第43話 はじめての視察


 その日、城から王女専用の二頭立ての馬車と護衛を乗せた馬が走りでた。


「うわー」


 侍女が止めるのも聞かず、白雪は窓から顔を出して始めて見る景色に声をあげる。


 森を抜け、街に入るとカレンがつかんでいないと落ちてしまいそうなほど身を乗り出した。


「姫! はしたない!」

「白雪、危ないよー」

「だって、カレンも見てー。あ! パン屋さん! 井戸だ! 靴ってお店で売ってるんだー!」


 侍女とカレンは苦笑いを噛み殺す。


 侍女はこれ以上、国民の注目を浴びる前にと白雪を引っ張って馬車に半身を戻させた。


「姫。姫は王様のつかいです。姫が恥をかけば、それは王が笑われたのと同じこと。王妃様も天で恥をかくことになります」


 厳しい侍女の顔つきに白雪はしゅんとして座り直した。


「お母さまも?」

「そうです。今日は貧しい子供たちに新しい学校がプレゼントされる喜ばしい日です。それを一緒にお祝いするために出向いているのです。姫の好奇心を満たすためではありません。わかりましたね?」

「はー……い」


 下唇を突き出してかろうじて返事をする白雪にカレンは眉をあげる。


「ほんとに、わかったの?」

「うん……プレゼントってとこだけ」

「あははー!」


 にらみつける侍女に肩をすくめ、カレンは窓の外に視線を移す。


(なつかしいな……)


 一年もたっていないのがウソのように望郷ぼうきょうの念が込み上げる。


 父は母は妹は元気だろうか。


 重荷のように感じていた家族も離れてしまえば、ただ懐かしかった。


 ガクンと揺れを感じ、外から扉が開かれる。


「姫、着きましたよ。お行儀よく。いいですね、お行儀よく!」


 侍女に念を押され、白雪は「へーい」と、気のない返事をした。


 まずは侍女が馬車を出る。


 出迎えた人々にうやうやしくお辞儀をし、扉の横に立つ。


 次にカレンが馬車を降りた。その瞬間、人々から盛大な拍手が降り注がれた。


「黄金の姫! なんと神々しい!」

「綺麗ねー。絵本から飛び出して来たみたい」

「素敵な方ですわー。見て、あの金色に輝く髪!」

「お姫様ー! こっち向いてー!」


 一番身分の高い者が最後に降りるのが通例なのだが、カレンのあまりの美しさに姫だと勘違いされたのだった。


 カレンは「ええっと……」と困惑して侍女を見る。


 侍女は鼻にシワを寄せて、早くどけと顔で言った。


 カレンがペコッとお辞儀をして横にずれると、白雪がぴょんと馬車から飛び降りた。


「私が白雪だよー?」


 民衆は「え?」と、静まり返る。


「そうだ、黄金の姫は黒髪という話だったな……」

「そうよね、歳の頃も、このくらい……」

「たしかに気品のある顔立ちを……」

「それにしても……いや、可愛らしいが……」


「?」と、人々の視線を集める白雪は首を傾げる。


 侍女はウホンッと咳払いをし、そして、手のひらを白雪に差し出す。


「白雪姫でございます」

「こんにちはー!」


 元気に手をフルフルと振る白雪に、人々は曖昧な笑顔を向けて「ようこそ」「よく、お越しに」「すみません」と、口々に言いながら頭を下げた。


(白雪……なんか、ごめん)


 カレンは心の中でびる。


「ようこそ、おいでくださいました」


 蝶ネクタイにくたびれたベストを合わせた初老の男性が前に出て、自分が新しく就任する校長だと挨拶をした。


 その学校長が人々を代表して、白雪たちを校庭の一角に設けられた席に案内した。


 落成式が始まり、一番前の真ん中の席で、白雪は足をブラブラとさせながらも熱心に大人の話に耳を傾けた。


 時折り「おー」「そうなんだー」「へー」「わおっ」と、相槌あいずちを打つ。


 隣に座るカレンは吹き出しそうになるのを小一時間我慢しなくてはならなかった。


 式典が終わり、学校長は校内を自由に見ても良いと人々に声をかけた。


 これからここに通う子供やその親・親族たち、近所の人々も白雪たちに続いて校内見学に入る。


 立派とは言い難い平家ひらやの建物だが、この地区の子供が増えていたので許可をくださり感謝すると学校長は小さな白雪に頭を下げた。


「どういたしまして。お父さまは子供が大好きなの」


 それは違う意味ででは? と、学校長は思うが子供の前なので言葉を飲み込む。


「お父さまは勉強やお話が助けになるんだって言うの。だから白雪もたくさん勉強してるんだよ。ほんとは、みんなみたいに学校に行きたいけど……」


 たしか白雪姫も入学の年頃だと学校長は思い出す。


 式典で大人の長い話を、集中を途切らすことなく熱心に聞いていた姿は、見た目ではなく中身が黄金なのだと感じとった。


「白雪姫、もしお時間があればお友達と授業を受けませんか?」

「ほんと⁈ いいの⁈」


 学校長はもちろんと目を細め、校内見学をしている子供たちに声をかける。


「白雪姫と授業を受けたい人ー」


 休みの日に学校で勉強をしたい子供は少ないだろうが、新しい校舎に浮立つ子供心は『姫』と聞いて、その気にさせた。


 見る間に教室はさまざまな学年の子供でいっぱいになる。


 カレンは、知り合いがいませんようにと祈りながら教室を見回し、ここは自分が住んでいた地域から離れているからとホッとして白雪の隣の席に座った。


 教科書もノートもないが、学校長は微笑んで子供たちの顔を一人一人見る。


「さて、なんの授業がよいかなぁ」

「白雪はねー……」

「いやいや、発言をする時は手をあげて先生の許可をとってください」


 そんなことは城の家庭教師から教えられたことはない。


 カレンは、そういえばそうだったと思い出し、キョトンとする白雪の手を挙げさせた。


「はい、白雪姫」

「えっとねー……」

「発言は立ってから行うこと」


 白雪の大きな目がさらに大きくなる。


「白雪、学校では先生の言うことを聞かなくてはならないんだよ」

「そっか、わかった」


 カレンに言われ、白雪は素直に立ち上がり「数学!」と、叫んだ。


「す、数学⁈」











《あとがき》

 金曜日、お疲れ様です。

 雨ですね……新作もよろしく。

 (関係なーい!)



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