第40話 カレンの涙


 帰りの馬車の中で、白雪はカレンの膝をまだ気にしていた。


「白雪、大丈夫だってばー」

「でも、あんなに血がいっぱい」


 たしかにドレスでこすれるとヒリヒリと痛む。


 カレンはスカートをめくって両膝を出した。


「うわー、痛そ〜」

  

 白雪が眉をひそめるのも当然だと思えるほど、カレンの膝は血と土にまみれて赤い泥を塗りたくったようになっており、まるで小石がわざとデコられたかのように埋まっていた。


「それは洗わないと……」


 王も眉をひそめて胸元からハンカチを取り出し、カレンの膝に手を伸ばした。


 王の手が膝に触れる。


「いけません!」


 カレンは、そのハンカチを奪い取った。


 カレンはパンツを見せろと言われることを警戒していたので、肌に触られてしまったと慌てて声を荒げたのだが、驚いた顔の王を見て、完全に自分の勘違いだったと、見る間に顔を赤くする。


「あ、あの……汚いから……あ、ハンカチに血が……あの、申し訳ありません……」


 金色の長いまつ毛をせるその仕草は、恥じらう少女にしか見えなかった。


「カレン、君は白雪を守るナイトのように振る舞うが、君もまだ子供なんだ。無理に痛みを我慢する必要はないのだよ。おてんば娘でもケガをすれば痛む。そうだろ?」


 王は、優しく温かい視線を向けてカレンからハンカチを取り戻し、そっと膝の泥を払う。


 そこにカレンが警戒するイヤらしさは全くなく、おてんばと言われた安堵あんども重なり、鼻の奥がつんと熱くなる。


 ズズっと上を向いて鼻をすすった。


「カレン! 痛いの⁈」

「うん、痛いよ〜」


 カレンの薄いブルーの瞳から大粒の涙が次から次へとあふれ出てくる。


 止められなかった。


 両膝がジンジンと痛むのも事実だが、なにより肩の荷が降りたことのほうが涙腺るいせんゆるませる。


 カレンは城に来て以来、始めて人前で泣いた。


 自分はこんなにも気を張っていたのかと自覚するほど、わんわんと声をあげればあげるほど気持ちが楽になっていった。


 嗚咽おえつが鎮まり始めると、王はそっとカレンを膝に抱き上げた。


 そして、不安な顔を向ける白雪も隣に抱きよせる。


 ゆらゆらと揺れる馬車の中で三人はただ寄り添い、カレンの中の王に対する警戒心は取り除かれた。


 取り除かれてしまったのだった。






 あのガチ変態ロリ王が、なぜ今朝から爽やかな聖人君子せいじんくんしでいるのかというと、やはり昨夜の大量放出が原因だった。


 初恋の妖精と酷似こくじする娘とドンピシャストライクな美少女。


 この組み合わせは、まるでステーキとわさびのような驚くべき相乗効果を引きおこし、変態を満足させて変態度を薄めていただけだった。


 その日、丸一日ヌかなかった王は、翌朝になり、なぜか悶々もんもんとする頭と気持ちを感じていた。


 執務室に入っても仕事に身が入らない。


 なにか物足りない、この感じ。


 いったい、これはなんなのだろうかと考えあぐねていると、ふと、窓の外のハーレムが目に入った。


 そうだ彼女たちに会えば気分がハレるかもしれない。


 しかし、可愛らしい少女たちを思い浮かべても、いつものようにパンティをのぞきたいと思わない。


 鼻の下も熱を帯びて来ない。


(私になにが……?)


 自問自答すると、我が子の顔が浮かんだ。そして、そこに寄りそう美少女も。


 きっと、まだ目を泣きらしていることだろう。


 白雪が涙を拭き続けたに違いない。


 そんな二人を想像しただけで無反応だった鼻の下が伸びようとする。


(おお⁈ これは⁈)


 たんに昨日の大量放出でエンプティ状態になっていたゴールデンボールが、一日でフルまでとはいかないが、それなりに満タンに近くなってきただけなのだが、自分がガチの変態である自覚のない王は、この反応は“愛”だと、思い込んだ。


「白雪とカレンを……ああ!」


 呼べと言う前に鼻の下は噴火した。


 やはり、自分はこんなにも二人を愛していると、ベタベタになったローブを家臣に渡しながら、王は二人を寝所しんしよに呼べと命令をする。


 家臣は、もとの王様に戻ってしまったと肩を落として姫の部屋に向かった。


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