第39話 疑い


 光の帯は白雪とカレンの周りをまとわりつくように浮遊する。


 地面に手をついて墓穴をのぞく王は、その光の先端に注視ちゅうしした。


(まさか……)


 懐かしい光だった。何年も探し求めていた光。


「ティンティン……」


 王のつぶやきに反応するように、その光の帯は王の顔の前でクルリと輪を描き、また白雪のもとへ降りて行った。


「わー、きれい」


 白雪は不思議な光に手を差し伸べる。しかし、光は動きを止めず、白雪とカレンの間を飛び回り、ついにカレンの肩で止まった。


 カレンは肩に乗る光をおっかなびっくりに、しかし、振り払うことはしなかった。


 まるで耳打ちをするように近づく光にカレンは耳を差し出す。


「え……」


 光は肩を離れてクルクルと光の輪を描き、すーっと森の奥へ消えていった。


「カレン? 妖精さんはなんて言ったの?」


 白雪は、光の帯を躊躇ちゅうちょなく妖精と言った。


「白雪、今の妖精に見えたの?」

「うん、可愛かった」

「そ、それはどのような姿であったか⁈」


 二人が見上げると王は身を乗り出して、いまにも墓穴に落ちそうになっていた。


 王は繰り返す。


「どのような姿で……白雪、お前に似ていたか⁈」

「ううん。そうだなぁ、カレンに似てたかも」

「カレン⁈ では黄色い髪の……」

「うん、ナイスバディな感じ」


 白雪は頭と腰に手を当てて、幼児体型をひねって尻を突き出してみせる。


「そうか、あれはタンポであったか……」


 王はがっくりと肩を落とした。


 王がなぜ妖精の名前を知っているのか、家臣だけは理由に思いあたった。しかし、姿が見えなかった理由はわからない。


 あの日、王妃に受精させようとしたあの時、家臣にもハッキリと妖精は見えていた。


 幼児体型でおかしな言葉を使うティンティンと黄色い髪の美しい羽を持つタンポ。


「あ、おティンティン様は飛べないから……」


 家臣の言葉に、王はハッと顔を上げる。


 あんなに恋焦がれた初恋の妖精が、飛べないコンプレックスをかかえていたと、なぜ忘れていたのであろうか。


 今でも自分は求めてやまないというのに。


 墓穴の中でふざけたポーズをとり続ける我が子を見下ろしながら、その顔に、その体に初恋の妖精を重ねて見る。


 しかし、その姿はぼんやりとして、すぐに消え去ってしまった。


(まぼろしでも姿を見せてはくれないのだな……)


 ただひたすらに楽しかった日々が思い出される。


 王のそんな感傷を知るよしもない二人の子供は、妖精がなにをカレンに伝えたのか話していた。


「お母さまのこと?」

「うん、たぶん。くぎを打たなければ大丈夫だって」

「クギ?」

「そうすれば王妃様を森に連れて行けるって。どういう意味かわかる?」

「そうか! ゾンビになったお母さまを森に連れて行ってくれるんだ!」

「ゾンビ⁈」

「うん! ゾ〜・ン〜・ビ〜って」


 白雪は舌を出して白目をむいてゾンビの歩き方をマネて見せる。


「妖精が王妃様をゾンビにしちゃうってこと⁈ ダメじゃん、それ!」


 カレンのツッコミにケタケタと笑い声をあげる白雪に家臣は上から声をかけた。


棺桶かんおけ釘打くぎうちをするなということではないでしょうか? ふたがずれないようにするためと死者が蘇ることを防ぐために棺桶に釘を打つのです」

くぎふためなければ魂を森に連れて行くことができるという意味だな?」

「はい王様、その通りだと思います。妖精が王妃様の魂を自由にして、森で一緒に暮らしてくださるのかと」


 カレンと白雪はパアッと顔を明るくした。


「箱に鍵をかけなければ、王妃様は安心するね!」

「うん! あんしん!」


「では」と、家臣は二人に墓穴から出るように手を差し伸べる。


 カレンは白雪を抱っこして家臣に引き上げてもらい、自身は土壁に足をかけて「よっ」とよじ登った。


 墓参りのための、それなりなドレスは泥だらけになったが、カレンはパッと手で払うだけで気にもしなかった。


 歳下の白雪ですらパタパタとすそを払っているのにと、王は改めてカレンを観察する。


 やはり言葉遣いといい体つきといい、どこか男の子っぽい。


 墓穴に落ちたさいは膝にケガをおってしまったが、今は痛がる様子も見せずに穴を登った運動神経は、とても女の子とは思えなかった。


 しかし、顔は国一番と言われるほどのたぐまれなる美少女だ。


 王は、ケガを心配する白雪にスカートをめくり上げられ「大丈夫だって!」と、両手でスカートを押さえるカレンから目が離せずにいた。


「まさか……な……」


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