第6話 終章

「ところで、なんで全部買っちゃったりなんてしたんですか」

 教頭先生が買ったチョコレートの中から欲しいものを選びながら、ずっと思っていた疑問を口にする。

「概ね、前川君が推理した通りだよ」

 教頭先生は「概ね」と確かに言った。であれば、違う理由もあるということだ。しかしその理由を言うつもりはないと、やんわり伝えられたのだと理解した。シークレットカードもくれたし、チョコレートもくれると言っているので教頭先生の名誉のためにこれ以上追及することはやめておくことにした。義則は何かを察しているのか、ずっと笑っているが。

「早く選んで帰らないと。そろそろ君たちも門限だろう」

 教頭先生の言うことはもっともだが、ビニール袋に入っているチョコレートは大量である。教頭先生はこの町にあるもう1軒のコンビニにも行って、そこでも2箱もチョコを買ってきたらしい。今日1日で一体いくら使ったというのだろうか。僕の呆れたような視線に気がついたのだろう。教頭先生は普段学校では見せたことがない茶目っ気たっぷりの表情で「私は独身貴族だからね」と笑った。

「好きなものをずっと好きでいるためにお金を使えるというのはとてもいいことだよ」

 そう自慢げに言う教頭先生に、思わず突っ込んでしまう。

「教頭先生が何を好きでもいいんですけど、僕たちは買い占めとかしない大人になりますから」

「そうっすよ、限度があります」

「う……それは申し訳ないと思っている」

 僕と拓也の発言を受けて言葉に詰まった教頭先生の姿が面白くて、僕たちは声を立てて笑った。

 ようやくチョコレートを選び終えた頃には、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。ずっと忘れていたが、もう6時である。門限のことを思い出して、僕たちは青くなった。そんな僕たちの姿を見て、ずっと笑っていた義則が口を開いた。

「牧田先生。このままだとこいつら怒られるんで、家まで着いてきてくれませんかね」

「ああ……そうだな。学校の掃除を手伝ってくれていたことにでもするか。送っていくこう。もちろん皆には内緒にしてくれるだろうね」

 願ってもない話である。ただ、「学校の掃除を手伝って」いたという嘘をついてしまう形になることだけが心苦しかった。ヒーローはきっと嘘なんかつかない。けどこのままではお母さんに叱られる。それは嫌だ。どうしたらいいのか分からずに困っている僕を見て、教頭先生が笑った。

「ヒーローはね、結構嘘つきなものだよ。まず彼らは親しい人間にも自分の正体を隠さなくてはならないのだし」

「まあ、公園で遊んでいる子どもにヒーローアニメのカードを配る不審な男の正体を暴いたんだ。今日のところはヒーローとして、嘘をつこうぜ」

「不審なって……まあ言い逃れはできないか」

 カードのことも含めて我々だけの秘密にするように、と笑う教頭先生に僕たち3人は大きくうなずいた。教頭先生は自分の車に僕たちを乗せてくれた。


 帰り道、今日1日走り回ったり、疑ったり、疑いを晴らしたりした疲れからかぼーっとしていると、ひそひそと話をする教頭先生と義則の声が聞こえてきた。

「でも本当に、買い占めはよくないと思いますよ、先生」

「面目ない」

「自分の目が届く範囲で、怪人カードのことを要らないとか、言われたくなかったんでしょう。だからネットとかじゃなくて、近隣店舗の商品を買い占めたんだ」

 そこまではさすがに浩樹にも読めなかったんだろうけど、俺には分かりますよーと言って義則が笑う。

「子どもっぽいと思われるかな」

「はい、まあ。だいぶと」

 そう言って、教頭先生と義則は笑い合っていた。

 振り回された方としてはたまったものではなかった。しかし方々駆けずり回ってようやく手に入れた僕だけのドラゴンウルフ。このカードはホログラムだけが理由でない輝きを放っている。教頭先生からもらったチョコはまだ中身のカードを確認していないが、何が出たって嬉しいと思う。それだけの苦労を今日の僕たちは積み重ねた。竹腰の本心がしれたことも、今日の苦労あってのものだ。新しい友達ができるかもしれないという期待も生まれた。

 こうして、僕たちの今日の長い長いヒーロー捜索劇は、ようやく終わりを告げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ヒーロー」がどこにもない! 東妻 蛍 @mattarization

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ