5.Miram
城ヶ島公園の横にオンボロビートルをとめて、
「真っ暗、」
「なんだよ、まだこえぇの?」
「こわいよ。たぬきでるよ、これ」
「はは!」
藪のトンネルを抜けて馬の背洞門のある海岸まで降りる。岩礁に立ち、開けた夜の空を見上げる。
「あぁ、」
仕事で毎日きているとはいえこんな半島の先っぽに、しかも夜中にくるなんて、八月のど真ん中、ペルセウス流星群極大のあいだくらいだ。
「やっぱ、すげぇな」
灯りのない海岸から見上げる夜の空。弾けば音がでそうなコバルト硝子に、落ちてきそうな数の星が瞬いている。
「寝転んで見ようぜ、首痛い」
「じいさんかよ」
「じいさんだよ。後輩できたし」
ステージみたいに広がる岩礁の上にデカイ身体を無遠慮に広げて寝転ぶ朧月の横に、倣って寝転ぶ。
「大の大人がこんなとこで寝てて、通報されないかな、て、毎年考える」
「それは、お前だろ」
ロウが悔しそうに舌打ちする。もやしみたいだったオレはもやしのままドンドン伸びて、結局、朧月を五センチ抜いたところで成長期を終えていた。
「大丈夫、たぬきもだれも見てやしねぇから。あ、ビール、ビール!」
「え? 車だろ? てか、なんで持ってきてんの?」
「いきは運転したんだから、帰りはアオちゃんが運転でしょおぉ?」
「マニュアルの運転はいやなんだよ」
「運転しないとなまるぞ」
「いいんだよ、ロウが運転するんだから」
「おっまえ、マジ図々しく育ったよなぁ。そんなふうに育てた覚えはねぇんだけどなぁ?」
「どっちだよ、それオレが買いだめしといたビールだし」
「はは!」
思わずふたりで吹きだす。
「はは、いい夜だな」
この様子だと、昨夜の銃撃戦では無事、被害者を保護できたんだろう。
「流れ星、てさぁ、流れたあと、どこにいくんだろうな。落ちたやつ、集めて売ったら儲かりそう」
「大気圏で燃え尽きるんだよ」
「ロマンねぇなぁ」
「冗談だよ、冗談」
時刻はきっと潮止まりに近い。
タプン タプン 波が優しく岩を撫でてゆく音だけ。
チラチラ 空気に揺れる星の音が、聞こえてきそうだ。
家からは、明るい星がポツポツ、いくつか見えるだけなのに、
「ほんとはたくさんあるのに、見えないだけなんだなぁ」
「うん」
そう考えると、やっぱり不思議だった。
「星空に、浮いてるみたいだな」
ロウがとなりで、戯れに手を伸ばす。もちろん、届くわけなんてないんだけど。それでも思わず頬が緩む。
「なによ」
「ペルセウス座だって、二億光年も遠いとこに、あるんだぜ?」
「知ってるよ、そんなの」
「いま見てるのは、二億年もむかしの光なんだぜ?」
「知ってるよ、そんなの」
「オレたちの目がその星を見るころには、もう星はそこにはないかも知れないんだぜ?」
「ベテルギウス?」
曖昧に頷く。きっと、ほかにもあるに違いないんだろう、遠ければ、遠い星ほど。
「例えば、さぁ、」
いつかもしたような会話を、朧月が引きついだ。
「じぁネ、つって」
「……、」
「ふり向いたときにはもう、いないかもしれないぜ? まだ、そこにいるように見えるのに」
「……問題、ないよ」
オレも真似て、夜の空へ手を伸ばす。
「声は光より遅く耳に届く。声が聞こえたときにまだ見えているなら、まだ、そこにいる」
「なにもいわないで、いなくなるなら?」
「問題、ないよ」
無骨さに厚みが加わった熱い手を取る。
姿も声も、質量も、もう、きっと問題にはならない。
「アオ?」
「気配で、わかるからな」
「……へぇ?」
朧月の笑うのが、気配でわかる。口の片端だけ上げて、目を細める。「お巡りさん、ヤッバイよね!」 なんてカフェの女の子たちにいわしめるワルイオトコの笑みだ。
そんな笑みで、もやしのまま長くなっただけのオレの指に指を絡めてくる。
ロウの手の熱が、伝わってくる。同じだけ、冷たいオレの手が、彼の手から熱を奪う。
「そっか、」
「うん」
「そうだな」
「うん」
だから、もう、
「あのさぁ、ずっといいたかったんだけど」
「え、なに? まだなんかしたっけ、オレ」
「それはいまさらなんだけど、」
「……いまさら、」
「ロウさ、はやくお嫁さんもらったほうが、いいよ」
「え? なによなによ、突然!」
「え、待って、意外にも初心な反応」
「え? お前が突然すぎるよ?」
「そうかな」
「そうだろ」
そうか、けど、
「わりと前から考えてた」
「そうなの?」
あれだけ女子の熱い視線を受けながら、まさかほんとうにここまで無自覚だったのか……いろいろ、べつに心配になってくるけど、とにかくは、
「お嫁さんもらったらさぁ、お前、」
「おぅ?」
「自重するだろ?」
「……ジチョウ、」
「そう、」
「……そっか、」
「うん、」
「そう、かな」
「うん」
だから、もう、
この手を離しても、大丈夫。
ロウがいなくなるなら、
オレがいなくなるなら、
姿も声も質量もなく、わかるだろ?
あんなに世話になっておきながら悲しいことに、オレには朧月の暴走をとめてやる力がない。
だから、
「……ロ、」
「あっ!」
「ウ、ぅえ⁉︎」
「見えた! いま見えた! ヒュッ、て!」
「え! どこ!」
流星が見えたあたりを指さそうとするのに、朧月が愉快そうに腕を振りまわす。
「チッ、ことしも先越された」
「ははっ! なんだろ、オレ、目ぇいいのかな!」
「ちょ、手!」
「はは! あ! また!」
オレの手は、離さないまま。
「そうだなぁ。まぁ、嫁さん候補ができたら考えれば、いいんじゃねぇかな」
「それじゃぁ、」
思わず顔を向けるとニヤリ、悪い顔で同じくこちらに顔を向けてくる。
「あ、ジチョウはする、します! なによ、心配してたの? アオちゃんに愛されてんなぁ、オレ! はは!」
「はぁぁぁぁ……」
オレのため息を合図にふたり、空に向かう。絡めたロウの指に一瞬、ほんの一瞬、力がこもる。
ありがとう
そう呟いたのは、きっと届いていた。
こちら、こそ?
それなら、せめて、
「グゥ」
「え?」
「ググゥ」
「えぇ?」
絡めた指が弛緩するのにあわてて半身起き上がる。
「てか、」
しまった! いつの間にビール一缶空けたんだ!
「なに眠てんだよ! こんなとこでっ!」
朧月が酒弱いの、忘れてた! しかもきのう夜勤だったわ、こいつ!
「やっぱりお嫁さんはまだはやい、のか……?」
さて、どうやって朧月を車まで連れていくいくか。いやいや、横っ腹蹴飛ばせば起きるだろ。
そんな甘い結論に至りながら流れ星探しに戻ることにした。期待を外されたにも関わらず、
あ、
安堵した視界の端を一瞬、光の筋が瞬いて消えた。
【つづく】
【💫完結💫】二億二千光年の、 浩太 @umizora_5
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