呪GAME ザ・リベンジ
人生
つぎは おまえ だ
寝る前にスマートフォンで動画を観ていたのだが、面白くなかったので違うものを視聴しようと画面をスクロールしようとした。
「あ」
その際うっかり、動画下にある広告に触れてしまったのである。
触ってしまったのはゲームの広告だったようだ。飛ばされたのはゲームの内容を紹介するページ。すぐにタブを閉じようと思ったのだが、別にヤバそうなサイトでもないし、そもそも既に開いてしまった。いったいどんなゲームなのだろうと、多少の興味も湧いていた。
そも、ウェブ広告というやつは、ユーザーの興味があるものが表示される傾向にある。だから当然、そのゲームも俺の興味をそそるものであったのだ。
ゲームのタイトルは『ジュゲム』――最近、何かと目にするタイトルだった。
よく閲覧しているゲームのレビューサイトでも紹介されていたし、それ以降何度か表示される広告だった。人気作品なのだろうか。前から、興味があった。「今すぐDL」という表示をタップする。いい暇潰しになるだろう、これも何かの縁だ、と軽い気持ちで。
移動したページは正規のアプリストアで、俺はなんの警戒もなくそのアプリをダウンロード。
ダウンロードはすぐに終わった。我が家の回線はつよつよなのだ。
アプリを起動する――よく知らない会社のロゴが表示され、タイトル画面。ドット絵のキャラクターが表示されている。タップすると、「あなたの名前を入力してください」というダイアログ。
なんでもこのゲーム、名前が重要な意味を持つらしい。初期設定は『タロウ』。さてどうしようと悩んでいて、気付く。どうやら名前に文字数制限はないようだ。ならばせっかくだし最強の名前をつけようと、俺はブラウザを開いて「じゅげむ」と検索した。そして、その名前をコピー、ゲーム内の入力欄にペースト――それから、現代的にアレンジ。
その名前で決定すると、
老婆【『タロウ』? 貧相な名前だねぇ、お前の名前は今日から、
『タロウ・ザ・じゅげむじゅげむごこうのすりきれ
だよ】
「マジか」
思わず笑ってしまった。これ、初期設定のままだとどうなってたんだ。
それに、どんなストーリーが待っているか知らないが、このクソ長い名前が毎回表示されるとしたら面白い。重要な台詞もこのフルネームに潰されてしまうのではないか。バックログとか、そういう機能がないと困るが……ともあれ。
画面をタップする。
その瞬間、スマホが光を放った。
気が付くと、目の前にドット絵の街が広がっていた。
ゲーム画面のようなその光景の中心に、ドット絵のキャラクターが立っている。
俺は、そのキャラクターの頭上から街を俯瞰しているのだ。
「???」
ドット絵で描かれたリアルな世界――という謳い文句だったが、これはいったいどういうことだ?
まるで幽霊にでもなったようだ。あるいは、透明人間か。自分の身体が、自分でも見えない。意識だけがキャラクターの頭上に浮いて――それこそゲーム画面のように、キャラクターを中心とした街の風景だけが俺の視界に存在している……。
周囲を見ようと首を動かすのだが――視界は変わらない。ただ、俺の動き(のイメージ)と連動し、眼下のキャラクターが首を動かしている。手を持ち上げようとする。自分の身体が動いた、という感覚はない。代わりに、キャラクターの腕が動いた。
……俺が操作している?
試しに、頭上を見上げてみる。
すると、視界が暗転――四角い窓越しに、やけにリアルな天井が見えた。
あれは……ついさっきまで見ていた、俺の部屋の天井だ。
不意に、視界下部に何かが表示された。
【つるペタ幼女サイコー が しんでしまった!】
……なんだ、今のは。
そのダイアログに意識を向けると――視界が街の風景に切り替わり、そしてまるでタップでもしたかのように、表示が消え――
ピコピコピコ
【戸惑っているようだな】
どこからともなく奇妙な電子音が聞こえたかと思えば、視界の中央に吹き出し状のポップアップが表示された。しかも、その吹き出しを出しているのは、いつの間にか俺の前――俺のキャラクターの前にいる女性キャラである。
【ここは始まりの街。お前に会うためにわざわざデスルーラしてきたんだ】
……デスルーラ? つまり、自殺して、リスポーン地点に設定されているこの場所へ移動してきたということか?
【つるペタ幼女サイコー が あらわれた!
真名をにゅうりょくしよう!】
視界下部にダイアログ。名前を入力できるようだが……?
【簡潔に説明する。ここはゲームの中の世界だ。ある条件をクリアしなければ、ここから出ることは出来ない。そのためには仲間が必要だ。俺はお前みたいなヤツが現れるのをずっと待っていた】
ピコピコピコ。キャラが何か言っている。ゲームの説明か?
【……まあいきなり言っても、すぐには飲み込めないだろう。少し、この世界を見て回ってくるといいさ】
つまり、ここから自由行動開始という訳か?
キャラクターを動かす――それは自分の身体を動かすように、思うだけで行うことが出来た。俯瞰の視点にはなれないが、移動自体は簡単だ。
【自己紹介が遅れたが、俺の名前は〝つるペタ幼女サイコー〟だ。適当につけたら、ずっとこのままだ。名は体を表すっていうが、幼女ってワードに反応したのか、こんな見た目になっちまった】
俺が移動すると、後ろから仲間みたいについてくる。チュートリアルでもしてくれるのか。ここが宿屋だ、みたいな。
【ところでこのゲームだが、設定された名前がフルで表示されるまでアクションが実行されないんだ】
どういうことだろう。【タロウ の 攻撃】みたいに、ただ攻撃コマンドを押しても、それが全て表示されるまで実行されないということか?
【このゲームではいくら死んでも甦るが、大ダメージを受けて半端に体力が残った状態だとつらいぞ。なにせ、本物の痛みがある】
と、表示されたそばからである。
【つるペタ幼女サイコー の 攻撃!】
――痛ェ……!?
背後から殴られた――そんな感覚があった。視界の中では背後の女性キャラがどついてきただけなのだが、それが攻撃だったようだ。俺のキャラの頭上にダメージの数字が表示され、直後に俺自身の背中に鈍い痛みが走ったのだ。
【こういう訳だ】
これまで、どこか夢見心地で、現実感が乏しかった。しかしそれも、今ので完全に吹き飛んだ。
――これは、本当に夢でも、ゲームでもないのか?
というか、
【何しやがる】
俺が意識した言葉が、そのままキャラの頭上にポップアップで表示された。
【コメントできるようになったようだな。アクションも、基本的には思うだけで……そうしようと、強く意識するだけで実行できる。ただし、最初のうちは殴る蹴るくらいだが】
やり返そうと意識すると、キャラがこぶしを振り返った。違う、前じゃない、後ろだ。操作に戸惑っていると、【つるペタ幼女サイコー の 攻撃!】ダイアログに文章が流れ、すさまじいエフェクト共に数字が表示される。
直後、
【うわああああああああ】
【そこで、だ。すぐに回復魔法をかけたくても、お前のその名前だと、表示され終えて実行されるまでに時間がかかる。こんな風に】
【タロウ・ザ・じゅげむじゅげむごこうのすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末世紀末喰う寝る処に住む処ネット環境にスマホ代やぶら柑子のぶら柑子パイポ・パイポ・パイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナのリア充ライフでイケメンの長久命の長助 の 体力が回復した】
長い名前が視界の下を走り抜けた直後、全身を襲っていた言葉に出来ないほどの痛みが嘘のように引いていった。
【分かったか? これからボス戦にいきたいが、毎回それだと困るんだ。俺だって何度も死んだ。もう自殺するばかりの毎日だった。お前もそうなるだろうよ。そこで、お前の真名……つまり、本名を教えてくれないか?】
【本名?】
事情は分かったが、なぜそこで本名が要求されるのか。別に『じゅげむ』とか、略称でもいいのでは?
俺はSNSでも実名を使わない人間だ。匿名性とは、自分を守る仮面であり鎧――まあもちろん、匿名でも他人から悪口を言われれば傷つくのは俺自身なのだが、それでも、実名に向かって直接暴言を吐かれるよりは幾分かマシだ。気持ちの問題だが。
【その気持ちの問題だ。ここはゲームの中だが、キャラクターはお前自身だ。仮の名前に向かって回復するよりも、実名に向かってやった方が効果が上がる。このゲームでは名前が重要な意味を持つからな】
【なるほどな……】
【本名を教えるっていうことは、相手を信頼するってことだ。信頼はボスに立ち向かう力になってくれるだろう。一人では勝てなくても、他にプレイヤーがいるなら……。俺も、こんな恥ずかしい名前で呼ばれたくないからな。実名を教える】
どれだけ長い間、このゲームの中に一人でいたのだろう。俺にはまだ実感が持てないが――
【それに、じゅげむじゅげむなんて……縁起が悪いだろ?】
【……確かに】
まだちょっと納得しかねるが、それこそ寿限無みたいなことになりたくはない。
俺は『つるペタ幼女サイコー』に本名を教えた。今は視界の隅で小さくなっているが、恐らくさっき出た「真名を入力しよう」というダイアログと何か関係があるんだろう――
【つるペタ幼女サイコー が ログアウト に 成功した!】
……なんだ?
さっきまで俺の後ろにいたキャラクターも姿を消している。
【おい?】
呼びかけるが、ピコピコピコとどこからか聞こえる電子音が空しく反響するばかりだ。
「まさか、こんなあっさり引っかかるなんてな」
と――
頭上から聞こえた声に、俺は思わず顔を上げた。四角い枠の向こうで、こちらを覗き込む――
【お、俺……?】
冴えない俺の顔があった。
「この世界は椅子取りゲームみたいなもんだ。ゲームの中から出られるのは一人だけ、余った体も一人分ってな」
俺の顔で、俺の声でしゃべるそいつは――まさか、つるペタ幼女サイコーなのか?
「俺はずっと待ってたんだ、ネットの世界をさまよいながら。お前みたいに釣り広告に引っかかるヤツをな」
視界が揺れる。この四角い枠は……まさか、俺のスマホなのか?
「後腐れがないように教えといてやるよ。お前がこのゲームに興味を持ったのは偶然じゃない。俺が誘導したんだ。……レビューサイトを見なかったか? あのサイトはな、見に来た連中のスマホやパソコンに、ウイルスを感染させるんだ」
画面の向こうで、もう一人の俺が何かをしている。
「ウイルスといっても、するのはそのゲームの広告や、ゲームを絶賛するツイートなんかを表示するだけ――それも、ごく自然にな。お前みたいなヤツが、自分の意思でゲームをダウンロードするよう、仕向けるために」
もう一人の俺は椅子を運びながら、どこかに立てかけてあるのだろうスマホに向かって――ゲームの中の俺に向かって語る。
「かくいう俺も、そうやってゲームをダウンロードした一人だ。俺はその中で何年も、次の
俺はその言葉を、他人事のように聞いていた。
やはり、これは悪い夢なのだろう――とてもじゃないが、現実感が持てない。
「悪いことばかりじゃないぜ? 俺みたいにこうやって他人の体を手に入れることが出来たら、新しい生活を送ることが出来る。そいつの個人情報は、アプリがダウンロードされた時点でスマホを通してなんでも手に入る。うまくいけば、玉の輿……まあ、ガチャみたいなもんだが。イケメンになれるかもしれないし、金持ちになれるかもしれない。夢があるだろ? 相手の体に入る前に、ちゃんと必要な情報は入手しておけよ。口座の暗証番号とかな」
こいつは……今、俺の体にとり憑いているのか? 入れ替わった? 俺に成り代わったということなのか……?
「どうして俺がそんなアドバイスをするのかって? 簡単な話だ。後ろめたい気持ちを持ちたくないんだ。俺は被害者、お前と同じ立場なんだ。俺は別に、お前を苦しめたい訳じゃない。誰でも良かったんだ。……分かってくれるよな? いつかは分かるだろうさ。頼むから、俺を恨まないでくれよ。俺はもう、疲れたんだ。楽になりたいんだ。なんの後腐れもなく、な」
そう言って――どこからか垂れ下がっている輪っかに、もう一人の俺は手をかけた。
【待て、何しようとしてるんだ……! やめろ! やめてくれ……!】
「やっと自由になれる――」
【タロウ・ザ・じゅげむじゅげむごこうのすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末世紀末喰う寝る処に住む処ネット環境にスマホ代やぶら柑子のぶら柑子パイポ・パイポ・パイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナのリア充ライフでイケメンの長久命の長助 は しんでしまった!】
【タロウ・ザ・じゅげむじゅげむごこうのすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末世紀末喰う寝る処に住む処ネット環境にスマホ代やぶら柑子のぶら柑子パイポ・パイポ・パイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナのリア充ライフでイケメンの長久命の長助 は しんでしまった!】
【タロウ・ザ・じゅげむじゅげむごこうのすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末世紀末喰う寝る処に住む処ネット環境にスマホ代やぶら柑子のぶら柑子パイポ・パイポ・パイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナのリア充ライフでイケメンの長久命の長助 は しんでしまった!】
――それの
どこかのハッカーが生み出した自我を持ったウイルスだとも、インターネットにはびこる様々な悪意……他者を蹴落としたいという人々の意思が生み出した怪物だとも言われている――
ただ一つはっきり言えることは――それは、今もどこかで、虎視眈々と、その機会を窺っている、ということだ。
たとえばそう――この下にある、広告の影から――
呪GAME ザ・リベンジ 人生 @hitoiki
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