第49話 アイドル


 その光は部屋全体を包み込み、カレンは部屋の片隅で小さくなって顔をおおう白雪を薄め目で確認してから、目をつぶった。


 そのうち風がおさまり、熱もやわらいでいく。


 部屋は殺風景な薄暗い空間に戻っていった。


 カレンは目を開けて自分の姿を見下ろす。


 そこには、なんら変わらないいつもの自分が。念のためスカートの上から股間を確認するが、それもちゃんとそこにある。


「ねえ、ボク、変わった?」


 カレンは白雪に手を広げて見せる。


「ううん、カレンのまんま」

『当たり前でおま。今の年齢で錯覚させると言いましたやろ』

「言ってないよ!」

『こまいことを、いちいち……とにかく、これでしばらくは二度見されても男の子とバレることはありゃしません』

「そ、そうか」


 カレンは、不安はぬぐえないがとりあえず安堵あんどした。


「ボクが大人になって……それでも女の人に見えるようにできるんだよね?」

『……もちろんでっせ』

「なんか、今、がなかった?」


 鏡の男はあらたまった顔をして二人に語り出した。


 それは、大人になれば、それぞれ違う道を選ばなくてはならなくなる現実が訪れるということ。


 白雪は女王になる。そして、結婚して跡継あとつぎをもうけなければならない。平民のカレンには、たとえそばにいたとしても、到底とうてい、手の届かない存在になる。


「わかってるよ」


 カレンは目をせた。


 自覚していないあわ恋心こいごころを指摘され腹が立つが、それを言葉にできるほど成長していなかった。


 もやもやした気持ちを抱えたまま、カレンは白雪の手を引いて殺風景な部屋を出た。


 白雪はそんなカレンに笑顔を向ける。


「これで、ずっと一緒にいられるねー」

「う、うん。そうだね……」

「白雪が王様になったら、もう魔法はいらないねー」

「そ、そうだね……」

「そしたら男の子に戻れるねー」


 カレンは、はたと歩みをとめる。


 白雪が王になるまでではない。白雪と自分が成長して変態王の好みの年齢を超えれば、もう白雪を守る必要はなくなる。


 自分の城での存在理由がなくなれば実家に帰されるだけだ。


(あと、数年……)


「カレン? どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。今日はなにをして遊びたい?」

「ターザンごっこ!」


 どうやら次期国王は城中のカーテンをボロボロにしないと気がすまないらしい。カレンは苦笑いをかみ殺し、目を細めて「いいよ」と、答えた。






 その後も、カレンを男の子かもとうたがったガチ変態国王は、初恋の妖精そっくりな我が子&金髪の美少女の完璧なコンビにきることなく、大量放出を続けた。


 白雪が12歳になった頃、さすがに同年齢に見えることに首をかしげる侍女が増え、一度、魔法をかけ直してもらい、17歳のカレンは中身は端正たんせいな顔立ちの美少年で、見た目は17歳の清楚せいそな美少女を続けていた。


 声変わりも寝起きのヒゲも、ぐんぐんと伸びる身長も魔法はうまく隠してくれていた。


 ドレスを仕立てる仕立て屋だけは実際に測定した肩幅や胸囲と見た目との違いに釈然としないと頭をふりながらも、それでも注文どおりに品物を届けてくれた。


 ある日、二人は木に登り、本を読むことにした。


 幼い日に、はしごを使って登らなくてはならなかった枝に、カレンは白雪の腰をヒョイッと持ち上げて座らせる。そして、自分も軽やかにジャンプして隣の枝に座った。


 美しい二人は、それだけで目を引いた。


 侍女たちは口々にめたたえる。


「まあ、花が咲いたようでございますね」

「本当に。将来が楽しみですわ」

「白雪姫には結婚の申込みがあとをたたないとか」

「姫だけではありませんわ。最近はカレンと二人で一緒にとついでこないかと申し出が増えましたわ」

「二人で⁈」

「カレンだけでもという申し出も多いのですよ」

「あれだけの美貌びぼうですものね〜」

「でもカレンは姫と離れるつもりはないそうですわ」

「仲良しですものねー」


 平和な国の穏和おんわな性質の国民たちは、時折ときおり視察に街を訪れる美しい二人を、まるでアイドルのように扱った。


 二人の肖像画をコップやカバンにえがいて商売を始める者や、異国の黄色いスパイスを使った “カレンパン” でひと財産築く者、黒髪のかつらと白いドレスで『あなたも白雪姫になれる!』と、売り出す者も現れた。


 たんなる物流の拠点きょてんとして通行税の収入だけが頼りだった地域が、商人たちがお土産で買っていく白雪&カレングッズでうるおっていく。


 黄金の姫と金髪の美少女のペアは他国でも話題になり、グッズを買うためだけに観光客が訪れるようになった。それを受け入れるための宿屋や食堂も立ち並び、満員御礼まんいんおんれい状態になる。


 諸外国の社交界でも、もともと黄金の姫と話題をさらった白雪グッズがトレンドになり、最新の二人の姿をえがいた扇子せんすや髪どめが元値もとねの何百倍もの値段で売れた。


 王のものとは違う美少女産業が活発になり、城内から国民に勝手に二人の姿をえがかせるのではなく、公式グッズを売り出そうとの声があがる。


 平和ボケしている家臣たちの中に、王女の権威けんいを地に落とすかもと危惧きぐするものはおらず「いいね〜」と、さっそく肖像しょうぞう画家がかを呼びつけた。


「肖像画? 誕生日にお披露目ひろめしたよ?」


 毎年、肖像画はき直されているのにと白雪は、その可愛らしい首をかしげた。



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白雪姫はガラスの靴なんてお断り ヌン @nunshi

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