第26話 共感
私はフワフワとした夢を見ていたのかもしれない。
とっても幸福な夢で、その夢を一言で表すなら満足。
私はどうしてか蔵の中にいる。二階の大時計の脇にある小さな窓からは不気味な赤い光が差していた。夕暮れにしては随分と色の濃い赤。その赤は人間の血液を彷彿とさせる色。
周囲には誰もいない。音の一切もない。ただ静寂、キーンという音が微かに聞こえる。
ひとまず蔵から外へ出るべく車輪を回す。
蔵の戸は重いはずなのに、まるで自動扉のようにゆっくりと軽やかに開いた。
上野家の裏庭。家からは照明の光もなく、誰かがいる気配もない。なにより異常な赤い空。一面赤一色。雲もない。月もない。太陽もない。鳥も飛んでいなければ飛行機も見当たらない。東京の住宅地とは言え近くには中野通りや西武新宿線が走っている。そういった人工的な音さえこの世界には存在していない。
「誰も居ないのかしら」
しかしその赤い世界、少し離れた場所から天へ差す白い光の柱が四本。
どうしてかそこに行きたくなった私は上野家から出てその光の柱へと向かう。やはり道中誰も見かけない。人も、猫も、犬も。私は不思議に思いながらも吸い寄せられるようにその光だけを見て、進んでいく。
妙正寺川を渡ってみると、光の出所は哲学堂公園だと判った。入口は開いている。菖蒲池は赤い空を反射して血を溜めたようになっていて、ジグザグに掛かる木橋をゆっくりと、鯉が居ないのを確認しながら渡った。
光の柱はどうやら時空岡の方角かららしく、時空岡は斜面を登った場所にあり、車椅子でも登れる坂道から時空岡を目指す。
「理想橋……」
私が共感できたら是非とも自分の足で渡りたいと思っていた場所。できれば共感し合えた人と手を繋いで渡りたい小さな橋。私は車椅子で理想橋の真ん中で止まると、時空岡の中央で光は収束し、「待っていてくれたのね」光の中から、鵜宮紗鳥、松田孝一、落合刑事、そして美園涼子が微笑んでいる。みんなが手を差しのばしていた。
私は車椅子から立ち上がると、「自分で立ってる?」不思議と足に力が入ったことに驚いた。車椅子は自分の役目は終わりだというように消えてしまった。
彼らを見て自分が殺されたことを思い出した。あれは夢では無く現実だった。であればここは死後の世界。それならばこの世界に生物が存在しない理由にも頷けた。
私は一歩足を進めてから一度立ち止まり。理想橋を渡りきる前に、一度振り返るとそこには闇が広がっていた。黒い世界がある。
「智檡」
私に共感をくれた最愛の親友。
私はいつから手にしていたのか、青紫色の花、アネモネをその暗闇に投げ込んだ。
私はたぶん今、とても自然に微笑んでいるに違いない。
「貴女も早くいらっしゃい、智檡」
理想橋に差す光 幸田跳丸 @hanemaru0320
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