第45話 校長も変態でした


 白雪もカレンも、式典のための長いドレスのすそを持ち上げて校庭に走り出る。


「姫! お行儀よく!」


 侍女の声はもはや届かない。


 教室の外からカレンの回し蹴りとその後を見守っていた侍女は、学校長に頭を下げた。


「王女としての振る舞いの前に、人としての立ち振る舞いを教えていただきました。ありがとうございます」


 学校長はいやいやと首を振る。


「よく最後まで子供たちに任せてくれました。こちらこそ、ありがとうございます」

「え? それはどのような意味で?」


 礼を言われるようなことは、なにひとつしていない。侍女は、なぜ自分が礼を言われるのか聞き返した。


 学校長はそんな侍女に目を細める。


「そういうところですよ。そういう謙虚けんきょさが、この国には浸透しています」

「謙虚さ……でございますか?」

「私は隣の国の者なのですよ。先代の王は教育こそ戦争や貧困を防ぐ唯一の方法だと信じ、そのために教育者を集めたのです。私たちは城に招かれ、先代の王と直接、話す機会を与えられました」


 侍女にとっては初耳のことだった。


「そこで王は、こう申されました。“上に立つ者が最も国民を案じ、最も心をくだき、最も苦しまなくてはならない。そして、それをけっして下の者にさとられてはならない”」

「心を砕く……」

「はい。それは、そのまま私の教育理念になりました。生徒を案じ、生徒に心をくだき、私は苦しまなくてはならない。そして、それを表に出してはいけない。そのような王だから、この国の貴族も役人も、あなたのような立場の人も権力をはき違えず “ありがとう”と、言えるのです」


 侍女は、城の生活はたしかに大変だが、人間関係が良好なのは仲間の中での自分の立ち振る舞いが上手いからだと思っていた。


 しかし、考えてみると、人権を侵害するようなモノの考え方や発言をする同僚はいない。


 先輩や上司も穏やかな人柄の方ばかりで、新人の頃はとても気遣ってくれていた。


 それがあったから、今、自分は同じように周りを気遣えるようになったし、姫の側近に昇格することもできたのだ。


「そうですね。先代だけでなく、この国の歴代の王は、皆、優れた人格者だったと聞いています」


 学校長は侍女の言葉に「ほら、やはり自分の手柄にはせず、他人をたてようとするところなど、謙虚ですよ」と、微笑む。


 そして、ひとつボソッと呟いた。


「現国王は違うところばかりを立てているようですが……」

「え?」


 聞き返す侍女に学校長は顔の前で手を振った。


「いえいえ。あの男の子とカレンさんと白雪姫が子供らしいやり取りの中で学ぶ機会を与えてくださり、ありがとうございました」

「とんでもない! こちらこそ、ありがとうございます!」

「おや、話が最初に戻ってしまいましたね」


 二人はフフッと笑い合う。


「いや〜、それにしてもカレンさんは可愛らしいですねー! いや、綺麗と言った方がふさわしいかな?」


 突然の砕けた物言いに、侍女に嫌な予感が走る。


 学校長はニヤけた顔をして、なにを想像しはじめたのか、ジュルッとよだれをすすった。


 怪訝けげんな顔をする侍女に慌てて取り繕う。


「い、いや、私は女の子には興味はないのですよ? どちらかといえば男の子のほうが……いや、あの細い腰なら……カレンさんをこの学校に通わせませんか?」


 カレンが男の子であると本能でさっしたのだろうか。


 なにが聖職者だバカやろうと、侍女の顔が思いっきり語る。


 このままここにいればカレンが男の子だとバレてしまう。侍女は挨拶もしないで校庭に向かって叫んだ。


「カレン! 白雪姫! 帰りますよー!」


 フェンスも遊具もない、だだっ広い校庭で、カレンはめくり上げたドレスを腰で結び、今まさにクラウチングスタートをするところだった。


「よーい、ドン!」


 カレンとガキ大将は切磋琢磨せっさたくました結果、同時にゴールする。


「お前、速いな!」

「まあねー」


 二人は同い年だった。


 見た目は美しい少女でも、中身は活発な男の子のカレンは、スカートを戻すのも忘れてへへんと鼻をこする。


 ガキ大将はそんなカレンをまぶしそうに見た。


「なあ、友達になろうぜ! お前もこの学校に来いよ!」

「友達?」


 思わずカレンは白雪の姿を探す。


 白雪は運動神経抜群のカレンとガキ大将の遊びについて行けず、学年の低い子供たちと木登りをしていた。


 護衛たちが木の下で、姫が落ちてこないかとオロオロと手を伸ばしていたが、警護兵の存在が珍しいのか、子供が群がって来ていた。

 

 腰にさした剣を取られそうになったり、抱っこをせがまれたりと、白雪の警護どころではない。


 そのうち、すっかり打ち解けた白雪がぶら〜んと、足で枝にぶら下がった。


 式典のために王みずからが選んだドレスがたれ下がり、顔が隠れてしまう。


 白雪はカボチャパンツとヘソを人目にさらして「キキー!」と、小猿のように笑った。

  

 それを見た同じ年頃の子供たちが我れ先にもと、木に登りはじめる。


 しかし、それほど太いみきではない。


 白雪が足をかける枝が大きくしなり始めた。


 子供たちは、なぜだか護衛の足にもよじ登りはじめ、まとわりつく子供に困りながら護衛たちは不穏な音で顔を上げた。


 小枝の破片と葉がハラハラと振ってくる。


 姫に危険を知らせる間もなく、メキッと大きな音とともに枝は折れ、白雪はその衝撃に揺さぶられ、一瞬、体が宙に浮いた。


 いくら、おてんばだといっても、落下しながら姿勢を立て直せるはずもなく、黄金の姫はカボチャパンツをさらしたまま頭から落ちていく。


「姫……!」


 とっさに手を差し伸べる護衛と間に合わないと目をつぶる護衛。


 しかし、ドサっと人が地面を鳴らす音はせず、ザザザーッと砂埃が立ち上がった。



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