第47話 軽薄なゆらゆら


「お父さま、ただいまー」


 公務のあとは国王に報告に行くのが慣例かんれいになっていた。


 白雪は執務室しつむしつで王にぴょんっと抱きつく。


「おかえり。おや、髪に葉っぱが……二人とも泥だらけじゃないか」

「うん! いっぱい遊んだ!」

「そうか、そうか。同じ年頃の子供がたくさんいただろ?」

「うん! カレンってば、また転んじゃたんだよー」


 カレンは、転んだんじゃない!と、鼻にシワをよせる。


 王は目を細めて「見せてごらん」と床に膝をついた。


 カレンはスカートをめくり、王に膝をさらした。


 その瞬間、王の体がビクンッと揺れる。


「こ、これはひどいケガだ」

「もっと上にもあるんだよー」


 白雪はカレンのスカートを容赦ようしゃなくめくり上げた。


 白くキメの細かい、しかし筋肉質の太ももがあらわになる。


 再び、王の体がビクッと揺れる。


「こ、このケガは放っておいてはいけないな。それにしても、ひどい……痛むかい?」


 王はカレンの太ももにキズにそっと触れた。


 ところが、今度はビクッがこない。


 ドンピシャな美少女が白い太ももをさらしているにもかかわらず、それに触れているにもかかわらず、鼻の下は王に快感を与えなかった。


(おや?)


 王は、つつっとスカートの深いところまで手を伸ばす。


 指先にパンティが触れても、やはりナニは反応しなかった。


 王はいぶかしげにカレンを見上げた。薄いブルーの瞳で不安そうに見下ろす美少女がたしかにそこにいる。


(背が伸びたな……それに肩幅も)


 せ気味の美少女はさらに筋肉質になったようにみえる。


 そして、下から見上げた視線の先には、カレンの喉元のどもとの出っぱりが。


(の、喉仏のどぼとけ⁈)


 王は、カレンの体の違和感から目が離せなくなった。以前も感じたことのある疑惑が頭をもたげる。


「カレン、君は……背が伸びたな」

「あ、はい。とても伸びました」

「肩幅も広くなったようだ」

「そ、そうですか?」

「それに、そののど……まるで、おと……」


 カレンは、王が次に言わんとする言葉がわかった。


 慌ててスカートを払い落とし、王から離れる。


「白雪! そういえば宿題をやってなかったんじゃなかったかな?」


 白雪が答える前にグイッと手を引いてドアに向かう。


「カレン、いたいよー。宿題なんて出てたってけ?」

「出てたよ! 王様、さようなら!」

「手、いたい〜」


 引く手を痛がる白雪を気遣う余裕もなく、走って部屋に逃げ込んだ。


 白雪はもっとお父さまと遊びたかったと痛む手をさする。


「カレン、どうしたの?」

「バレそうだ!」

「なにが?」

「ボクが男の子だってこと!」


 白雪は目を丸くする。


「カレンって……! そっか、男の子だったね。それが?」

「それがじゃないよー! 王様をだましてたなんて、ボク、牢屋ろうやに入れられちゃうよ!」

「ええー! ろうや⁈」

「そうだよ、最悪、死刑だよ!」

「ええー! しけい⁈」

「うん! どうしよう⁈」

「ところで、ろうやとしけいってなに?」


 小首をかしげる白雪にカレンは脱力する。


「ボクが男の子だって王様に知られたら……もう二度と白雪と会えなくなるよ……」

「え、そうなんだ……」

「どうしよう。ボク……白雪を守れなくなる」

「もっと、オッパイをぼよよ〜んってさせたら?」


 白雪はドレスの中に綿でもつめて、バストを大きくすればいいとポーズをとる。


 いつもだったら大笑いするところだが、カレンはうなだれたまま首を振った。


「無理だよ。背も伸びてきたし、どうしたって女の子には見えなくなってきたよ……声も、そのうちヒゲも……」


 白雪は幼いながらに緊急事態だとさとった。


 そして、亡くなった母の言葉を思い出す。


《困ったことがあったら “ゆらゆらさん” を頼りなさい。なんでも望みを叶えてくれるわ》


「ゆらゆらさんのところに行こう!」

「はあ? 誰それ?」

「鏡だよ!」

「ああ、魔法の鏡ね……ボク、あの人、いまいち信用できないんだけど。ていうか、ゆらゆらって名前だったんだ」

「うん、いま思い出した」

「おそっ!」


 王妃が死んだ日、魔法の鏡に呼ばれた二人は、その後も度々、遊びに行っていた。


 白雪は、魔法の鏡を自分の部屋に友達として置きたかったが、子供二人の力では運び出せず、結局、薄暗く狭い階段の昇り降りがめんどうになり、最近は足が遠のいていた。


 こちらが出向かなくても魔法の鏡の中の男は、姿をうつせるモノがあればどこにでも顔を出せるはずなのだが、遊ぼうと部屋の鏡に呼びかけても応えたことはなく、それが一緒に遊ばなくなる原因でもあった。


 カレンは、やはり魔法の鏡の力ではどうしようもないのでは? と、繰り返す。


「ボクを本当の女の子にする魔法なんてないと思うよ? それに、なんかあの人、軽薄なんだよねー」


 その時、鏡台の鏡がゆらゆらと波打った。


 そして、ぬぼ〜と男の顔が浮かび上がる。


『誰が軽薄やねん。呪い殺すでホンマ〜』




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