう考えればあらゆる状況証拠はケシと戸辺さんの関係を示唆しているようでなりません。
雨の音がいっそう強くなった気がします。
そこまで考えたわたしは、ひとつだけあることを決めました。
それを思い立った日からずっと、わたしは戸辺さんの家の前まで訪れていました。ただしその扉をたたくことはありません。
一ヶ月、わたしは戸辺さんのもとへ通い続けることにしました。その間、わたしが待ちぼうけるところに警察が来てしまえば。そうなっては仕方ありません。戸辺さんの家に乗り込むところを見れば、悲しいことですがわたしもあきらめはつくだろうと考えたのです。
だけどもし、一ヶ月経っても何の兆候が見られなければ。
わたしは自身で戸辺さんを許して、わたしは笑顔で戸辺さんの家の扉を叩き、楽しい談笑をするでしょう。今日までは何事も起きませんでした。そして今日はちょうど最後の日でした。
水溜りが跳ねる音が聞こえます。桃色の花弁がそっとうつむきました。
音が近づきます。
わたしはゆっくりと振り返りました。
桃花 魔法少女空間 @onakasyuumai
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