第36話 変態の新記録


 絵本は色とりどりの絵の具で、ページいっぱいに鮮やかな絵が描かれていた。


 少しの隙間に物語が書かれており、絵を見ているだけでも楽しむことができる。


「うわぁ、王様、こんなに綺麗な絵本は始めて見ました」

「人魚姫! あ、こっちには海賊もいる!」


 背後から美少女の柔らかいうぶ毛の生えたうなじを眺めて鼻の下を伸ばしたり、たれそうなピンクの頬をでたりするために国家予算を投入して購入したアイテムだが、ガチ変態王にはその価値はわからない。


 まさか、そんな性癖を満たすために使われているとは製作主も夢にも思わないだろう。


 豪華で美しい絵本は白雪とカレンを釘づけにし、見事にその役目を果たした。


 王は夢中になる二人の後ろ姿を見ながら、手を少しあてただけで鼻水を噴き出した。


 そんな自分に驚きながら、しかし満足はせずに鼻の下を伸ばし続ける。


 ふと、カレンが髪を耳にかけた。


 その仕草で、びろ〜んと伸びた鼻から白い液体が噴き出す。


 ベタベタをローブにこすりつけて余韻に浸っていると、白雪が笑い声をあげながらカレンに寄りかかった。


 二人は頭をゴチンとぶつけてしまう。


「痛い〜」


 同じように頭をさすり笑い合う。


 その表情で、またも噴き出す。


 カレンが笑顔のまま振り返り、チラリと王を見た。


 すぐ絵本に向き直ったのだが、その金色の長いまつげと切れ長の青い視線に、下半身に電気が走り、秒で鼻の下が伸びる。


 白雪が足首をクルクル回すと噴き出し、カレンが首をポリポリとかくだけでイッた。


 絵本に夢中になる二人を背後から眺めているだけなのに、何回、連続で噴き出したのかわからなくなる。


 ガチ変態王でも、これは初めての経験だった。


 絵本を読み終えた二人が笑顔で同時に振り向いた瞬間、王の鼻は一滴も出るものがなくなり、スカッと音をさせて、ひくひくと痙攣けいれんした。


 そして、悟る。


 たぐまれといっても過言かごんではない美少女のカレンは顔も年齢も完全に好みだが、体にもちもち感が足りない。


 隣で足をぷらぷらとさせる白雪は、初恋の妖精を見るようで、これまた完璧だが、いかんせん年齢が幼すぎる。しかも、血を分けた我が子だ。


(二人は、二人で完璧なのだな……)


 あくまでも変態王にとっての完璧だが、無駄に精力のあり余るガチ変態にとって、新しい境地にイかせてくれた二人が女神に思えてくる。


「お父さま? どうしたの?」


 我が子の声で、王は我にかえった。


「い、いや。絵本は面白かったかい?」

「うん!」

「それは良かった。今日はもう遅い。部屋に戻りなさい」

「はーい」

「また、来るといい。いつでも来て良いからな……カレンと一緒に」

「うん! わかった! カレン、良かったね」

「はい。王様、ありがとうございます」


 カレンは椅子からぴょんっと飛び降りた白雪と手を繋ぐ。


 その小さく握りあう手を見るだけで、王の鼻の下はマックスに伸び、スカッと音をさせる。


 これには、たまらず声が出た。


「おおう……」


 顔面の筋肉がすでに筋肉痛を訴えていた。


「王様? 大丈夫ですか? 顔色が……」

「お父さま、お顔が白いよー?」

「いや、大丈夫だ。疲れただけで……おやすみ」

「おやすみなさーい」


 カレンは頭を下げて、白雪は手を振って王の部屋を後にした。


 二人が部屋の前から立ち去る充分な時間をとったあと、王は大きな声で側近の家臣を呼びつけた。


「はい。ご用でございますか」

「これを、どうにかしてくれ」

「これ?」


 王のローブまるでロウソクで固めたように白いベタベタで固定されていた。


 家臣は匂いで、それの正体は知れたが、どうしてこんなにも大量に放出したのか理解ができない。


「いったい、何発……」

「いいから、早く拭きとってくれ。どんどん硬くなる」

「は、はい!」


 家臣は、とりあえずベッドのシーツを剥ぎとって拭きながら、王を救出した。


 ローブに、まるで氷柱つららのように張り付いている。


「いったい……」


 ローブを脱がせながら家臣は繰り返す。そんな家臣に王は答えず、夕飯は肉と卵を食べたいと言った。


「は、はい。用意させます」

「それと、湯浴みをするぞ」


 家臣はベタベタのシーツとローブを抱え、ルンルンと足取りの軽やかな王のあとをついて走った。


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