第25話 激情6

 耳鳴りが酷い。耳障りなくらいに鼓動が早く、過呼吸のような荒い息遣い。



 千丈智檡は復讐を終えて感情が高ぶっていた。



 彼女は撃たれた左肩の痛みさえも忘れてしまえる達成感を得ているはずだった。しかしその顔は満たされない、やるせない虚しさに彩られていた。



「板倉。拳銃」



 短く命令すると、ずっと幼い頃より我儘を聞いてくれた板倉は、「こちらです」手袋と一緒に拳銃を差し出した。警察が使用している代物。智檡は先に手袋をしっかりと嵌めてから拳銃を握り、残りの銃弾を確認する。



「ああ。そうだ」



 智檡はコートの内ポケットに手を差し入れ、二つで違う形の花を指先で確認してしばらく迷ったあげく、舌打ちをした。



「スイートピー……」



 車椅子にちょこんと座って項垂れる上野智恵の心臓に、手向けの造花を差す。



 花言葉は複数あるが、思い出すのも億劫なくらい疲れていた。どうしてこんな花を持ってきたのかも、もういまさらどうでもいいのだ。



 もう話すこともない友に背を向けて、中野区の一連の事件を完結させるために落合刑事の前に立ち、「私は自分のしたことを都合良く忘れたりはしない。でも、パパの為にも捕まるわけにはいかないから」銃口をこめかみに押し当てて撃った。



 板倉が椅子から落合刑事を解き、自分たちの証拠になる物に見落としはないかの確認作業に入った。智檡は拳銃を落合刑事に握らせて先に蔵から出た。



 外は寒く、日付付きの腕時計を見ると12月20日だった。



「ハッピーバースデー、智恵」



 白い息を吐いてようやく、寒さで自分が撃たれた左肩の痛みを思い出す。



 この怪我も落合刑事に押しつけるには都合が良い。



 携帯電話で警察に連絡を入れた。



 タイミングよく蔵から板倉が出てきて、「我々が疑われる証拠はありません。ですが」言い淀んだ彼に、「なに」素っ気なく問う。



「浮かばれない顔をしています」

「疲れただけ。ちょっとだけ」

「そうですか」

「ねえ」

「はい?」

「私の髪さ、セミロングにしたら似合うかな」



 板倉は戸を閉める前に蔵の中、車椅子に座っている少女を一瞥し、「面影、ですか?」智檡は大きな溜息をして、「あ、そうだ。睡眠薬入りのケーキ。それと、カメラを隠してたぬいぐるみ。あれ、回収して処理しといて」彼に命じると即座に動き出す。駒として有能だが、時にいらぬ事を言う彼が少々鬱陶しいと感じるときがあった。面影と言った彼はどういう気持ちでそんなことを言ったのかを少しだけ、退屈しのぎに考えてみた。



「全然面影もないよ」



――腹違いの姉なんて。

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