第37話 豹変


 部屋に戻った白雪は、王の部屋が楽しかったと興奮がさめないでいた。


 一緒にその場にいたカレンに、臨場感たっぷりに話して聞かせる。


「知ってるよー。聞いてたじゃーん」


 カレンは苦笑いをしながらも、やはり誘って良かったと思った。


 しかし、カレンは気がついていた。


 王が背後で鼻の下びろ〜んをしていたことを。


 ベッドに横になれと言われたら、どうしようと絵本に集中できていなかった。


 白雪の前でパンツを見せろと言われたら?


 白雪のパンツも見せろと言われたら?


 王の命令は自分にとっては絶対だが、娘の白雪は拒否するかもしれない。その時、自分はどちらに従えば良いのか……。


 10歳のカレンには答えが出ない。


 今日は王が隠れてびろ〜んをしていただけで助かったが、次もそうだとは限らない。


(そうだ、次は僕だけで行こう……)


 万が一、自分が男の子とバレれば白雪とは、その日にお別れをすることになるだろう。それでも、幼い黄金の姫を守るのが役目だったと思い出す。


 その日、カレンは白雪の手をギュッと握って眠りについた。






 翌朝、王の様子がいつもと違うと家臣達は顔を見合わせていた。


 いつもなら、今日はどんな美少女に会えるのかとニヤニヤしながら朝食をすませ、家臣に背中を押されて、しぶしぶ執務室に入り、肘を付きながら書類に目も通さないで国印こくいんをドンと押す。


 山のように積み上げられた書類が半分くらいになると、手首が痛くなったと言い出し、家臣が湿布薬を取り出して手首と国印こくいんを固定しましょうかと言うと、うんこがしたいと言い換え、なんだかんだ理由をつけて執務室を出てしまう。


 謁見えっけんのある日は、穏やかな表情で王座に鎮座し、王の権威を保ってはいたが、頭の中では午後から少女達と食べるおやつを気にかけていた。


 その証拠に、王座を降りるとすぐにおやつの確認を抜かりなく行う。気に入った少女を部屋に誘うクッキーの補充を命じるのも忘れたことはない。


 忘れ物はあの子に届けられたのか、咳をしていたあの子の体調はどうなのか、不満や悩みを抱えている子はいないかと、ハーレムの王としては百点満点の仕事をするのだが、それ以外は優秀な家臣達のおかげで国が成り立っているありさまだった。


 それが、今朝はどうしたことだろうか。


 声をかけられる前に起床し、朝食をさくっと終わらせ、みずから執務室に入った。


 そろそろ手首が痛くなったと言い出すころだと、湿布と包帯を持って構える家臣を尻目に、山のように積み上げられた書類を音読しながら国印こくいんを押し続け、すべて片付けてしまった。


 いつもなら死んだ魚の目をして、ボーッと参加する会議で、気の利いた冗談を飛ばして大臣達をねぎらう。


 早くハーレムに行きたくて、そわそわとしなごらる昼食も、今日はゆっくりと味わい、コックを呼びつけて感謝を送った。


「王様! そんな、もったいないお言葉……ありがとうございます!」


 呼び出しに戦々恐々としていたコックは、吊るし首にならずにすんだと、半分チビりながらキッチンに戻って行った。


 極めつけは、王妃が埋葬される墓地に行きたいと言い出したことだった。


 王家の墓地は森の奥深くに位置し、今から往復するとハーレムに行く時間がなくなってしまう。


 側近の家臣は、そのことを王に伝えた。


「うむ、ハーレムか……今日はハーレムに行かずともよい」


 この返事を聞いた家臣は、ある者は眼球が乾くほど目を見開いたまま固まり、ある者は両鼻から鼻血をいた。


 チビるどころか、うんこを漏らして卒倒そっとうしそうになりながら、側近の家臣は、理由を問う。


 王は、しごく真っ当な返事をした。


「父上と母上に妻が行くのでよろしく頼むと言いたくてな。一度も手を合わせに行ったことがなかったし……」


 たしかに、王は先代の墓参りをおこたっていた。


 そして、王妃の葬儀を控えたこの時期にハーレムにやって来るのは、親から何やら穏やかではない野望を吹き込まれた少女ばかりだろうと想像できるので、ハーレムに顔を出さないのは正解だと思う。


 しかし、このあまりの変貌ぶりに聞かずにはいられない。


「王様、どこか、おかげんが……頭を打ちました?」


 打ち首になってもおかしくはない失礼な質問に、王は軽やかに笑って答える。


「なぜだか、今日は爽やかな気分でな。体も軽いし……良いことをしたい気分なのだ」


 爽やかで体が軽いと聞けば、昨日の大量放出が原因だと思い当たる。


 それではと、墓地に向かう準備が進められた。


「そうだ、白雪も誘おう」

「それは良いアイデアです。白雪姫も先代の墓参りはしたことがないですから」

「うむ。それとカレンも一緒に参るように伝えよ」

「は、はい……かしこまりました」


 側近の家臣は、あの大量のベタベタはカレンに向けて放出されたモノだと思っていた。


 白雪は、いくら例の妖精そっくりに育っているといえ、我が子は我が子である。


 わざわざカレンも呼べと言うからには、やはり人が変わるほど大量放出させたのはカレンなのだろう。


(あの子供にそんなマネが? たしかに美しいが10歳程度の子が……?)







「わーい! お父さまとお出かけー!」


 手放しで喜ぶ白雪と裏腹に、カレンの足は震えていた。

 


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