第2話 仮説1
フンッと鼻息を荒くして言い放った義秋に、これ以上彼の想像力を刺激しないようにしながら、恐る恐る尋ねた。
「陰謀って……一体どういうのを考えてるのか、とりあえず聞いてもいい?」
「あのね、拓也君、ちょっと怪しくない?」
義秋が何を言ったのか、理解するまでに数秒を要した。そして義秋が容疑者として挙げた名前にギョッとする。
「お前、友達を疑うなよ……」
「だってぇ……」
普段はほとんど自己主張をしない義秋が自分の意見を言っているのだから聞いてやりたい気持ちはある。しかし内容が内容だ。呆れたという気持ちをこめて義秋を見つめる。すると義秋は小さな声で、彼が拓也を疑った根拠を話し出した。
「拓也君のお母さん、あのコンビニで働いてるんだよ」
「知ってるけど。それがどうしたんだよ」
「いつ商品並べるかとかも知ってるじゃん」
なるほど、一応彼なりの理屈はあるらしい。ただし、その想像には穴がある。
「深夜に子供が買い物に行けるわけないだろ。補導される」
「お母さんかお父さんが買いに行ったのかもしれないじゃん」
「拓也のところのおじさんは朝が早いからめちゃくちゃ早く寝ちゃうらしいし、あの厳しいおばさんがそんなこと許すと思えないんだけど」
拓也のお父さんは生鮮市場で働いてるので、夜が明けないうちに家を出て行ってしまうのだと、彼が言っているのを聞いたことがある。そして拓也のお母さんの方は優しい人ではあるけれど、そういうワガママを許すタイプの人ではない。特に、拓也が『ドラゴンウルフ』に熱中している時に「勉強もこれくらい熱心にしてくれたらね」とチクリと言われるとブツクサ言っていたのは記憶に新しい。
「拓也君の家のお父さんがお昼のうちに買いに行ってくれたのかもしれない」
「さっき店長さんが、深夜の内に全部売れたって言ってたろ」
それにお昼のうちに買いに行ってもらったのまでアリになるなら、他の子――それこそ僕たち2人だって、容疑者になりうる。次第に穴だらけになってきた義秋の妄想じみた推理を追及すると、義秋はぐぅ……と唸って何かを考え始めた。しばらく何かを考えた後、それでもめげずに口を開いた。
「拓也君、今日突然待ち合わせに間に合わないって言い出したよね」
「家の用事だって言ってただろ」
「でもあんなに楽しみにしてたじゃん……家にカードあるから、興味薄れたんじゃないの」
「拓也の家、おじさんもおばさんも働いてるからさ。仕事の都合によってはあいつが妹のこと保育園に迎えに行かなきゃいけなくなること、しょっちゅうあるじゃん。義秋、どうしたんだよ。すごい失礼だぞ」
拓也が家からあんまり出られないおばあちゃんや家事をしているお母さんの代わりに妹の世話をしているのなんていつものことなのに。どうして突然そんなことを証拠のように言うのか。義秋だって友人だが、拓也だって大事な友人である。そんな風に疑われて、気分のいいものではない。そんな苛立ちが義秋にもうつってしまったのだろうか。彼にしては珍しく語気を荒らげて言葉を続けた。
「でもでも、拓也君、前も一緒に行こうって約束してた映画勝手に行っちゃったことあるじゃん!」
「……何年前の話してんの?」
確かに義秋が言っていることは事実ではある。だがあれは小学校低学年の頃の話だ。当時僕たちが夢中になっていた冒険アニメの劇場版が公開されるから一緒に行こうという約束を3人でしたのだが、拓也だけ先に見てしまったことがあった。しかしあれは彼自身の意思で僕たちを裏切ったわけではなかったはずだ。
「あれは拓也のとこの子供会の行事だったから仕方ないやつじゃん……。僕たちの方の子供会でも行ったし」
そうなのだ。今更目くじら立てるようなことでもない。それよりも、義秋があんな4年ほど前のことをまだ不満に思っていたことの方に驚いた。こいつ結構根に持つタイプなんだな、気をつけよう……。
それ以上の根拠は出てこないのか、義秋はまたもやうーんと唸っている。一応彼の主張には全部反論したけれども、本当に納得したんだろうかこいつ。考え込むような仕草をしているから、ちゃんと説得できているのかが判断できない。
そんなことを考えていると、拓也がこちらに手を振りながら歩いてくるのが見えた。
「おーい、浩樹、義秋!カード買えたか?」
「それがさ、」
「たっくん!」
突然大きな声で、低学年の時――それこそあの映画事件の頃に呼んでいた拓也のあだ名を叫んだ義秋に、拓也も僕も面食らった。
「たっくん、コンビニのチョコ全部売り切れてたんだけど!」
「はぁ? マジで?」
「たっくん、本当に全部買ったりとかしてないよね!」
義秋が何に怒っているのか、きっと拓也は全く分かっていないだろう。拓也は目を丸くして首をかしげている。
そもそも、義秋の主張は最初からひとつ無理がある。どうしたって埋められない穴がある。それは――
「あのさ、買い占めとか何言ってんのかは分かんねえんだけど……。なあ、浩樹」
拓也も話の全貌は見えていないなりに何かを察したのだろう。言葉を続けろというようにこちらに目配せしてくる拓也の意図を汲んで、とても言いにくいが口を開く。
「うーん、あのね義秋。お店で商品を買うのに必要なものがあります。さて何でしょう」
「……あ」
「母さんは、あのコンビニには20個入りのやつが5箱入荷するって言ってた。俺、100個もチョコ買う金持ってねえよ」
穴だらけのあまりにひどい言いがかりではあった。しかし疑われていたことは決して気持ちのいいものではなかったろうに。しかし怒ることもなく、拓也は義秋を笑い飛ばした。
「変なこと言って、ごめんなさい……」
ちゃんと謝れるあたり、義秋は悪いやつではないのだ。少し暴走癖があるだけで。意外と執念深いということは、今日初めて知ったが。
「なあ、アイツどうしたんだ」
しょんぼりとしている義秋を横目に、拓也がそっと僕に耳打ちする。
「うーん、なんていうか、色々あった。お前めちゃくちゃ疑われてたぞ」
「なんでだよ」
先ほどまでのやりとりを思い出してゲンナリする僕とは対照的に、拓也は心底面白そうにケタケタと笑った。4年も前のことを未だ恨んでいたやつがいたので、思わず警戒してしまったが、拓也は疑われたことをそれほど気にしていないらしい。ひとまず安心する。
「てかなんでコンビニ?いつもの駄菓子屋は?」
「入荷しなかったっておばあちゃんが言ってた」
「あー、まあおまけ付きお菓子置くタイプの店じゃねえからなあ」
「で、これからどうしようね」
「そうだなあ……」
「じゃあさ、お金がある人が買い占めたってことだよね」
拓也と2人でこれからのことを相談していると、先ほどまで罰が悪そうに押し黙っていた義秋がいかにも「思いついた!」というように声を上げた。
「まあ、そりゃそうだろうな」
次は何を言い出すんだと警戒する僕の代わりに、まだ何が起きているのかいまいち理解できていない拓也が返事をする。
「じゃあ分かった、お金持ち、つまり」
「はあ」
「お金持ちだよ、2人とも!行くよ!」
そう言って行き先も言わずに走り出した義秋を慌てて拓也と追いかける。一目散に書けだした義秋を見失わないようにしながら、僕はどうしてこうなったのか内心で頭を抱えた。
「なあ、浩樹、どうなってんの」
「知るか!」
前言撤回。拓也が来てもどうにもならなかった。とりあえず、普段おとなしい人間がキレると怖いんだなということを学んだ。あまり知りたくはなかった。
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