第46話 公務終了


「白雪姫様!」


 護衛たちはいろめき立って砂埃すなぼこりをはらった。


 すると、そこには白雪を抱きとめるカレンがいた。


 いつも二人で木登りをしているカレンには、小さな白雪は枝にぶら下がるのが好きだが、体重を長い時間支えられる筋力はないと知っていた。なので、落下地点まで全走力で駆け、白雪をスライディングキャッチしていたのだった。


「キキー」

「白雪ってば。ほら、猿のマネは終わりだよー」


 胸の上から白雪を護衛に渡し、カレンは「あいたー」と、立ち上がる。


 カレンがひと目をはばからずスカートをめくり上げて見ると、ふくらはぎから太ももにかけて、長いすり傷を作ってしまっていた。


 白いパンツがチラ見して、ガキ大将の鼻からたらりと鼻血がたれてくる。


「お前、大丈夫か?」

「うん、こんなのつばつけとけば治るよ」


 膝の治りかけのかさぶたも剥“は》がれ落ちて出血しているが、カレンはパンッと手とスカートをはらう。


「カッケー! お前、カッケーぞ!」


 ガキ大将は鼻血を赤い鼻水だと言い張りながら、目を輝かせた。


 自分を蹴り飛ばした女の子に始めて出会った。自分と同じくらい足の速い女の子にも。


 そして、なにより、バツグンに可愛い。


「お前、ここに通えよ!」


 ガキ大将は赤い鼻水を拭き取りもせずに目にハートを浮かべて言う。


 その時、騒ぎを聞きつけた侍女が人垣をかき分けて入ってきた。


 髪はボサボサで顔もドレスも砂埃すなぼこりで真っ白な二人の姿に「ひえっ」と息を飲む。


「ひ、姫! お尻が丸出しですよ!」


 白雪は「あれー?」と、カボチャパンツにはさまったスカートを引き抜く。


「カレン、なぜ、そんなに汚れているのです⁈ まったく、ほら、帰りますよ!」


 子供たちによじ登られたままの護衛たちをひとにらみして、侍女はパンパンと手を叩く。


 護衛たちは「ハッ」と、姿勢を正して子供たちを振り払った。


「なあ、また会えるか?」


 ガキ大将は、白雪の手を引くカレンに声をかけた。

 

 振り向いたカレンが口を開く前に、侍女の恐ろしい視線がガキ大将に降り注ぐ。


 クソガキがなに言っとんじゃワレー、わきまえんかいボケーと、ガキ大将だけでなく、その目を見てしまった子供たち全員に聞こえた。


 ガキ大将の淡い初恋はその視線で凍りつき、こなごなに砕け散って終わった。


 式典の参列者や保護者たちを無言の圧力で押しのけ、侍女は白雪とカレンを引き連れて馬車へ向かう。


 すると、白雪が侍女のスカートを引いた。


「ねえ、ねえ、おわりのごあいさつは?」


 白雪は式典のむすびの挨拶を数日前から侍女に叩き込まれていた。


 侍女は、すっかり忘れていたと顔をしかめる。そして、周りを見回した。


 到着した時と同じく、たくさんの人々が白雪姫の動向をうかがっている。


 さすがにこのまま帰ってしまっては、白雪姫の初めての公務がうやむやで終わってしまう。


 侍女は「オホンッ」と、咳払いをして顎をあげ、取り囲む人々にうやうやしくお辞儀をする。


「白雪姫のお言葉でございます」


 白雪は一歩、前へ進み出て、注目する人々に顔を向けた。


 そして、息を吸い込み大きな声で覚えたての言葉を言い始めた。


「“ほんじつは、おあしもとのわるいなか”」

「違っ、それ、雨バージョンだよ!」


 カレンが慌ててとめる。


 白雪は「あ、そっか」と、泥だらけの手で頭をかき、晴れ渡る空を見上げた。


「いいお天気だからー……“みなさま、ばんしゅうのこう……”」

「秋じゃないし!」

「あれ? じゃあ、“このたびは、ごしゅうしょうさま……”」

「お葬式じゃないよ!」

「“つつしんで、おくやみ、もうしあげ……”」

「それも、ダメ!」

「“ごしょうこうを……”」

「だれ、死なせたの〜?」


 カレンは脱力して肩をガクッと落とす。


 白雪は「う〜ん」と、記憶の扉を開こうと努力するが、頭の中にはその扉すら見あたらない。

  

 なかなか言葉が出てこない白雪に人々が注目するなか、侍女は、練習ついでに挨拶の文例をたくさん話して聞かせたのがまずかったと、心の底から反省をした。


 そもそも、小学校に入学するとしの子には難解なんかいで、なぜ葬儀の弔辞ちょうじ喪主もしゅの挨拶だけが白雪の頭に残ったのか謎だが、こんなことならカンペでも用意しておけば良かったと、ほんと〜に反省をした。


「皆さま、学びの場というものは……」


 侍女は白雪の代わりに落成式の終わりの言葉を口にする。


 すると、白雪は「それだ!」と、膝をぺシンと叩いた。


「みなさま! まなびのばというものは!」


 侍女は白雪が自分に続いてべるつもりなのかと思った。


 しかし、白雪は思い出してしまえばこっちのものだと胸をはり、堂々と口上こうじょうを始めた。


「家庭という小さな世界から、多様な価値観をもつ大人や友達を通して、広い世界を知るための第一歩の場です。そこには専門知識をもつ先生方や子供の安全を守るために尽力してくださる、たくさんの方々の……」


 白雪は言いよどむことなく、すらすらと続ける。


「……このような場にかかわれたことは大変、光栄でございます。おわり。一歩、下がっておじぎ。拍手がやんだら壇上だんじょうからおりる。スカートに注意。転ばないように!」


 最後は余計だったが、それでも小さな黄金の姫の一生懸命なようすに、取り囲む人々から拍手が巻き起こる。


「可愛いー」

「よく、出来ました」

「上手でしたよー」


 侍女の望んだ反応ではないが、それでも温かい国民性に救われたと胸を撫で下ろす。


 こうして白雪はじめての公務は無事に終了した。






 一方のガチ変態国王は、愛する我が子と美しすぎる世話係の帰りをカリ……首を伸ばして待っていた。

 


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