第13話

 いかにも高そうな靴をコツコツと鳴らし、道を闊歩する姿は貴族のようであり、人を寄せ付けないライオンのようでもあった。

 自然と道が開かれ、男は秀一に歩み寄る。


「初めまして、足立清光です」


 愛想よく笑った男は胸ポケットに手を伸ばした。いかにも高そうなスーツがかさかさと音を立てる。

 だが清光はふっと手を止めてにやりと微笑んだ。


「名刺なんていらないかな?」


 手を抜き、テーブルの上に置かれたカードを触る。


「だって、君、死ぬかもしれないもんねぇ」


 まりあと胡桃がクスクスと笑った。


「死ぬかもしれない人間に名刺を渡したって無駄だよね?」

「別に生きててもお前なんかの名刺はいらねえよ」


 健一郎が割って入った。

 すると清光はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「腰巾着が」

「言い争いをしていても進まない。ゲームを始めよう」


 毒づく彼に秀一が促した。清光は一層不機嫌そうに顔を顰めたが、咳ばらいをして頷いた。


「確かにその通りだ。時間は有限だからね」


 彼は入り口から奥の方のソファに腰かける。一つ一つのしぐさにプライドの高さがにじみ出ていた。

 健一郎は怒りを露わに彼を睨みつける。

 一方秀一は落ち着いた様子で彼の正面に腰かけた。使徒の役である美香はその斜め後ろに立った。

 この時秀一は美香からわずかに恐怖心を感じ取っていた。

 体が小刻みに震えている。


「大丈夫?」


 優しく声をかけると、美香はちらりと秀一の方を見下ろした。だがすぐに真っすぐと前を見つめ、冷たく言い放つ。


「勝負に集中して」

「……」


 秀一は黙って清光の方に向き直った。


「さて、今一度ルールを説明しようか」


 カードに手を伸ばし清光は口を開く。


「まずは映像でお楽しみいただいているお客様はどうぞごゆるりと堪能下さいませ」


 どうせ賭けでもしているんだろうな、と秀一は思った。


「そして会場の民衆にも今回はチャンスを与えよう。腕時計を見て欲しい」


 周りがざわつき、一斉に首を垂れた。秀一の時計は特に変化がなかったが、美香と健一郎の時計には変化が出た。

 画面には青いマークと赤いマークが出ている。


「青いマークが私、赤いマークが武井君を示している。要はどちらが勝つのか、ワンゲームずつ賭けることができる。最低賭け額は10万ペインから。賭ける方をタップし、いくらベッドするか、数字を入力。ワンゲーム終了後賭け額に応じた金額を報酬として付与される」


 嬉しそうな声が上がった。


「一ゲームだけ参加して二ゲーム目には参加しない、とかでも構わない。賭けるか賭けないかは、君たちの自由。有意義な時間にしてくれ」


 ギャラリーは盛り上がるが、秀一や健一郎、美香は聞く耳を持たなかった。


「ただし、あくまでこれは私と武井君の勝負。静かに密告するゲームだ。周りから邪魔が入っては面白くない。ギャラリーは一切声を発さないこと。当然ながら互いのカードが見えたとしても口に出してはいけない。ギャラリーから声が上がった場合、そのゲームは無効。一からやり直し。そして声を出した邪魔者は消えてもらう」


 その言葉で辺りが一瞬で静まった。誰もが呼吸音さえ立てないよう気を遣っているようだった。


「それではぼちぼちゲームについて説明しつつ、始めようか?」


 そう言って彼は不正がないと周りに見せるため、十枚のカードを掲げた。裏面が赤いカードと青いカード、それぞれ五枚ずつある。

 赤いカードには後光が差す女の子のイラストが描かれたものが一枚、胸を撃ち抜かれた男の子が描かれたものが一枚、お金が描かれたものが一枚、そして狸が描かれたものが二枚あった。


「見ての通り、この女の子が清水美香の救済カード、男の子の胸が撃ち抜かれているものが中本健一郎の死を示すカード、そしてこのお金が描かれているのが一億。あとの二枚はダミー。撃ち抜いても何も発生しない」


 カードを手渡され、秀一は念入りにチェックをした。確かに何か不正をする余地はなさそうだ。

 続いて清光は青いカードを掲げる。そこには胸を撃ち抜かれた女の子が描かれたものが一枚、首を切られた男の子が描かれているものが一枚、手足が変な方向に曲がった男の子が描かれているものが一枚、そして狸が二枚。


「これも見ての通り、この胸を撃ち抜かれた女の子こそが清水美香の死を示すカード。首を切られているのはそちらの友人、中本健一郎の死を示すカード。これが、君だ」


 手足が変な方に曲がったカードを秀一に見せつけてくる。


「基本的にはこのイラストの通りに死ぬと思っていてくれ」


 にやりと笑った顔は相変わらず人に嫌悪感を与えることに長けている。


「君の勝利条件は私よりも先に清水美香の救済カードを撃ち抜き、かつ一億のカードを撃ち抜いた上で、ダミーを撃ち抜く。そうすれば君は誰も殺さずに借金を無くせる。反対に私の勝利条件はただ一つ。誰でもいい、殺すこと」


 清光が黒いカードを三枚渡してきた。そこには金色の銃弾の絵が描かれていた。

 弾は三発。秀一が救済カードを先に撃ち抜ければ、仮に秀一の美香の死を示すカードを撃ち抜かれても無効となる。そうすれば犠牲はない。


「さて、そちらの使徒は誰かな?」

「彼女だ」


 秀一が美香を見つめた。


「愛らしい使徒だ」


 清光はいやらしい目で美香を見つめた。


「ちなみにそこの腰巾着はどうするんだい? ギャラリーと捉えていいのかな?」

「参加してもいいのか?」


 不機嫌に尋ねる健一郎に清光は眉をぴくりと動かした。


「まあ構わない。二人で相談しながらやればいいさ。一応君の命もかかっているわけだしね。でも特にルールは変わらないよ」

「ああ」

「あと密告ルームに入れるのはメインプレイヤーである武井君だけだ」


 清光が自分の背後と秀一の後ろに置かれたボックスを指さした。


「それが所謂密告ルーム。プレイヤーはまず自分の密告ルームに入り、どのカードを賭け台に乗せるか決める。その後それぞれの使徒は相手の密告ルームに入り、敵プレイヤーが何を賭け台に乗せるか見る。ここでの密談は一分。使徒が入ってからのカウントだ」


 密談。つまり相手の使徒を買収できる時間はわずか一分。


「その後味方の密告ルームに入る。プレイヤーが密告を受ける場合、プレイヤーも密告ルームに入り三分間の報告を受けることができる」


 それができるのは三回まで。タイミングが重要だ。ただしこれは秀一から美香への絶対的信頼がなければできないことだ。


「密告ルームでの会話は当然会場には聞こえないが、お客様には聞かれているのでくれぐれも変な気を起こさないように」


 清光が足を組んだ。


「あとは互いに賭け台にカードを乗せ、三つの質問をすることができる。その質疑が終わった時、銃弾を発砲するか否か結論を出して終了。これで一セット。質問は?」

「カードは見た。密告ルームとそちらの使徒を確認させてくれ。不正がないか確かめたい」

「おっと、そうだったね。こちらの使徒は彼女だ」


 密告ルームからヒール音がした。

 中からはスーツ姿に身を包んだ美女が出て来た。その顔を秀一は知っている。

 成之の父親を殺した殺し屋だ。顔色一つ変えず相手の肉をそぎ落とした女。


「私のパートナー、アイリさ」


 彼女は言葉を発することなく静かに頭を下げた。

 その後秀一は賭け台と言われるテーブルや密告ルームを隅々と確認した。変なマイクやスピーカーはなさそうだ。

 当然だが清光の耳にイヤホンなどもない。


「よし、問題ない」


 一通り確認を終えると秀一はソファに腰を下ろした。


「ただし不正が分かった時、即座にゲームは中止。いいな?」

「もちろんだとも。楽しいゲームにしようじゃないか」


 そう言って彼はにやりと笑い、青いカードを自分の方に引き寄せた。秀一も赤いカードを引き寄せる。


「さあ、命を賭けたゲームの始まりだ」

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