第38話 ホラーちっくな墓参り


 正式な墓参ぼさんではないが、それなりの服装に着替え、白雪とカレンは王の馬車に乗り込んだ。


 王は二人に優しく目を細める。


「急にすまないね。なにか予定を潰してしまったのではないかね?」

「ううん、今日のいたずらは……なにして遊ぼうかって話してたのー」

「いたずらを考えていたのかい⁈」


 白雪はバラしちゃったと舌を出す。


 王は大笑いをして、向かいに座る白雪の頭をでた。


 そして、その隣で顔をこわばらせて姿勢正しく座るカレンに声をかける。


「カレン、君が石蹴りで割ったランプ……ほら、扉の外の。直せたようだよ」

「あ、良かったです……すみませんでした」


 カレンは、庶民の自分が王様の馬車に乗っていることよりも、ここでパンツを見せろと言われるかもしれないと緊張を隠せないでいた。


 しかし、王は微笑んでみせるだけで、ローブの中に手を入れることはしなかった。


 馬車が止まり、歩いて森の奥に進む。ほんの五分ほどの道のりだが、すその長いドレスを着る二人には、少し困難な道のりだった。


 家臣が道案内をするなか、王は白雪を抱き上げ、カレンの手を引く。


 カレンは王のその手に、いやらしさを感じなかった。


 急に森が開け、石造いしづくり墓所ぼしょが並ぶ場所に出た。


「こちらが先代の王と王妃の墓です。で、あちらが王妃様と王様の……」


 家臣が指す先に、石の柱と屋根だけが建つ空間があった。


「ご夫婦二人が揃われてから壁を作り、墓所ぼしょは完成します」


 ひとつの墓所に夫婦の墓が入る。

  

 辺りには崩れ落ちた墓所もあった。


「あのように崩れ落ちた石は取り払い、次の王の墓になります」


 土にかえる充分な時間を置いた証拠だと家臣は言う。国土に限りのある我が国ならではのやり方だとも。


 三人は先代の墓に花をたむけ、手を合わせた。


「おじいちゃん、おばあちゃん」


 白雪の小さな呼びかけが森に響いた気がした。


 カレンは突然、ハッと振り向く。


 樹齢が想像できないくらい立派な木々の間に、なにか光るものを見た気がしたのだが、気のせいだったかと向き直る。


 その時、王もまた、カレンと同じように振り向いていた。


 目のはしに懐かしい光を見た気がした。


「ティン……」


 森に呼びかけようとした時、家臣が鋭い声をあげた。


「白雪姫、いけません!」


 すでに白雪は、地面に掘られた棺桶かんおけ型の穴にジャンプして飛び込んでいた。


「姫! おケガは⁈」


 家臣は膝をついて手を差し伸べる。


 しかし白雪はその手を無視して、自分の背丈よりも深い穴の真ん中で空を見上げた。


 墓穴に入るなど不謹慎にもほどがあるが、白雪は皆が見たことのないような真剣な顔をしていた。


 その、なにかに取りかれたような大人びた表情に、家臣は差し出した手を引っ込める。


 真剣に、じっと、なにかを待っているのか、見えないなにかを見ているのか、白雪は微動びどうだにせず、ひたすら晴れわたる空を見続けた。


 王とカレンは一瞬、顔を見合わすが、カレンが白雪が見る空を見上げたので王もそれに従った。


 家臣も困惑しながらも空を仰ぎ見る。


 数分はそうしていただろうか。ふいに白雪が口を開いた。


「お母さまは箱に入りたくないみたい」

「箱……でございますか?」


 家臣はそれを棺桶かんおけととった。


 棺桶に入れられて埋められるのが可哀想だという意味だろうか?と、王を見る。


 王もまた首を傾げて我が子を見下ろしていた。


 カレンは“箱”に、聞き覚えがあった。


 死期の近づいた王妃が息も絶えだえに何度も繰り返していた言葉。そして、魔法の鏡を生み出した女の子が魔女を閉じ込めた呪いの箱。


《箱に鍵をかけて、その鍵を違う箱に入れて、その箱の鍵をまた……》


「箱に入れないで」


 白雪は懇願こんがんするように言う。その表情はどこか王妃に似ていた。


「箱はいや……」


 白雪は繰り返す。


 いったい姫はどうしてしまったのだろうと王と家臣は狼狽ろうばいするばかりだった。


 空を見上げる白雪の頬に、ひとすじの涙がつたう。


 その涙は光の反射で金色こんじきに見えた。


 風で木々が揺れ、葉のこすれる音が人のささやきにも聞こえる。


 カレンは“箱”をおそれる白雪と王妃の気持ちがわかった。きっと、鍵をかけられて呪いから逃れられなくなると思っているのだろう。


 しかし、顔を空にあげたまま涙を流し続ける幼い友人を救う方法がわからない。


 どうしようかと逡巡しゅんじゅうしていると、ふいに突風がカレンの背中を押した。


「!」


 カレンは声をあげるヒマもなく墓穴に落下した。


「カレン! 大丈夫か!」


 上から覗き込む王からも見えるほど、カレンの小さな膝から血がにじみ出た。


「あいたたー……りむいちゃった」


 尻餅をついたまま手の土を払い、ドレスをももまで捲り上げて膝を押さえる。


 高く青い空からカレンに視線を移していた白雪は、その血を見て、大きな目をパチクリとさせた。


「カレン、転んじゃったの⁈ あれ⁈ 穴の中⁈」


 白雪は穴に飛び降りた記憶がなかった。


 その時、キラキラと光る金色の光の帯が、白雪の周りに浮遊した。


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