第48話 仕事でっせ


 カレンはビックリして尻もちをついた。


「うわ! 呼んでないのに出た!」

『重ねがさね、失礼でっせ』

「わーい。いま、行こうと思ってたのー」


 白雪の言葉に鏡の中の男はあたりを警戒するように視線を走らせる。


 そして、白雪とカレンしか室内にはいないにもかかわらず声をひそめた。


よう来なはれ。今すぐに、よう……』


 それだけつぶやいて、すーっと消えていった。


「え! ちょっと待ってよ! なんで……」


 白雪は呆然とするカレンの手を引いて立ち上がらせる。


「カレン、行こう!」

「本気? 用だったらいま言えばよかったじゃん」

「用があるのはカレンでしょ」

「う、まあ、そうなんだけど……」


 なんだかなーと、乗り気ではないカレンを押して、白雪は王妃の部屋の先の隠し戸棚をくぐり、暗い階段を昇り、魔法の鏡が置かれる殺風景な部屋に到着した。


「鏡よ、鏡。出てきておくれ」


 白雪が魔法の言葉をとなえると、鏡面がゆらいで男が顔を出した。


『おひさしゅうおまんな』

「ねえ、呼んだのはそっちなんだからさ。魔法の言葉は必要ないんじゃない?」


 もったいぶっちゃってと、カレンは腕を組む。


『あんたさんのオモロいごうをどうにかするには、手はずってもんが肝心でまんねん』


 なにを言ってるのかわからないし、わかりたくもないとカレンは顔で語る。


『うわ、わかりやすっ! そういうクソガキ感満載なところが王様にバレはる原因でっせー』

「なんでバレそうだって知ってるの⁈」

『わては魔法の鏡でっせ。いつ・どこで・なにが起きているかなんて、ぜーんぶお見通しっちゅうねん』


 ドヤ顔を見せる鏡の男に、カレンは「信じられない」と、腕を組み直す。


「だったらさ、悪いことがおこる前に知らせに来てくれてもいいんじゃないの? 例えば、家庭教師の先生が山ほど宿題を持ってこっちに向かってるとかさ」

『ケッ。それ以上、アホになってどうしますの〜?』

「ムカつくんだけど!」


 一触即発いっしょくそくはつの二人に白雪は床をドンっと足で鳴らす。


「二人とも、ケンカしないの! 魔法でちょちょいっと女の子にしてもらうんでしょー? ほら、やっちゃってー」

「白雪! 軽く言わないでよ! ていうか、こいつには無理だよ」

『百歩ゆずって “こいつ” は許せても “無理” は聞き捨てなりまへんで〜』

「じゃあ、ボクを女の子にできるの⁈」


 鏡の男は(鏡の中にあるかは不明だが)息を吸い込んだ。


『わては、神さんじゃあー……ない』


 自分は神様ではないと言い切る男に、カレンはフンッと鼻で笑う。


「ほら、無理ってことじゃん」

『最後まで聞きなはれ。性別を変えることはできしません。でも、女の子だと思わせることは、できまっせ』

「どういうこと?」


 鏡の男のおかしな言葉を簡潔かんけつにすると、カレンに魔法をかけ、周囲の人々に錯覚を見せることが可能だと言う。


 それは、ふとした瞬間にカレンの本来の姿が見えてしまうこともあるが、見返すと今のままの少女の姿が見えるという、幻覚魔法だと説明をした。


『あれ、オッサンが? でも、二度見すると見間違いやったと思わせる高度な魔法でっせ』

「高度なら二度見しなくてもいいようにしてよ。ていうか、ボクはオッサンにならないから」

『誰でもオッサン経由のくそジジイになりまんがな。贅沢いいなさんな』

「どうも信用できないんだよねー」


 首を傾げるカレンに白雪は向き合った。


「やってもらおうよ。カレンと離ればなれはイヤだよ」


 これにはうなずくしかない。


『ほな、いきまっせ〜』

「ちょっと待ってよ! 注意事項とかないの⁈ 副作用とかは⁈ ずっと、この姿のままになるの⁈」


 白雪は成長するのに自分だけ11歳の姿のままでは、今度は違う疑惑をもたれてしまう。


『あー……ほな、定期的にかけ直しましょか?』

「やっぱり考えてなかったな! 白雪、もっと問題を想定して対策を決めてからにしたほうがいいよ!」

「カレン “習うより慣れよ” だよ」

『お、黄金の姫はんは良いこと言いはりまんな〜』

「へへー」

「へへーじゃないよ! 寿命が縮まるとかないの⁈」

『ないない。ほな、いきまっせ〜』


 殺風景な部屋の壁や床、天井が薄く輝き、結界が張られる。そして、カレンの足元が明るくなり、魔法陣が現れた。


「そんな、あっさりと……!」


 身構えるカレンの体が魔法陣の光に照らされ、下から風ではないなにかが吹き上がる。


 スカートをはためかせながら、カレンはギュッと目をつぶった。


 すると、体の横に熱を感じた。全身を取り囲む魔法の熱よりも熱さを感じ、カレンはそっと目を開いた。


 そこには白雪が立っていた。


 同じ魔法陣の中で、白雪の足元は一段と強い光を放っている。


 光の風はどんどん強くなり、おもしろがっていた白雪の笑みがこわばってくる。ついにスカートはヘソまで捲り上がり、カボチャパンツをさらしてしまった。


「あばば、助けて〜」

「白雪!」


 体が浮き上がりそうな白雪をカレンはつかまえた。


 すると、魔法陣の光が弱くなり、白雪の髪もスカートも元の状態に戻った。


『……わてが思うよりも妖精の粉の影響が強い……』


 鏡の男の呟きにカレンはキッと顔を上げる。


「危なかったじゃないか! 妖精の粉ってなんのことだよ!」

『い、いや、すんまそん……てか、姫はん? 普通は魔法陣の外に出るっちゅうもんやで』


 白雪はごめーんと頭をかいてカレンから離れた。


「ねえ、妖精の粉ってなんのこと? 白雪は妖精が見えるんだよ」

『そりゃあ、ハーフ&ハーフみたいなもん……では、仕切り直しでっせ』

「答えてないじゃん!」

『ギャーギャー言いなさんな。はい、息を吸い込んで〜……止めてくださ〜い』


 さっきはそんなこと言わなかったじゃん!と、カレンが突っ込む前に魔法陣から強い光が吹き上がる。

 

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