第41話 被害者一名


「わーい! 今日もお父さまと遊べるー!」

「うん、やったね!」


 白雪とカレンは笑顔でハイタッチをする。


 まだ10歳のカレンは、性癖というものは、そう簡単に変わるものではないと知らなかった。


 すっかり警戒心をいたまま、白雪と手をつないでルンルンと廊下を進み、王の部屋をノックする。


 王はそのノックの音を聞いただけでドピュッと噴火させていた。


 慌てて新しいローブを着せるように家臣に命じる。


 歩きながら渡されたローブにそでを通し、はやる気持ちをおさえてみずから扉を開けた。


「お父さまー」


 白雪はピョンと飛びねて王にしがみつく。カレンはスカートをつまみ上げて深々とおじぎをした。


「お招きいただきまして……」

「いや、かまわない。いつでも……はうっ!」


 スカートのすそからチラリと見えたカレンの細い足首だけで鼻水が噴き出した。


「王様?」

「い、いや、なんでもない。よく来たね」

「あのキレイな絵本、もっとあるー?」


 白雪は遠慮なく部屋の奥へ進む。


「ああ、もちろんあるとも。さあ、君も入りなさい」


 王は美しすぎる、実は男の子のカレンを手でうながし、部屋のすみで待機する家臣に鼻を押さえて目配せをした。


(え? 足? 足がなんですか?)


 家臣は王が指す足元に目をやる。すると、ポタポタと白い液体が足の甲に垂れていた。


(ま、まさか王様、また⁈)

(早く、替えのローブを!)


「はいっ」と家臣は隣の部屋に駆けていく。


「お父さま、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。絵本は、ほら、そこのテーブルに用意してある」

「うわー、キレイな本がいっぱーい!」


 山積みにされた絵本は、どれも金や銀の装飾がほどこされており、読みものというよりは観賞用に見えるが子供を喜ばす役目を充分にはたしていた。


 二人は並んでテーブルに座り、よいしょと一冊の絵本を開く。


 王は例によって後ろのベッドに腰掛けて、絵本をのぞき込む二人を背後からながめた。


(それぞれ別の絵本を読めばよいものを……)


 頭を押し合って精巧せいこうえがかれた絵本を隅々まで見ようとする仲良しの二人に、王はプッと吹き出した。


 その瞬間、伸びきっていた鼻から鼻水も噴き出した。


(おう! なんと! これ、着替えをもて!)


 家臣は再び隣へと着替えを取りに走る。


 その後も、王は一昨日と同様に何度も何度もイキまくった。


 そのたびに着替えを取りに走らされる家臣は「オムツ、かぶってろ!」と頭にくるが、国王にそんなことを言えるはずもなく、ついにはローブはもちろん、寝巻きのシャツさえも使い切った。


 枕カバーに穴を開けてかぶせようかと頭をよぎるが、さすがに現実的ではないと、しかたがないのでシーツで王の体を包む。


 そして、ひたすら王の放出が止まるのを待った。


 王は、この新境地に感動すら覚えていた。


 二人を文字通り目ででるだけで瞬く間に鼻の下がびろ〜んと伸びて快感が訪れる。


(なんという幸せだ……ああ、あへっ!)


 絨毯じゅうたんしたたり落ちる前に家臣がすかさずシーツで受け止める。


 絵本にきた白雪がカーテンでターザンごっこを始めても、王の鼻は噴出し続けた。


 カーテンがビリビラとやぶれる音も、花瓶が割れる音も、カレンの悲鳴も、白雪の猿のような笑い声も、王には甘美な音楽に聴こえる。


 家臣は、この阿鼻叫喚あびきょうかんの中でたたずみ、股間をふくらまして鼻の下を伸ばし、えつひたる王を、ついに、おかしくなったと思ったが、いや以前からおかしかったと思い直し、事態がこれ以上悪化しないように、狂ったようにけたたましく笑いながらテーブルや椅子をひっくり返して逃げ回る白雪をなんとか確保してカレンに引き渡した。


「すみませんでした」


 髪を取り乱したカレンは、同じように髪を乱し、小猿と化した白雪に引っかかれまくった家臣に頭を下げる。


 カレンにかかえられて足をプラプラさせながら、白雪は「楽しかったねー」と、屈託くったくのない笑顔を向ける。


 王の鼻の穴から、ぷすぅ〜と打ち止めの合図がした。


「また、いつでもおいで」


 王は爽やかに言う。


「お父さま、遊んでくれてありがとー」


 カレンと手をつなぎ、白雪は小さな手を振ってバイバイをする。


 二人は嵐が去ったあとのように散乱した部屋を出て行った。


 王は白いシーツを体に巻き付け、ギリシャ神話の神のようないでたちで、ひどいありさまの部屋を見渡す。


「さあ、仕事に戻ろう」

 

 爽やかに穏やかな目を向ける王に、引っかきキズだらけの家臣は「はい」と、返事をする。


「お前は片付けだ」


 王はそう捨て台詞をはいて執務室に行ってしまった。


 結局、家臣一人が被害をこおむり、今日はベタベタじゃないだけマシだと自分に言い聞かせながら倒れた椅子を起こして回る。






 その頃、洗濯室では家臣が持ち込んだ大量のベタベタなローブやシーツに洗濯おばさん達の悲鳴があがっていた。


「なんなの、この量!」

「持ち込んだヤツにやらせなさいよ!」

「そうよねっ。ちょっと連れてくるわ!」


 王の部屋で、すべての家具を並べ直し、割れた花瓶を片付け、やっと最後に破れたカーテンを取り替え終わった家臣は、やりきったと汗をぬぐっていた。


 まさか、このあと地獄のベタベタ洗いが待っているとは夢にも思わずに……。



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