第44話 道徳の時間


 算数でなくて? と、驚く学校長と、数学ってなんだ? と、顔を見合わせる子供たちと、今の聞いた? と、ささやき合う親たちで、教室内はざわついた。


「白雪姫は数学を習っているのですか⁈」


 学校長は声を裏返しながらカレンに答えを求めた。


 カレンは城でやる数学が、小学校のどの程度のことなのかわからず、とりあえず具体的に伝えることにした。


「えっと、昨日は一次関数と体積の求め方を学びました」

「ええ⁈ 君は何歳だね⁈」

「もうすぐ11歳になります」

「五年生で一次関数を理解したのかね⁈」

「え、あの、学び始めたばかりなので……」

「白雪、図形の展開、だーい好きー!」


 手をあげてから立って発言するルールを、手をあげながら立つという白雪ルールに勝手に変更し、白雪は両手をあげてぴょんっと立ち上がった。


「図形の展開⁈」


 注意するのも忘れ、学校長は呆然とした。


 その様子の意味がわからないカレンは、とにかく白雪を擁護ようごしなくてはならないと口を開いた。


「あ、あの先生。白雪……姫はボ……私に合わせてくれているんです。家庭教師の先生には上のレベルにすぐ行けると言われているのですが、私の覚えが悪くて……あ、一緒に勉強させてもらっているので……」


 世話係が黄金の姫と同じ机についているなど反感を買うだろうか、レベルが低いと白雪がバカにされないだろうかと、カレンは骨をおる。


 学校長はそんなカレンの気持ちにすぐ気がついてくれた。


「いやいや、責めているのではないよ。君たちのレベルが高くて驚いただけなんだ。お城の勉強は進んでいるのだね。すごいなぁ」


 心から感心したようすにカレンはホッと胸を撫で下ろす。


「では、数学ではなく違う科目をしようか。んー、国語なんてどうかね?」


 他の子供たちから「図工がいい」「音楽は?」「給食!」と、声があがる。


「こらこら、発言は手を上げて、先生が許可をしてから、立ってだろ? 学校は集団のルールを学ぶ場所でもあるのだからね」


 微笑む学校長を尻目に、白雪はカレンのそでを引いた。


「カレン、“きゅうしょく” ってなに?」


 当然、城に給食はない。


 貧民街とはいえ飢えている子供はいないが、それでも一日に一食は栄養バランスのとれた食事が必要だと考えられていた。


「お前、給食、知らねーのー⁈」


 太ったガキ大将のような男の子が白雪に向かって言い放つ。


 カレン始め、その場の誰もが姫になんてことを! と、いろめきたつが、とうの白雪はケロリとして答えた。


「うん、知らない! なんの勉強?」

「ゲヘヘー! 勉強なわけがないだろー! 給食を知らないなんて、お前、本当はバカだろ!」

「知らないから聞いたの! バカじゃない!」

「ば〜か、ば〜か、給食バーカ!」

「なにぬねのー!」


 こぶしを握って顔を真っ赤にする白雪の頭上を、金色の髪が通り過ぎた。


 え、と思う間に、机を飛び越えてカレンの回し蹴りがガキ大将の脇腹にクリーンヒットする。


 ガキ大将は机をひっくり返しながら派手に吹っ飛んだ。


 カレンはドレスのすそをパッと払い、髪をかき上げる。


「うわ、カレン、カッコいい〜」

「へへー」


 白雪に言われ、カレンはドヤ顔をしてみせた。


「なんてこと、する子なの⁈」


 ガキ大将の母親らしき女性が太った子供を抱き起す。そして、もう一度、叫んだ。


「なんてことするのよ!」


 カレンと白雪は、申し訳ありませんじゃないの? と、顔を見合わせる。


 城では、白雪姫は王にぐ絶対な存在で、そもそも、からかうような不届き者は存在しなかった。


 そして、姫の友人で王のお気に入りのカレンもまた、同じような存在として扱われていた。


 カレンは母親に助け起こされるガキ大将に冷たい目を向ける。


「白雪に謝れ」

「なんですってー⁈」


 母親も負けてはいなかった。


「あんた! 暴力をふるってはいけないと教えられていないの⁈」

「え? えーと……」


 たしかに、どんな理由があっても暴力はいけないと教えられていた。


 普通の学校に通っていた時は、長い髪をからかってくる男子があとをたたず、カレンはいつも取っ組み合いのケンカをしていた。


 そのクセが出てしまっただけなのだが、それは大人のいない場所での子供同士のケンカで、大きなケガをしたこともさせたこともなく、おおやけになったことはなかった。


 しかし、黄金の姫にバカと暴言を吐くほうが悪いに決まっている。


 カレンは友人をからかわれ、ムカついたゆえに行った暴力を正当化するために、権力のかさをかぶった。


に謝れ!」


 これには、ガキ大将そっくりの(ガキ大将が母親そっくりのなのだが)母親はグッと言葉を飲み込む。


 本来ならば、王女に向かいバカと言った瞬間に切り捨てられても文句は言えない。


 しかし、子供同士だと思ったから叱りつけたわけで、決して王族に刃向かったつもりはないのだ。


 母親は悔しそうに息子の頭を押さえつけ、謝罪の言葉を口にした。


「白雪姫、申し訳ありま……」

「いやいや、お母さん。お母さんは正しいですよ」


 学校長が割って入る。そして、カレンに、どんな理由があろうと暴力はいけないと繰り返した。


「それは庶民でも王族でも同じです。むしろ、その立場を利用してはいけない」


 今度はカレンがグッと言葉を飲み込む番だった。


 学校長はカレンの言い訳を見抜いていた。周りの子供にも聞かせるように優しく言う。

 

「まずは君。わからないと質問する人をバカにしたり、からかったりしてはいけないよ。君もわからないことがあるかもしれないだろ?」

「でも、給食なんて普通は……」


 ガキ大将はぶぜんとして言い返す。


「君の普通と、人の普通は違うんだよ。給食のない学校もあるんだ。わかったかい?」

「……はい」

「いい子だ。そして、カレンさん。腹が立つことがあっても、暴力で解決しようとしてはいけないよ。たしかにカレンさんは高貴な身分だが、それで暴力が許されるわけではない。皆、あなたの後ろにあるモノに怯えるようになるだけですよ。わかりましたか?」

「はい、すみませんでした」


 カレンは素直に頭を下げた。


 学校長はニコリとして二人に謝るように言う。


 ガキ大将は「悪かった」と、言いながら鼻の頭をポリポリとこする。


 カレンも「ごめんね」と、口角を下げた。


「こら。君が謝るのは白雪姫にだろ?」


 学校長はガキ大将にむけて白雪を指した。


「おお……わ、悪かったな」


 ガキ大将はあきらかに歳下の白雪に、それでも謝罪の言葉を口にした。


「先生!」


 突然、白雪は手をあげる。


「なんですか? 白雪姫」

「発言を求めます!」

「は、はい。どうぞ」

「どういたしまして!」


 白雪はガキ大将にペコリと頭を下げて席に座った。


 カレンは呆れた目を向ける。


「白雪ー、今は手をあげなくても良かったと思うよ?」

「ええー⁈ そうなの⁈ 学校って難しいねー!」


 教室内がドッと笑いでわいた。


「さて、道徳の時間は終わりですね。外で遊びましょうか」


 学校長がパンッと手をたたいたのを合図に、子供たちは、われ先にと校庭へ飛び出した。




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