第19話 いつも通り

「お久しぶりです、ヴァルダルム殿下。私を覚えておいでですか?」


 ジェンダーは、丁寧な物腰でヴァルダルムへ声をかける。


「うむ。覚えている。【天空騎士長】が今は【仲介者】とはな」

「転換となる出来事がありまして」

「それは、そやつか?」


 ヴァルダルムの視線はジェンダーの横でポケットに手を入れて不遜に立つクティノスに向く。


「こちらの者の名前はクティノス。実力は言うまでもないでしょう。先程、セラフィス殿下を救い、『闇の魔人衆』の一人を倒した彼ですが、実力は半分も出しておりません」

「ほぅ……」

「ケッ。ジェンダー、御託はいい」


 クティノスは首を一度、コキッと鳴らしながらヴァルダルムを見下ろす。


「お前らは『闇の魔人衆』に関してどれだけの情報を持っている?」

「噂通りの不遜よ。クティノス、貴公は礼節と言うモノを弁えぬ獣か?」

「クックック……そう言う、“お利口さん”な事はオレ以外の雑魚にやってろ。オレがここに居る理由はただ一つ、楽しめるか、どうかだ」


 クティノスの思考に“礼節”などと言う考えは皆無だった。


「たまに居るんだよ。オレに首輪をつけられると思ってるヤツがな。ソイツは、世界の事を何も解ってないカスだ」


 礼節も誰かを敬う必要もない。

 地上に生きる全ての生物の中で己が最強だと信じて疑わない不遜な様は、単なる誇張ではない事の現れだった。


「『ドラゴン』の血と能力。随分と御高い存在の様だが、所詮は殺されるだけの凡愚だ。オレからすればお前らもそこらで草食ってる小動物と何も変わらん」

「ほほう。随分と言ってくれるじゃないか」


 不遜に笑うクティノスの言葉に反応したのはセラフィスだった。


「そこまで言うなら試して見るか? 我ら『ドラゴン』にとって自分がいかに矮小な存在であるのかを」


 セラフィスの戦意は、己を侮辱された事による闘志ではなかった。

 そんなモノを僅かにも感じない程にクティノスに見える“強さ”が己の全てを使っても勝てるかどうか解らないと思わせたのだ。

 こんな事は初めてだった。


「セラフィス殿下。今、彼と戦った所で何も得られません。それどころか『闇の魔人衆』に隙を晒す事に――」

「一つ問おう、クティノス」


 ジェンダーが場を納めようとするも、ヴァルダルムが声を上げる。


「あの蒼い髪の女性。彼女はお前の身内か?」

「アイツはただの奴隷だ」


 ヴァルダルムの言葉にクティノスは面倒くさそうに答える。


「……我が『ドラゴニア』の領地内では奴隷の所持は認められていない。彼女を解放して貰おうか」

「クックック……そんなくだらない理由でオレを従わせられると思っているのか?」

「我が国に居る以上、我が国の法に従って貰う。それが出来ぬのなら――」

「クックック……」


 やれやれ、と言わんばかりにクティノスは不敵に笑った。


「オレに首輪をかけられるヤツはこの世には存在しない。その文言をお前らのルールに追加しとけ」

「その様な事を認めては秩序の崩壊を意味する。ソナタは自分を中心に世界が回っていると思っているのか?」


 ヴァルダルムはクティノスを睨む。生物であればそれだけで萎縮し、まともに動く事さえも困難になる『ドラゴン』の威圧が襲うが、クティノスは冷めた笑みで平然と受け止めていた。


「姉上、頼めますか?」

「譲れと言われても譲る気は無いぞ」


 セラフィスはクティノスの前に出た。

 ジェンダーは、こうなっちゃうか……と諦めている。クティノスの事をあまり良く知らない依頼先では毎回の如くなので、手っ取り早く彼を知って貰うにはその実力を肌で感じてもらうのが一番だ。


「治療している者達もいる。戦いの場を空に用意しよう」






「…………」


 ブルーはクティノスから渡された魔力の塊をゆっくりと紐解く様に周囲に拡散させる。

 それは誰でも自由に扱える自然な魔力として漂い、治療効果を十二分に引き上がらせた。


 魔力を理解した上で、それを自然に還す。魔道に精通する者ほど、ブルーがやっている事がいかに高度であるのかを理解できた。


「みんな……治る……」


 ブルーは目を閉じて更に苦しむ者たち全てに適切な治癒を施す。包むように優しく、暖かく、身体の内側に存在する“苦しめる要素”をそっと取り除く。

 治療にあたった魔術師達は、本来ならば症状を理解した上で、適切な治療魔法を行わなければならない過程をブルーは全て飛ばしている事に驚きを隠せなかった。


 苦しんでいた者たちは嘘のように消えた苦しみに驚くと同時に、ソレを行ったブルーへ視線を向ける。


「……一体……彼女は何者だ?」


 彼女は半目で目の前で展開するクティノスの魔力に集中していた。






「あの者、危険ですわね」

「珍しいな。お前がそう言うとは」

「彼女だけ、輪廻の解釈がおかしいですわ。恐らく、誰も殺せない」

「だが……あの能力は厄介だ」

「拐う方向でプランを進めましょう♪」


 場に客として擬態する二人の“魔人”はブルーの排斥を考える。

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ブルーノート 古朗伍 @furukawa

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