第42話 ティンティンと鼻くそ


 新たな変態の新境地を開いた王は、二日に一度、白雪とカレンを呼んだ。


 大量放出のその日と次の日は、まるで人が変わったように王としての仕事にせいを出し、そして悶々もんもんとしてくると白雪とカレンと遊んだ。


 王妃の葬儀と納棺のうかんが無事に終わっても王はハーレムに顔を出さず、美少女産業は終わりを告げるのかと危惧きぐする者もいた。


 しかし、あの日、洗濯室で洗濯おばさん達にムチで打たれながらベタベタローブを洗濯した家臣は、王の変態がここで終わりだとはみていなかった。


「必ずハーレムは復活します。維持し続けてください」


 王の側近がそう言うのならばと、ハーレムに以前ほどの盛況せいきょうさはないにしろ、つねに数名の美少女が遊びながら待機することになった。







 王妃の納棺のうかんの日、森の奥から二つの光がそれを見守っていた。


「ティンティン、また勝手なことをしたってフェアリーグランマザーに叱られたんでしょう?」

「だって、ほっとけないじゃん。アタイの子供のようなもんだし。泣いてたんだからさ。でも、なんでアタイだけが叱られるわけ⁈ 姿を見せたのはタンポなのにさ!」

「ティンティンが羽をむしるぞって私を脅したんでしょー⁈ 仕方がなく耳打ちしに行ってあげたんじゃなーい!」


 白雪が墓穴はかあなに飛び込んだあの日、光のおびとなって飛び回ったのはティンティンに脅され……頼まれたタンポだった。


 ティンティンは王妃の不浄ふじょうなアソコに突っ込まれ、光を失いかけていたが、フェアリーグランマザーの妖精の粉の塊(鼻くそ)のおかげで光を取り戻していた。


 しかし、今もティンティンの光は弱々しく、人間の前に姿を現せる状態ではなかった。


「あんのババァ、鼻くそを出し惜しみしやがって〜」


 フェアリーグランマザーは、ティンティンの行いの尻拭しりぬぐいをすることに辟易へきえきとしていた。


 鼻くそを飛ばしながら「反省してらっしゃい!」と、いつになく憤慨ふんがいした。


「新婚さんいらっしゃいか!」


 バカにした顔をして、そう言い返したティンティンに、今までさんざん迷惑をかけておいて、精霊王や魔法をつかさどる者に頭まで下げたのにと、怒りはマックスに達してしまった。


 フェアリーグランマザーは鼻をほじるのをやめ「そのくらいの光があれば生きていられますね」と、妖精の粉(鼻くそ)を鼻に戻して立ち去ってしまっていた。


 その結果、ティンティンは力なく光ることしかできず、親友のタンポに助けてもらいながら王と白雪を見守っていた。


くぎを打たなければ大丈夫なんて、誰から聞いたの?」

「知らんがな。でも、箱に入れないで〜ってことは鍵をかけないで〜ってことでしょ? だから……」

「鍵? あの時、鍵なんて言ってたっけ?」

「え、あれ? なんでアタイ、鍵だなんて? んー? アッチョンブリケ」


 自分でもよくわからない。


 王妃の、地縛霊じばくれいにでもなりそうな未練みれんたっぷりの魂は感じていた。それを妖精の粉にまみれて生まれてきた白雪が感じとったのは理解できる。


 しかし、鍵を恐れているとなぜわかったのだろうか。


 考えても理由に思いあたらないまま、王妃の魂はすでに天に昇ったと感じていた。


 そして、タンポの姿も見えなくなっていた王に「大人になっちまいやがって」と、一抹いちまつさびしさを覚えた。







 王の隠れた大量放出は続いていた。そして、聖人せいじん君子くんしのような仕事っぷりも。


 生活 困窮者こんきゅうしゃはいないはずの平和な国だが、それでも埋められない格差はある。


 大多数が自分は中流家庭だと感じているということは、わずかでも下流に属する国民がいるということだ。


 王は国民の生活の実態を報告するように命令をした。


 そして、貧民街ひんみんがいの存在を知った。


「貧民街⁈」


 それはずっと以前からあったのだが、生まれて始めて国政に首を突っ込んだ王は、そんな場所がこの国にあるとはと耳を疑った。


「王様、貧民街ひんみんがいに学校を増やす許可証に国印こくいんを押していただいたではありませんか」


 ろくに目を通さずに機械的に国印を押していた結果がこれである。


 王は素直に非を認めた。


「すまぬ。我が国のことながら知らぬことが多いようだ」


 王が変態でも優秀な家臣たちと穏やかな国民性でなんら問題はないのだが、せっかくやる気になっているのだからと、家臣は貧民街ひんみんがいのことだけでなく国の歴史から分厚い本を取り出してレクチャーをした。


「おお、そういえば習った記憶があるぞ」


 皇帝学は王子時代にみっちりと詰め込まれたはずであるが、すっかり鼻水の噴火とともに頭から飛び出していた。


 王はその中で、視察という方法で国民の生活を直接見る方法を知った。


「しかし、王様。現在は視察の申し出はありませんし特に……強いて言うなら、この学校ですかね。うーん、でも国王が行くほどの規模では……」


 それは貧民街ひんみんがいの新しい小学校だった。


 本来なら王族や貴族でなくても、役人の誰かが落成式らくせいしきに出向けば充分に地元民を満足させられる規模であるが、王は行きたいと言い張った。


 家臣はハッキリとした理由がなければ、かえって先方に迷惑をかけると、それを止める。


 しかし、王が王子時代に国内を見せることをしてこなかったと反省もした。


「では王様、白雪姫を落成式らくせいしきに行かせてはいかがでしょう。同じ年頃の国民と言葉を交わすのは白雪姫にとっても、良い影響を与えると思われますが」


 白雪は次期国王になる可能性がある。夫になる人物が王族でなければ女王にならざる得ない。


 その時、今の王と同じようなことにならないように視察の経験をさせるのは良いことで、貧民街の小学校ならば多少の粗相そそうしても恥をかくことはないだろう。


 今まで、まったく美少女以外の国民に目を向けなかった王は、白雪に自分と同じてつは踏ませまいと首を縦にふった。


 こうして、生まれてから一度も城から出たことのない白雪の始めての公務が決まった。



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