新解釈 桃太郎
武田武蔵
新解釈 桃太郎
私は、どこからやって来たのか。時折、思うことがある。
私は、この世に如何にして生まれ落ちたのか。
私を優しく育ててくれた老母は、「お前はわたしが洗濯をしている時に、桃に乗って運ばれて来たのだよ」と、言う。
しかし、私は聞いてしまったのだ。
私が、老父と老母の娘と、炭焼き小屋の青年との、不義の息子だと言う事を。実母は私が物心付いた時には既に出産が原因で病にかかり命を落としていて、実父はいつの間にか姿を消してしまったのだと言う。
ある時、とある村で海から鬼がやって来たと言う話が巡りめぐって噂になった。このままだと、私の育った村も危ないと言う。
「こう言う時こそのお前ぇの出番だ」
私の両肩を持ち、そう言ったのは村長だった。
鬼退治で鬼に食われる、もしくは共倒れとなる事を願っての事だろう、私は村にとって、そのようにしか思われていない存在なのだ。
そんな私の唯一の救いが、老母の存在だった。
「わたしにはこのような事しか出来ないけれど、これで仲間を雇いなさい」
そう言って、きび団子と共に、数枚の小銭を私に授けてくれた。そうして、老夫婦に見送られ、私は夜明け前、鬼退治に出かけたのだった。
途中、猿の助、雉比古、犬太郎と言う仲間を小銭で雇い、私たちは鬼が出ると噂された港町から船に乗り、鬼の棲む島、鬼ヶ島へと向かった。
幸いにして海は凪ぎ、船は空と海との蒼い境界線を静かに渡って行く。
「お、あれが鬼ヶ島ですかねぇ」
と、暗雲立ち込める一角を指差し、雉比古が言った。
「お宝がたんまりと有れば良いですねぇ」
犬太郎は舌舐りをした。
そんな仲間たちを、猿の助は櫂を漕ぎながら、無言で見ていた。
それは、故郷の村人を見る、私の眼差しに少し似ているものがあった。
「そう言えば、何故鬼は鬼なのだ?」
私は自問してみる。鬼とは、人から鬼になったモノを指すのか、それとも、鬼は元から鬼なのか。もっとも、その全容は鬼ヶ島に着いたら判る事だ。
「桃太郎様は財宝を得たら何に使うご予定で?」
雉比古が聞いてくる。
「あっしは、御殿を建てたいですな」
「俺も家が欲しいな」
雉比古に続き、犬太郎が答えた。そうして、二人は声を揃え、
「桃太郎様も、故郷に帰られれば英雄ですぞ」
「英雄か……この俺が」
と、私は頷いた。本当に村人たちは喜ぶのだろうか。
やがて、鬼ヶ島が見えてくる。立ち込める暗雲で、辺りが薄暗くなった。
「船をつけますぞ」
猿の助は言って、浅瀬に船をつけた。
「よし、下りるぞ」
私は一足先に下り、袴を海水に濡らした。そうして、浜に立つと、赤い襷で己の着物の裾をたくし上げた。他のものたちも下りてくる。
山から海へと至る林の向こう側に、鬼の棲む場所があると伝えられていた。私たちはゆっくりと砂浜を歩き、武器を構えた。
間も無く、肉の焼ける匂いが漂って来る。刀の柄を持つ手に力が入る。その時初めて、私は己が血戯えを感じている事を知った。
果たして、鬼とはどのような者たちなのだろう。角が生えていると言うモノもあれば、赤ら顔で髪まで燃えるように紅いと言う赤鬼、それから、青白く蒼い目で髪が金色だと言う青鬼もいると言う。
果たして何が出てくるか。私は林から飛び出し、刀を構えた。
「やぁやぁ我は
しかし、そこで待っていたのは、信じられない光景だった。焼かれているのは豚で、振り向いたモノたちは、とても鬼とは思えないモノだったのだ。
私が呆然としている間に、雉比古の振り絞った弓矢が青鬼の胸に当たった。彼は血を吐いて、倒れた。
「おうおう、仲間のようになりたくなければ、早く財宝を渡すのだ、鬼ども」
と、彼は言った。鬼たちは弱者のように、怯え、困惑したようだった。
その時だった。私の足が、自然と鬼の方へと向いていた。そうして、雉比古と向かい合ったのだ。
「庇うのですか、彼らを」
雉比古は驚いて言った。
「彼らが何をした。豚の丸焼きを食べていただけではないか。見た限り、人骨もない。矢の矛先を読み間違えるな」
すると、鬼たちは聞き慣れない言葉で何か相談していた。その後、一人の赤鬼が私の方へと歩み寄り、
「鬼が人を食べていると言う事実は御座いません。此処までこられたのです。財宝を持って帰って──」
赤鬼が全てを言う前に、私の顔に鮮血が飛んでいた。雉比古の振り絞った矢が、彼の口に命中したのだ。
「皆、かかれ、勝機は我らに有り」
犬太郎が剣を抜いて、鬼たちに切りかかった。
鬼を守ろうとも、身体が思うように動かない。死と言う恐怖が、私の背に手をかけた。
私がこうしている間に、鬼たちは全て始末され、洞穴の奥にあった、金や宝石の宝を私たちは奪う事になった。
「これで、故郷に錦を飾れます」
持てるだけの財宝を持って、船に乗せながら、犬太郎は言った。私は一瞬、この男は何をしたのだろうと考えた。何ら抵抗もしない鬼を殺し、その財宝を奪う。
立派な、略奪者ではないか。
港町からは台車を借りて、それぞれ宝を分配して、故郷に帰って行った。私にも、多少の金はある。
ただ、私は酷く後悔していた。あれは、どう見ても人間だ。鬼ではない。
何故、人々は異形のモノを避けるのだろうか。そんな事を考えながら、私は帰路に着いた。
私が帰郷した事に、一番驚いたのは村長だった。そうして、一番喜んだのは、やはり老父と老母だった。
「良く帰って来たねぇ。お前が無事に帰れる事をいつも願っていたのだよ」
と、老母は言う。
「これは、真珠になります。その残りの財宝は、他の者に渡しました」
村長の目前で、私は告白した。
「お前が帰ってくればそれで良い……」
傍らで、老母が泣いている。老父は芝刈りに行き、不在だったのだ。
「この真珠は、ご自由にお使い下さい。それでは、失礼します」
私はそう言って泣く老母を立たせ、呆然としている村長の家を後にした。
「鬼は、どのような鬼だったのだい?」
自宅に帰ると、既に老父が帰って来、囲炉裏の火を使い、粥を作っていた。
その問いに、私は答えた。
「鬼は、立派な人間でございました」
新解釈 桃太郎 武田武蔵 @musasitakeda
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