第5話 真相解明編
「……なんのことかね」
教頭先生は表情ひとつ変えることなくそう返してきた。しかし、僕は教頭先生が手に持っていたビニール袋を握る手に力を少し入れたのを見逃さなかった。明らかに怪しい。教頭先生に疑惑を向けた僕に対して、拓也と義秋は不安げに見つめてくる。なんなら義秋は「まさか教頭先生を疑ってるの?」と口にも出していた。それに関しては拓也がすぐに「2人も疑ったお前が言うなよ」と突っ込んでくれた。
確かに義秋の言うことも一理ある。しかし僕は確かな事実に基づいてこの推測にたどり着いている。大丈夫だという視線を2人に送って、口を開く。
「僕がそう思った根拠はいくつかあります」
まっすぐと教頭先生を見つめると、続けなさいとでも言うように、教頭先生は小さくうなずいた。
「スーパーで聞く前から、今回チョコを買い占めているのは大人以外にはあり得ないと思っていました」
「コンビニで全部売れたのも深夜だって言ってたしな」
「あ、あとお金も。いっぱい要るよ」
義秋は自分が言われたことを思い出したらしい。自信たっぷりにそう言った。拓也が言ったように、深夜に子どもが出歩いていたら間違いなく補導されるはずだ。おまわりさんに見つからなくても、きっとコンビニの店員さんに通報される。子どもに頼られた親が買いに行くとしても、「深夜に買い占め」は中々考えにくい。1つ150円のチョコレートとはいえ、20個入りを5箱も買うと、15,000円もの出費になるのだ。親がそれだけの金額を子どもに出してやるのは、クリスマスや誕生日プレゼントですら少し苦しくなってくる額ではないだろうか。また子どもが自分で貯めたお金を親に預けて買ってきてくれるようお願いしたとしても、このお金の使い方は親が許してくれることは中々難しく感じた。だからこそ義秋は一度、町一番のおぼっちゃんである竹腰を疑ったのだから。
「2点目、カードを持っていた低学年の子たちは『どこか見覚えのある』男の人からもらったと言っていました。教頭先生の顔ならもちろん見たことはあるでしょう」
「あー、しかもそんなに会うチャンスはないからうろ覚えのやつだ」
拓也の言葉に、教頭先生は少し傷ついたような、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。しかしそれは子どもの側から言わせてもらうと、ある種仕方のないこととも言える。正直、先生全員の顔を覚えている児童は少ないのではないだろうか。多くは自分の担任と、同じ学年で他クラスの担任か。それくらいしか顔と名前が一致しないのではないだろうか。僕と拓也はよく怪我をして保健室のお世話になるので、養護教諭である高梨先生のことも分かる。しかしおとなしく、学校ではほぼ保健室に行ったことのない義秋は、高梨先生の顔をも知らないだろう。先生には悪いが、そういうものなのだ。唯一の例外は校長先生かもしれない。集会の時には、何度も、しょっちゅう、長時間顔を見ているので、なんとなく顔は覚えている。名前はちょっと怪しい。とにかく、教頭先生本人がなんと言おうと、児童からすれば「教頭先生」という存在は影が薄いのだ。なので僕は教頭先生の反応を気にせずにさらにたたみかける。
「3点目、義則くんから聞いた、道徳の教材にヒーローアニメを使う先生の話です。さっき義則くんが言ってたのって、教頭先生のことだよね」
義則の方を見ると、義則は笑顔でうなずいた。
「そうだったの? 教頭先生も『ドラゴンウルフ』好きだったんですか?」
嬉しそうに言う義秋の隣で、拓也が難しそうな顔をした。
「なんで『ドラゴンウルフ』が好きなのに、主役であるドラゴンウルフのカードを子どもに渡したんだ?」
「太田君の言うことはもっともだ。その点についてはどう考えているのかね」
こちらを試すように口の端を上げた教頭先生に、僕も笑顔で応戦する。
「欲しいカードがもう出たからでしょう。あれだけ買ってたら、もちろん被りもあるだろうけど、欲しいのは全部手に入るでしょう」
「そうか、コンビニだけで5箱も買ってる。1箱に1枚しかドラゴンウルフが入ってなかったとしても5枚も出るじゃん」
合点がいったようにポンっと手を打った拓也に微笑む。コンビニでチョコを買い占めた男性と同一人物の可能性がある男性は、スーパーでも入荷されていたチョコを全て購入しているのだ。何のカードが1箱にどれだけ入っているのかは分からないが、怪人カードはもちろんのこと、ドラゴンウルフもライガーもアユミも、色々なカードがさぞかし被ったことだろう。それに、カードが被ったからと言ってヒーローアニメ好きの教頭先生がSNSで見た書き込みのようにカードを捨てるはずがない。義則の話によれば、「道徳」という、個人の良心を育むための教科で、教材としてヒーローアニメを使っていたほどのヒーロー好きであるらしいので。そして最後に、これを聞けばもう言い逃れのしようもないだろう。
「教頭先生、そのコンビニの袋、パンパンですけど、中身を見せていただけますか」
サーッと風が吹く音だけが場を支配する。3人でじっと教頭先生を見つめると、義則が笑い出した。
「先生、隠すようなことでもないでしょう。確かにちょっと大人げないですけど」
「まあ、そうだな。見事な推理だった。前川君は論理クイズなんかが得意そうだね」
教頭先生は困ったような笑みを浮かべた。しかしこちらの気持ちはおさまらない。
「教頭先生! 僕たち、買えなかったんですけど!」
「買い占めなんて、ずるいっすよ!」
「僕、いっぱい色々な人疑っちゃった……」
教頭先生と義秋はちゃんと反省して欲しい。そんな思いで訴えると、突然教頭先生が頭を下げた。
「確かに、申し訳なかった。お詫びと言ってはなんだが、これを君たちにあげよう。それと、今持っているパックの中からひとつ好きなのを選んでくれるかい」
こんな風に大人に頭を下げられた経験なんてない僕たちはうろたえた。しかし教頭先生が差し出してきたものを見て、3人とも目の色を変えた。
「これ、ドラゴンウルフ……?」
「しかもこんなキラキラのやつ事前情報で出てなかったぞ?」
「これもしかして、シークレットじゃない?」
本当に受け取っていいのか分からず、おずおずと教頭先生を見る。教頭先生は笑顔で手に取るように促してきた。助けを求めるように義則の方を見ると、義則も笑顔を浮かべていた。
「いいじゃん。くれるって言うんだからもらっとけよ。先生、それも被って出てるんでしょう?」
「ああ。君たちがもらってくれた方が、カードも嬉しいはずだ」
そこまで言われて、断る理由もない。ようやく手に入った、今日ずっと探し求めていたカードは、夕日が反射してキラキラと輝いていた。
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